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酒呑童子奇譚  作者: みたらし団子
第六章 水神の巫女 
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第伍拾壱話 『水神の巫女』


ガラスのように透き通った結晶の中に、紺色の髪をした小さな女の子が眠っていた。

結晶の中は水で満たされているのか、ふわふわと浮遊する中、女の子はまるで布団にくるまっているように横向けに寝そべり、すやすやと眠りながら時折、口から気泡出している。

「これが、『水神の巫女』だというのか?この餓鬼が!?」

結晶の前で身なりの良い男が苛立ち気に怒声を上げた。

男の名は水谷竹吉。江戸の豪商で、美術館での今回の展示の主催者である。

「そうです、水谷様。この子どもこそ、水神の巫女で御座います。」

恭しく頭を下げる男。

彼は所謂、骨董屋。

骨董屋は媚びを売る笑みを貼り付け手をすり合わせながら水谷に進言する。

「水神の巫女とは即ち、神に仕えし魚が人に化けたもの。ご覧ください、この深海のごとき濃紺の髪。水面の如き透けるような肌。そしてこの子どもが人で無い証とも言うべき、頬に浮き出た美しい鱗。」

結晶越しに幼い子どもを力説し、骨董屋は邪に満ちた表情で笑い、これこそ伝説に名高い水神の巫女だと言う。

「……成る程、確かにこの美しいまでの鱗と髪は巫女の物、か。だが、そうだとしてもこの餓鬼を覆っている物は何だ、骨董屋。」

男は巫女を覆っている結晶に手を触れ、尋ねた。

「これは、巫女の涙で御座います。」

男は骨董屋の一言に目を見開いた。

「何っ、これが、あの有名な?」

水神の巫女。水神に遣える娘の姿をした魚の妖怪。巫女の流す涙は宝石となり、純度の高い涙は金剛石や大粒の真珠にもなると言われている。

それが確かなら、巫女を覆っている透明な結晶は、恐らく金剛石。それも、特大の。

水谷と骨董屋は顔を合わせてニヤリと笑った。

「骨董屋、貴殿にはこの展覧会の出展の為、多くの苦労を掛けた。出来れば、この先もどうか友好的な関係を継続させたいと思っているのだが、どうだろうか?」

「へぃ、水谷様。私もそのように考えておりました。どうかこれからもご贔屓に。」


展覧会まで後、一週間と少し。

翌日撒かれたビラには「『水神の巫女』を展示」と書かれていた。







「『水神の巫女』ですって、土方さん。一体どんななんでしょうね?」

いきなり部屋にやってきた総司がどこからとってきたのか紙を一枚持ち、縁側にこしかけて言った。

俺の部屋の庭に面した障子は総司によって開かれ、今は庭を一望出来る状態だ。

「さぁな。」

へらへらと笑っている総司に俺はぶっきらぼうに返した。

「あれ、土方さん興味無いんですか?」

「興味があるかないかと聞かれりゃ、多少はある。」

一応、一週間後に警備を任されている美術館の展示だしな。と小さく呟く。

「なぁんだ。土方さんも興味あるんじゃないですか。」

人畜無害な顔をして総司は更に笑う。

「だが、お前と話してる余裕はねぇよ。」

そう、美術館の警備までもうあと一週間だ。

3日以内に警備中の割り当てと担当を決め、市中見回りの人数が足りない分の補助として、小憎たらしい同心連中に委任状を書かなければならない。

そんなこんなで暫く碌に寝ていない俺は、こうして喋っている間に落ちる効率すら、機嫌を損ねる要因にしかならない。

仕事が終わらないことに溜め息をつき、総司が気にもしていないくせに「付き合い悪いなぁ」と笑いながら呟くのを聞く。

「ま、しょうがないか。土方さんだし。ねぇ、百鬼。」

総司が屋根の上へ向かってそう言った。

「そうだな、沖田。だが土方は仕事の鬼。して、仕方があるまい。」

「……おい、何でテメェまで此処にいんだ、百鬼。」

声はすれども、姿は見えず。あいつ、非番じゃ無いはずなんだがな、と眉間に知らず、力が入った。

まぁ、落ち着け。百鬼がまともに仕事すんのは夜番だけだってのは前からだろ、俺。

よろしく筆を握りしめ、自己暗示のように心中で呟き、とりあえず文句を言うだけに抑えた。

「あ、百鬼。百鬼は『水神の巫女』に興味ある?」

くすくすと笑いながら総司は手に持っていた紙を上に見えるように向ける。

「水神の巫女?」

百鬼が器用に屋根に足を引っ掛け、総司の持つ紙を逆さに覗き込んだ。

んな面倒なことせず、降りろよ。と思うが邪魔をされたくないので黙る。

「……見たことのない童だな。」

「ふーん。じゃあ、これは蝋人形か何かだね。」

紙を受け取った百鬼に総司がつまらなそうに「偽物かぁ」と呟く。が、百鬼は「そうではない」と否定した。

「この童のしている髪飾り。これについた紋様、見覚えがある。……確か、西国の水神がこの紋章を使っておったはずだ。」

百鬼がそう言って、紙に描かれている少女の小さな髪飾りを指差す。

「……確実じゃねぇのか。」

「無茶言うな。俺が土方と会う前、記憶があるのは少なく見積もっても、二百年は前だ。『これは』と断言できる程、覚えておるわけなかろう。」

百鬼は屋根から降りると、紙を片手に何かを考えているかのように顎に手を当てた。

「うーん。何か、きな臭いねぇ」

総司がからかうように言うが、確かに何か臭う。

怪しい骨董。前に百鬼が言った「当たり」ということ。そして『水神の巫女』と銘打たれた展示。

「土方。」

百鬼が顔を上げて俺の名を呼んだ。

「今度の仕事。もしかしたら、ただの美術館の警備では済まんやもしれんぞ。」

そう言った百鬼の顔はやはり見るからに楽しそうで、俺はそんな意地の悪い笑みを浮かべる百鬼と、嬉しそうに刀の柄を握っている沖田に溜め息をついた。


「……で、なんでお前ら此処にいんだ?」


溜め息をついたことで幾分か落ち着いた思考で、俺は思い出した。

おれのその一言に総司と百鬼は一瞬固まり、その後、目ざとく俺の雰囲気が変化したのを感じ取り、脱兎のごとく逃げ出した。


俺が今月二本目の筆を折ったことは否めない。







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