第伍拾話 始まり
狐さんおかえり(笑)
「喜べ、土方。今回は当たりだぞ。」
屯所に帰ってすぐ、俺は呼ばれた訳でもなく土方の部屋へ向かうと勢いよく障子を開いて言った。
「いきなりやってきて、開口一番、何なんだテメェは。」
部屋の中で物を書いていたらしい土方は軽く眉間に皺を寄せ、俺を見た。
「今回は当たりだと言ったのだ、土方。素直に喜ばんか。」
「だから、何が当たりなんだ。主語を付けろ、主語を。」
取り敢えず中へ入り、俺は障子を閉めた。
「例の美術館だ。あれの展示品は贋作も多いが幾つか匂う。お前の運が良ければ成果が上げられるぞ。」
「……おい、ちょっと待て、何で美術館の展示品、知ってんだ。」
「そんな下らんこと気にするな。」
「気にするわ!」
土方が怒鳴るが、気にはしない。
「ちっ、高杉か。」
何となく察しがついているのか土方が舌打ち混じりに呟いた。
「あぁ、高杉だ。だが、なかなか彼奴は大義だぞ。おかげで少し大火を起こした者に近づけるやもしれんのだからな。」
俺の目的は、十三年前、俺に成り代わり、俺の名誉に傷を付けた者を見つけること。
展示品と見られる品々の大多数は言った通り何の変哲もない骨董だが、気配では幾つかは妖の匂いがした。
人の世ではなく、妖怪の住まう狭間の者がいたなら、もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれない。
土方は顎に手を置き、少し唸り声を出して何かを考え、そして俺を見た。
「人手不足ってのはある意味、便利な言い訳だな。百鬼、外すつもりだったがお前も来い。」
「言われんでも行く。」
土方にそう返して、俺はニィと笑った。
十三年前、幾つもの村が大火に襲われた。
助かった者もいたが、全滅した村もあったというこの大火は、その全てに二本の角に赤い髪の鬼が村人や、偶然通りかかり大火に遭遇した旅人などによって目撃され、各地に残る約千年前の酒呑童子の記録と陰陽寮からの公表で、後に『酒呑童子の大火』と呼ばれた。
同時期、それまで問題になる程いなかった悪鬼が顕著に増加したことから、各藩は同盟を結ぶことになり。
それまで会津藩預かりであった新撰組は京から江戸に拠点を移し、長州、土佐、薩摩など他数班から新しく隊士を足して名を変え、江戸警備と悪鬼の対処の任を任された。
それが今から二、三年前。
それが『いろは』の始まり。
「良い月ですな、お館様。」
「狐か。」
屯所の裏の影で酒を呑んでいると、とんっと軽い音を立てて狐がを越えて庭に入ってきた。
「あ。あの子鬼はちゃんと山まで送り届けやしたぜ。」
前足をあげて言う狐に俺は軽く持っていた瓢箪を上げて労ってやる。
「ご苦労さん。」
狐はそんな俺を少し離れた所から見つめて首を捻った。
「機嫌が宜しいですな。何かありやしたか?」
「ん?……少しな。」
狐に指摘され、確かに少し機嫌は良い。と自覚し、壁によりかかった。
「いろはが今度、美術館の警備を任されることになったのだがな。どうやら、そこの展示品の幾つかが憑物神や妖の封じられた物のようだ。」
「何と」
狐の態度が変わった。
「先程言っておった子鬼の一件で入った倉庫はどうやら美術館に運び込む前の仮置き場だったようだな。同じ気配がしていた。」
笑って言ってやると、狐はその場に腰を下ろして溜め息をついた。
「はぁ、人間とは何と物好きで愚かなことか。力ある物をよもや展示など……力を狙い、妖怪が集まりかねんと言うに。」
「まったくだ。」
元の口調を元に戻し狐が呟き、俺も酒を煽りながら同意を示した。
そして、瓢箪を膝に戻すと懐から杯を取り出し、狐に差し出した。
「狐、主も飲め。」
「おや、下さるので?……一体、何酒なのやら。」
狐は呟くと縁側に寄って、俺の横に伏せた。
俺はそんな狐の前に杯を置き、酒を注ぐ。
「土方から貰った。」
「なら、石田村の地酒で御座いますかな。」
「さぁ。俺は石田村で酒を飲んだことは無い。土方にも一々、何処の酒かと尋ねんから知らぬ。」
杯に口をつけて少しずつの飲んでいく狐を横目に俺は月を見上げた。
「そういえば、親方様はまた何でこんな所で酒を嗜まれてるんですかぃ?」
ふざけた口調に戻った狐がそんな風に聞いてきた。
「ん?」
視線を下げて狐を見てから、俺は眉間に軽く皺を寄せて少し黙った。
「……猫に好かれてな。」
「猫?…お館様、猫は苦手でしたかぃ?」
「いや……別にそういうわけではない。」
何とも説明しにくく、俺は首をひねった。
と、塀の向こうから声がして俺と狐は身構えた。
「今日はそちらにいらっしゃるのですか?」
高い声。男所帯のいろはで、女子の声というのは幾松か月浪だが、幾松は早い時間に就寝する。
だから、この声は月浪だ。
まぁ、俺に声をかけてくる時点で月浪しかいないのだが。
「……何故、主は俺の居場所がわかるのだ。」
溜め息混じりに呟く。
「ははは、私、昔から人探しは上手なんですよ?かくれんぼも負けたことが無いんです。」
かくれんぼに勝ち負けなんてあるのか?と思ったが、気にせぬが吉だろうと俺は黙った。
「あれ、今日は他にも誰かいらっしゃるんですか?」
「……。」
本当に何故わかるんだ。陰陽師の勘か何かなのか。
俺はちらりと狐を見ると、狐は静かに一度頷き塀の方まで駆けて行く。
「あれ、狐さん?」
そして、そのまま、まるで野良猫が逃げていくようにさっさと近場の木を足場に塀を越えて行った。
「ごめんなさい。狐がいるなんておもわなくて……」
「別に良い。アレは気まぐれだ。」
「お友達なんですか?」
どこからそんな発想が簡単に出てくるのかと聞きたい。
陰陽師の勘が鋭いというわけではなく、人を探すというのは別の能力なのだろう。
「少し、知り合いなだけだ。気にするな。」
「へぇ、凄いな。」
関心したような純粋な声でそう呟く月浪を尻目に、俺は、次は屯所の何処で酒を飲もうかと思案した。
いっそのこと、屯所の外に出てやろうか。
別に嫌な訳でも嫌いな訳でもないが、俺は人と深く関わるというのはあまり得意ではないらしい。




