第参拾伍話 案内
「……。」
「…」
俺は月浪、相沢と向き合い、固まっていた。
「え……えっと…」
「……。」
「あははは、君、表情変わらないな。」
吹き出す形で笑い出した相沢と慌てた様子の月浪が対称的、性格はまだ掴めないが、恐らく相沢と高杉、坂本あたりは良い酒が飲めるだろう。
月浪は…巻き込まれ性の気がある九坂と少々似通った部分がある気がする。
とりあえずそんな所かと軽く二人の性格を整理すると俺は表情を変えず再び二人をしっかり見た。
「……いろは四十七隊、旗持ち。黒野百鬼です。」
「え、あっ」
「陰陽寮、所属。相沢恭次郎です。恭次郎さんでも恭ちゃんでも好きに呼んでねー」
へらへらと名前を告げる相沢に習い、慌てた様子で月浪もぺこりと頭を下げてきた。
「暫くの間、身の回りの世話役として行動を共にさせて頂きます。何か不便、質問がありましたら気軽に私におっしゃってください。では、宜しくお願いします。」
「はい。」
「何でしょう。相沢さん。」
相沢が突然手を挙げた。
「その口調、やめません?」
「もとからこうです。」
相沢にしらっと即答すると、苦笑いされた。
「無愛想って言われね?」
「よく言われます。」
表情を特に変えず言えば苦笑いがさらに引きつったものになった。
顔合わせはこんなものか。
「行きます。」
「え?」
「午前は、は組の巡回予定です。」
ついてくるように言い、さっさと表へ向かって歩き出す。
あまり人と話さない俺に何で土方は世話役なんぞ任せたのかわからない。まぁ、任されちまったんだからきちんとやるが。
「良いのか、土方くん。黒野くんに世話役をやらせて。」
部屋に籠もり、書類整理にいそしんでいた俺のもとに訪れた桂が開口一番そう言ってきた。
書類のことで一杯になっている俺の脳内は徹夜明けということもあり、色々と恩義があるいろは副長、長州藩士の桂さんにさえ機嫌の悪い返事を返しそうになる。
「あー、良いんだよ。」
「何故?」
障子を閉める音がし、桂さんが横に座ったのがわかった。
本格的に聞くつもりらしい。
「……。」
「……。」
紙を捲り、筆を走らせる音だけが暫く部屋を満たし、その間桂さんが話しかけてくる気配は無い。
少しして、一段落させるとちらりと桂さんを見て、俺は溜め息を漏らしつつ渋々向き合うことにした。
「……あいつは人を知らねえんだよ。」
「人を知らない?」
真っ直ぐ見てくる目を見返す。
「前に一度、あいつに言われた。『俺は人と関わらないように過ごしてきた。何故、という理由は無いが、それでよかったと思っている。』『関わり合うには人は余りにも脆い。』ってな。」
桂さんはじっと黙って俺の話を聞いている。
「あいつは俺達と俺達の周りの奴しか見ちゃいねぇ。でもな、それだけじゃだめだ。新撰組からいろはに名前が変わって、桂さんや高杉なんかが新しく入った時、あいつは自分でも気付いてねぇみてぇだが、良くも悪くも大分、変わったんだよ。」
「……黒野くんが、変わった。」
不思議そうな顔の桂さんに納得しつつ、くすりと笑いが漏れる。
「あんたはサボり魔で常に誰かが近くにいて、無愛想だが取っつきやすい黒野百鬼しか知らねえんだったな。……俺達が田舎にいた頃と今とじゃ、全く違うんだぜ、あいつ。」
ふと、俺の後ろを付いて回っていたチビの姿を思い出して今との違いに思わず笑う。
あの頃の百鬼は結構抜けた所があり、よく喋る奴だった。
今のように喋らなくなり、無愛想になったことの原因は六割、俺のせいなのだが、それは結局、人と関わる上で必要なことだとあいつが判断し選んだ結果。
確かまだ壬生浪士組が出来てすぐくらいの頃のことだ。
「誰かに影響されて変わるってのは悪いことじゃねぇ。」
百鬼は人が育つのと同じ過程を歩んでいる。
誰かと関わり
喧嘩して
叱られて
他者との距離を測り
知識を得る。
そうして人の子は育つ。
俺達より遥かに長い年月を生きてきて、俺たちを説教し、横柄な態度をとってくるあの赤髪の鬼が、俺には時々手の掛かる弟に見えるのだ。
まぁ、だが……
「……その延長で、騒ぎを起こされては、かないませんがね。」
桂さんと同意見で、二人してため息をついた。
桂さんは先日の酒呑童子の件を言いたいのだろう。
あの後処理で近藤さんと俺は会津藩邸と陰陽寮へ説明と報告に行ったが、桂さんは1人で長州藩邸と他藩への説明に回ってくれた。
「人と関わってあいつが変わっていくのは面白いが、手綱はにぎっとかねぇとな。」
ふっと軽く苦笑いを漏らすと桂さんが俺の言葉のあとに何かをつぶやいた。聞こえなくてすぐ聞き直すと、桂さんはただ納得のいった様子で目を細めて笑い、何でも無い。と言った。
変わったのは、きっと百鬼だけじゃない。




