第弍拾漆話 自室
にゃーん
あ、猫だ。
「おーい。大丈夫か?」
酷く呑気な声で目を覚ました。確認するまでも無く、高杉だろうと目星をつけて上体を上げた。
「…大丈夫です。」
昨夜から一夜明け、俺は自室で休養を言い渡されている。
あの後俺は、酒が切れる前に屋敷を回り込んだうえで、妖力で槍に変えていた隊旗を元に戻し、「化け猫が此方に来てはまずいと思い、隠れていた」と探しに飛び込んで来た乙夜と竹田に告げ、加勢に来た六番隊、一番隊、は組と合流した。
我ながら上手くごまかしたと納得し帰還したが、目立った傷は無いものの、化け猫に吹っ飛ばされた俺を見た竹田や高杉共の進言と傷の具合を見て大事をとった観察方の山崎によりこうなった。
鬼になった際に目立った傷や骨折は全て治った為、本当に何とも無いのだが、堂々とサボれるということはなかなか無いことなので有り難く部屋で、休んでいる。
時々、こうしてやってくる人間のおかげであまり退屈することは無く、同時に来訪者は大抵何かしら持って来てくれる為、なかなか快適だ。
「おーう。元気か百鬼。」
高杉と世間話をしていると、藤堂と原田がやってきた。藤堂は手に膳を持っている。と、言うことはもう昼なのだろう。
全く気付かなかった。
「元気です。」
「あんな派手に吹っ飛んどいて何言ってんだよ。山崎にも目立った外傷は無いけど一応、要安静って言われてたじゃねぇか。」
正直に答えたが、原田に呆れたようにそう返された。高杉も同意を示している。
「そんなに吹っ飛ばされたのか?」
「あぁ?藤堂、お前非番だったのか。」
「その時間はもう夢の中っすよ、高杉さん。」
俺を見て藤堂が首を傾げている。
確かに俺の状態は到底心配するようなものではないが、原田と高杉は軽く顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「飛んだ、飛んだ。反対側の商家の土塀に突っ込んで、塀、半壊させるくらいには。」
藤堂が原田の言葉に目を見開き驚く。
「よく生きてたな。しかも目立った外傷無しって、すっげー」
驚いた後、有り得ないものを見るような視線が此方を凝視してきた。
俺はそれに何でも無いことのように普段通りの顔でしれっと反応する。
「受け身、取りましたから。」
嘘だ。そんな器用な真似、鬼の身ならまだしも人の姿でできるわけがない。もろに突っ込んだから俺では無く、普通の人間なら死んでいただろう。
やはりこういう時、鬼というのは便利だと思う。
多少の傷は一瞬で治り、致命傷と言う言葉はまず存在しない。
俺が余りにも普通に答えたからか、高杉と原田がまた苦笑いを浮かべ、此方を見ている。
「あ、忘れてた。」
「どうした、藤堂。」
昼を食い、膳を片付けようとした藤堂が声を上げて、障子を開けたまま此方を振り返った。
心なしか口元が引きつっている気がするが、何だろう。
「百鬼が飯食ったら、用があるから呼びに来いって土方さんに言われてたんだよ。やっべ、完全に忘れて、だべっちまってた…」
「くくくっ…そりゃ、ご愁傷様。」
苦々しい表情の藤堂を見て、未だに部屋に居座っていた高杉(原田は巡察に戻った)が喉で笑う。
土方と俺は昨夜、会っていない。事後処理やら手当てやらで時間がかかったのだが、会えなくて残念だなんて思っちゃいない。
てか、会いたくない。
出来ることならこのまま近藤や桂とも会わず、ほとぼりが冷めるのを待ちたいのだが、そうはいかないだろう。
鬼というのが本能と欲に忠実なのは良いが、昨夜の己は調子に乗りすぎた、と後悔する。
「話しって何だろうな。…て、どうした、百鬼。」
「…何がですか。」
俺の気分が一気に鬱々としたものになり、恐らく今し方、嫌そうに出て行った藤堂より暗い表情をしているだろう。
その証拠に、振り向いた高杉がぎょっとしている。
だが、言ったところで変わらないので、もういい諦めて観念しよう。と、腹を括り一度溜め息をつくと、俺は高杉を見た。
「…高杉さん。仕事しなくて良いんですか。」
「あー…今、昼休憩中でな。」
高杉が訪れてもう2刻程経っている。
「長い休憩ですね。」
首を傾け、何でもないように言えば、高杉が目を合わせなくなった。そっぽうを向いて目が泳いでいる。
高杉はよく問題を起こし、桂に追い回され怒鳴られている。最近はよく非番の隊士のもとに逃げ込み、匿ってもらっているようなのだが、この様子だと、今回もそのつもりで俺の元に来たのだろう。
「何をしたか知りませんが、早く移動しないと…来ますよ、土方さん。」
びくりと高杉の体が跳ねた。機械のように首が動き、懇願の目を向けてくるが、無理だ。
「くっそ、久々によく喋ると思ったらよ……お前だっていっつもサボってんのになぁ…」
「気付かれないようにサボって下さい。」
気付かれない、報告されないは基本だ。
高杉が渋々部屋を出て行けば、部屋は先程とは違い恐ろしい程静かになり、土方が来るまでの数分は永遠にも思える長い時間になった。
そんな部屋で、俺は斬首を待つ罪人のような心持ちで土方を待ったのだった。




