第壱話 朝
ちなみに口調もいきなり変わったりします。
目を覚まして、時間を確認する。
7時55分。
もうそろそろ、毎日飽きもせず俺を起こしに来る騒々しい足音が聞こえてくる時間だろうと検討を付けてそれから逃れるように布団を頭から被る。
そのまま布団の中でうとうととしていると、少しして騒々しく怒気を含んだ足音が聞こえてきた。
やはりと俺は体を固くして身構え毎日飽きもせずによく来るな。などとぼーと考えつつ面倒で動かずにいると、足音はすぐ俺の部屋の前で止まり、部屋から縁側に繋がる障子を清々しい程勢いよく開くと、何時も通り頭の痛くなる怒号を飛ばしてきた。
「何時まで寝てやがる百鬼!」
布団を掴まれ、引き摺り出されたので不服を込めて相手を見上げればそこにいるのは案の定、土方歳三。京都守護職『いろは四十八隊』副長。...兼、俺の義兄。が俺を射殺さんがばかりの眼光で睨み付けていた。
「...寒い。」
四月下旬の寒さがしんっと開け放たれた障子の外から流れ込んできて、俺は土方へ向かって不満の意を込めてそう呟いた。だが、やはり土方はマジで切れる五秒前な上、もともと有って無いようなものだった堪忍袋という感じの奴に簡単に触れてしまったらしく、俺は頭に拳骨を思いっきり振り下ろされた。
「すぐに暴力振るう...だから、『鬼の副長』とか言われる。」
「殴られたいらしいな。」
「ごめんなさい」
硬く握られた拳からミシりと音がした気がして俺は渋々布団から這い出た。
やはり寒い。
早く着替えて来いと言いながら出ていく土方を見送り、俺はやれやれとため息を吐きながら寝巻きを脱ぎ、隊服を着始めた。
長く伸びた癖のある黒髪をかきあげて机に置いてあった赤い髪紐を口にくわえ、手っ取り早く適当に結ぶ。
江戸守護職『いろは四十七隊』。もとは会津藩預かり京都守護職『新撰組』という名だったが、十三年前のとある事件を起点とした悪鬼の狂暴化と治安の悪化に伴い、主立った藩が協力体制となり治安維持を目的として再編成されたいわば、治安維持隊である。
活動内容は犯罪者の捕縛に悪鬼の退治。
この世に存在するのは人のみに非ず、人とその他、そして自然界に宿る精霊の類。
人ならざるモノ、俗に妖怪や怪異と呼ばれるものの調査は陰陽寮からの依頼でもある。
いきなりであるが、今から何十、何百年昔の事だったかかわからないが、俺は鬼の頭領として京の大江山にいた。
紅い髪、金色の瞳で人の世を見下ろし嘲笑いながら酒を飲む。
今考えれば何してんだという話で、しかし自慢をするわけではないが多くの気の合う仲間に囲まれ、街道を眩い鬼火とともに闊歩して歩く。『酒呑童子』と呼ばれていたのは今はもう懐かしい。
そんな俺はとあることがきっかけで、もともとあった器の体を失った。
夢を見ていた、というか浮いていたというか。そんな感覚の中、次に目を開けた先はこの世界で、俺は土方に拾われ色々と省略するが壬生浪士組、新選組をへていろは四十七隊の隊士となった。
俺は着替えを済ませると部屋の隅に立てかけてあった隊旗を担ぎ、部屋を出た。
「...寒」
日が差してきているがまだ寒い。布団にくるまって居たかったが、そんなことをすると土方が局中法度を破ってでも斬りかかってきそうなので大人しく土方のいるであろう部屋へ歩き出す。
どこからか桜の淡いにおいがした気がして庭に生えている桜の木を見るが、蕾はまだ開きそうにない。ただ三日ほど前に見た時より大きくなり、色も濃くなったように見えるからまぁ、その内、早いうちに咲くだろう。
「...今年も夜桜しか楽しめんのだろうな。」
春の『いろは』恒例行事としては美しい桜と宴が定番だが、この体は面倒なことに酒を飲むと鬼の姿に戻るのだ。仕方ないと考えつつも少々不服である。
妖怪とは、異形である。
人はその姿を恐れ、嫌う。
それも13年前に大火でもって各地の村々を焼いた鬼と同じ赤い髪と2本の角、そして『酒呑童子』の名を持つ鬼ともなれば、俺は憎悪と悪意に殺されるだろう。
俺、何もしてないのだがなぁ。
心中で一度息を吐いて、俺は目の前にある目的地の戸を開いた。




