第拾弐話 屯所騒動記
黒光りしたのが苦手な人は注意。
作者は全力で嫌いです。
夕刻頃目を覚まし、俺は眠気を引きずってのろのろと屯所へ帰ってきた。
「戻りました。」
「百鬼ぃぃぃっ」
がばっと俺に覆い被さってきた男に俺は少し吹き飛ばされた。
「九坂さん!」
「九坂、気持ちはわかっけどもうちょっと落ち着けよ。」
駆け寄って来たのは藤堂と原田だったが、吹き飛ばされて九坂の下敷きにされた俺をもうちょっと気にしろと全力で言いたかった。が、とりあえず重いしむさっ苦しいので九坂をどけようと手を伸ばした。
「九坂さん」
どうにか押しのければ、大の男が半泣き状態。本当にどうした。
九坂では相手にならない為、説明を原田と藤堂に任せることにして、二人に視線を向けた。
「出たんだと。アレが。」
「アレ?」
「黒光りする悪魔。」
…理解した。
「藤堂っ、そこ!!足元!」
「うわっ!?あっ、一の方行った!」
「!?」
「うわぁぁ、飛んだぁぁぁ!!?」
屯所に入ると、中は阿鼻叫喚のような惨状だった。一匹の昆虫に翻弄される大の大人が十数名。
正直、嫌なのは共感するがこれは酷い。
長州、土佐、会津その他諸藩から編成される。泣く子も黙り、市中でも恐れられている「いろは47隊」がこんなのでいいのだろうか…
稽古で使用している木刀や竹刀を持ち出している隊士もいる。
「うわぁ…さっきより酷いな。」
原田が横に並ぶ。
原田を見上げると、もう半刻程こんな調子なんだよ。と苦笑いを漏らした。
「早く収拾つけねぇと、土方さんに全員切腹命じられかれねぇな…」
縦横無尽に飛び回る小さな昆虫に強面の奴らがぎゃぁぎゃぁと叫んでいる様は、何か悲しいものが込み上げてくる。
確かに早く収拾を付けるべきだとは思う。
と、数人が俺を見つけ目を輝かせてきた。
キラキラじゃねぇよ。勘弁してくれ。
「黒野さん!」
「来てくれると信じてましたっ!」
嫌な顔をしている俺を無視(表情が変わらなさ過ぎてわからない)して原田が背中を押してきた。
いい加減、自分たちでどうにかしろ。
腕を引っ張られ、左手に草履、右手に本を丸めたものを持たさせられ動き回る黒光りの前に送りだされた。
二月程前に一度処理してからこいつが出たら昼夜問わず何時もこうだと思い返すと視界がぐらぐらと揺れ、足を踏ん張る。
怯える強面の隊士達を嘲笑うように飛び回り駆け回る黒い光沢の節足動物を前にしても表情筋をぴくりとも動かさずにいられる奴はそういねぇと思う。
まぁ、俺の目の前にはいる訳だが。
救世主の登場だと目をきらきらと輝かせた隊士に引っ張られ、右手にスリッパ、左手に春画(誰のだオイ)の丸めた物を持たさせられた百鬼はそいつと相対した。
軽くふらふらと揺れる百鬼を隊士は全員少し離れた所で固唾を呑んで見守っている。
「うっへー。俺、無理だわ…」
「いつの間に此処まで来たんだ、平助。」
いつの間にか平助が俺の横まで来ていた。
「ほんとだね〜」
「総司は、いつ帰ってきたんだ。」
良く言えば判断力がある。悪く言えば逃げ足の早い奴ばかりである。
…と、スパンっという小気味良い音が聞こえ、歓声が上がった。
「俺の春画ぁぁぁ」
「諦めろ、田中っ!」
「お前の春画はいい仕事したよ!」
崩れ落ちる男にお前のかよ、と思ったのは俺だけじゃない筈だ。
思わず苦笑を漏らした。
こうして、あれほど大騒ぎした黒光り事件は何とも呆気なく幕を閉じた。
「片付けちゃんとしないと、土方さんに怒られますよ。」
草履を投げ捨て、春画を崩れ落ちた隊士の目先に投げ捨てた百鬼はそう言うと俺達のもとを去っていった。
「ありがとう。百鬼。お前のお陰で屯所の平和は守られた。」
どこにいたのか九坂が百鬼に走り寄り、肩を組んだ。よっぽど安心したのか物凄い爽やかな笑みで逆に怖いが、百鬼は相変わらずの仏頂面で軽く流している。
それを俺たちと一緒に見ていた総司が横で悪戯な笑みを浮かべたのを気配で感じた。
「百鬼、晩御飯食べに行こうよ。」
ちらりとこちらを見た総司に察しをつけ、俺と平助は一度顔を見合わせたあと、それに乗って面倒ごとから逃げることにした。
「お、いいねー。サノも行こうぜー」
「いいが…今日の晩は何だったか…」
「三番隊が担当だよね」
「肉じゃが。」
「何で知ってんだよ、百鬼。」
そんな会話をしながら俺達も百鬼に付いて、荒れた部屋から足早に去る。
後で帰ってきた土方さんが部屋の惨状を見て、ブチ切れたのは言うまでもなく。その場の片付けをしていた田中を含めた隊士数人は一週間の屯所掃除を命じられていた。




