第拾話 長州藩士 桂小五郎
桂さんが出てきました。
桂さんの隊内での立ち位置は土方さんと並んで副長です。
ですが、土方さんは敬意をこめて敬語交じりに話します。
「留守番?」
土方の部屋に着いてすぐ、俺は土方、近藤、桂から留守番を命じられた。
俺は珍しいな、と壁に寄りかかり足を組んだ体制のうえ、眼をついっと細める。
「あぁ、そうだ。」
近藤が腕を組み、少し厳しい顔つきで言う。
局長の近藤、副長の土方、桂の三人が三人同じような表情をしている。
「総司から聞いた。陰陽寮が動いている今、お前を連れて長州藩邸に行くのは得策じゃねぇ。」
理由を聞く前に土方が眉間の皺を濃くしてそういってくる。
近藤と桂が無言で頷いている所を見ると、俺が来る前に意見が固まったのだろう。
まぁ、俺は副長補佐だ。行こうが行くまいが向こう様には無礼にはあたらないから問題はないが。
「行かんことに異論はないが、動いておるのは陰陽寮だろう。今回の呼び出しは長州藩だ。」
「その説明は、私がしよう。」
桂が生真面目な顔でこちらに体を向けた。
「最近、悪鬼が増えたことにより、長州藩・土佐藩は普段以上にピリピリしているのはわかるな。その影響で、今二つの藩は陰陽寮寄りの立ち位置になっている。」
あぁ、何となく理解した。
「今回の呼び出しも恐らくそれ絡みだろう。」
溜息をつき、一度部屋の中を見回す。
近藤も土方も硬い表情をしており、行きたかったわけではないが俺は面白くないと再び溜息をついた。
「しょうがねぇな。」
「すまないな。」
近藤が普段の気迫を見せず吐き出した。
俺は部屋の障子に手をかけ出ていく前に思い出したように悪戯な笑みを浮かべて土方を見た。
「俺は夜番明けで何時も以上に眠い。今日は終日非番扱いにしておけ。」
「あぁ。わかった。・・・が、屯所では寝るな。どこでもいいからばれない所で寝とけ。」
喉で(笑い、解ったと返事をして、今度こそ障子を開けて縁側へ出た。
「それでは、局長、副長。お先に失礼します。」
偉そうな態度の青年はなりをひそめ、敬意を払って一度部屋の中へ礼をすると静かに障子を閉めて立ち去った。もう、頭の中は今日は何処で寝るのかということで一杯で、俺は隊旗を抱えなおすと(普段よりもほんの少し)足取り軽く屯所を後にした。
「相変わらず私たちの前では遠慮のない口調だな。黒野くんは。」
「すまんな、桂。」
無愛想な顔に少し喜色を浮かべ、合法に非番を勝ち取り揚々と(至って普通に出て行ったが、土方にはそう見えた。)出て行った百鬼を見送ると、桂が溜息と共にそう呟き近藤さんが頭を掻いた。
「いや、初めは驚いたが、なかなかあの普段との変わりようは興味深いものがあって面白いものだ。…兄の教育のたまものだな。」
「本当にそうだな。」
「桂さんに近藤さんも。それは褒め言葉じゃないだろ……」
呆れ顔で出て行った百鬼を見ていた俺は、生真面目な顔で冗談を言う桂さんと近藤さんに頭を痛めた。
一応褒めたつもりなのだが、とか言い出した桂さんにはもっと頭が痛くなる。
「さて、俺達もそろそろ行くか。」
「そうだな。」
出掛けるために立ち上がった二人にならい、俺も立ち上がる。
「しかし、沖田くんの言っていた『狐』の話しは信じていいものか…」
桂さんがそう言って立ち上がったままぼそりと呟く。
あぁ、この人はあの狐に会ったことがないのか、と数刻前にやってきた沖田の報告を聞いていたときの桂さんの様子を思い出しながら納得する。
試衛館の出の者はほぼあの狐に会ったことがある。言葉を話すことを知っている者は限られた数人だが、それを知らない者からもあの狐は利口な狐として知られている。
実際話すと、おちゃらけてはいるが頭の良さと博識さが際立ち、自分や主の不利になることはまず言わない。それは、長く付き合いのあると言っていた百鬼からも聞いている為、その通りなのだろう。
百鬼曰く、『忠誠心にあつく、おちゃらけているように見えて生真面目で、仕事となると更に堅物の融通の利かない役所勤めの役人のようになる。』らしい。
とりあえず、信用のおける相手であることは間違いない。
「大丈夫ですよ。……何なら、また会ってみますか?」
俺がそう言うと、近藤さんも大きく頷く。
桂さんも「そうか、それなら是非お願いしたいな。」と生真面目に答えた。
……多分、桂さんはあの狐と美味い酒が呑めるだろう。
そんな予感がして俺は薄く笑った。




