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眠れない夜に①(短編集 2010~)

乙女の涙とカエルの王子

作者: 裃 左右

 王様は、髭を蓄えた薄汚いローブの老人に尋ねた。


「魔法使い殿。呪いによってカエルにされた王子を、元の姿に戻すにはどうしたらいいのだろうか?」


 老人は重々しく答えた。


「清らかな乙女の涙だけが、その呪いを解くであろう」


 当事者であるアルフォンス王子、すなわち僕からしてみれば、それが事件の始まりだった。

 正直、カエルになったことなんかそれと比べたら些細な問題だった。

 ……後から考えたら、そうとしか思えない。

 本当に余計なことを言ってくれたものだよ、あのジジイ。


 僕の目の前に連れてこられたのは、幼馴染である隣国の三人の姫だった。


「ああ、愛しの王子様! なんと、おいたわしいお姿に!」


 長女であるアカネ王女は、桃色のドレスをふんわりと躍らせながらそう言った。

 と、動きが一瞬ピタリと止まる。


「……困ったわね、カエルのままで子供作れるのかしら?」

「お姉さま、今はそれどころではないですわ」


 次女のアオミ王女が、静かに話す。

 彼女は一見いつも冷静で、上品そうな雰囲気をまとっている。聞いた噂によれば、姉妹のなかでも一番社交界でモテているらしい。


「今は一大事なのです、なにせ一国の王子がカエルにされてしまったわけですから」

「そうねえ、このままだと結婚できないわね。将来が心配だわ」

「お姉さま、だからそれどころではないのですわ」

「またまたアオミちゃんったら~。ここで株を上げて、お妃様の地位を狙っているんでしょう?」

「あら、わたしくは決してそんな」

「えっ!? じゃあ、まさか辞退するの?」

「ううっ、それは……」


 おい、欲望ダダ漏れだよ。

 目に入ってるのかないのか、わからないけれど本人目の前だよ。

 言葉がわからないと思ってるかもしれないけど、実はカエルになったままでも話せるんだよ?


「はあ、お姉さま方。 王子を目の前にして失礼じゃない?」


 そこにため息をつきながら、ミドリ王女が二人をさとす。

 美人と言うより、かわいらしい風貌。しかし、一番理性的なのが彼女だった。


「ミドリちゃんったら冷たいわ、お姉さま悲しい」

「そうじゃなくて本当にお妃になりたいなら、一刻も早く涙を流して王子を元に戻すべきでしょう? それは悲しんだり、打算的な欲望をさらけ出すより先決だわ」

「ああ、つまり王子の呪いを解いた者が妃になれるのね。 ミドリちゃんったら賢い!」

「……誰もそんなことは言ってないわよ?」


 ミドリ王女は、呆れるような表情を作った。


 だからそれ、本人を目の前にして言ったらダメだろ。

 カエルになったから、警戒心が働きづらいのかもしれないけどさ。


「それじゃ、わたしがさっそく泣きましょう!」


 アカネ王女が、張り切って手を挙げた。

 それを冷ややかに見るアオミ王女。


「お姉さま、いくら泣こうと思ってすぐ泣けるわけではありませんでしょう?」

「ん~、それもそうねえ」

「そこでわたくし、こんなものを持ってきているのですわ」

「それは悲恋の物語の『真珠姫』ね! いいなあ、お姉さまにも貸して!」

「……仕方ありませんわね」

「ありがとう! アオミちゃん、優しいから好き!」


 手渡された本をもくもくと読み始める、アカネ王女。

 アオミ王女はそれを横目に、どこからか玉ねぎをこっそり取り出す。


「我が姉ながら単純ですわね、将来が心配ですわ」


 僕は自分の将来が心配だよ。

 将来だけでなく、今この瞬間が心配だよ。


 ゆっくりとアオミ王女は、玉ねぎを片手に僕のほうに歩いてくる。


「さあ、可愛そうな愛しの王子様。……今からわたくしが元に戻してあげますわね」


 どう見て怪しい人だよ!

 そもそもカエルの僕から見たら、巨人が玉ねぎを持って迫ってきているように見えるんだからね?


「アオミちゃん、わたし本読むの飽きちゃった~。せめて読んで聞かせてよ、って、アオミちゃん! 何抜け駆けしようとしてるの!」


 アカネ王女がようやくこちらに気づいた。

 彼女の発言には、おかしなところが多すぎて毎回ツッコミきれない。


「……さすがにそこまで飽きっぽいとは計算外ですわ」

「当たり前だよ! 本なんか読めるわけないよ!」


 なにを威張っているんだ。


「わたしがその玉ねぎで泣くの!」

「これはわたしくが持ってきたものですわ!」


 どんどん二人の様子はエスカレートして、けんかを始めた。

 一国の王女がたかだか玉ねぎのために、ひっかき合いまで始めるとは。

 と、そこでいきなり体が締め付けられた。

 そのままゆっくりと持ち上げられる。


「さて」


 動かない体でなんとか見上げてみれば、ミドリ王女が僕を握りしめていた。


「お姉さま方ったら間抜けね。涙を流すより、まず王子を捕まえればどうにでもできるのにね」


 そういって、ミドリ王女は笑う。


「最初から二人を争わせて、その隙に貴方を捕まえる気だったのよ。手柄を挙げて、妃にしてもらうなんて馬鹿馬鹿しいわ。アタシね、最初から誰かに頭を下げて、妃になるつもりはないのよ。言ってることわかるわよね?」


 く、苦しい……。

 これは僕の人生、最大のピンチだ。

 いや、もう僕は人間じゃないから、人生じゃなくてカエル生かもしれないけど、ってそんなこと言ってる場合じゃない!


「……一応、言っておくけど、アタシ貴方のことは好きよ? でも、愛を乞うことが出来る女じゃないの、ごめんなさいね」


 僕はとっさに、ミドリ姫の手を、舌を伸ばして舐めた。

 「きゃっ」と驚いた彼女が手を離す。

 僕は窓から飛び出し、森の中を走っていた。


 すぐに追いかけてくるミドリ姫。


「王子出てきなさい、逃げるのは無理だわ。……この森の動物に食べられるわよ」


 そこで草むらから飛び出したのは、一匹のカエル。


「あら? 想定よりも早かったわね」


 ミドリ姫は大事そうにカエルを抱えて、城に戻っていく。

 僕は隠れていた木の陰でため息をついた。

 それはただの野生のカエルだよ、愛しの王子との見分けがつかないのは、僕からすればラッキーだったけどね。


 僕はそのまま、あてもなく逃げ出すと、池のほとりに一人の少女がいた。


「私、なにも悪いことしてないのに。お父さん、お母さん、どうして私を置いて行ったの」


 寂しい、つらい、と涙を流す少女。

 どうやら彼女は両親を亡くし、継母と義理の姉たちに馬車馬のように働かされている様子だった。

 他に身寄りを知らない彼女は、誰かに相談することも頼ることも出来ないらしい。


 ……このままだと本当に動物に食べられちゃうよな。

 この時はそんな打算と、すこしの悪戯心と。

 言葉にできないような胸のざわめきを抱いていた。


 僕はそのざわめきにしたがって、前に飛び出す。


「やあ、僕はカエルのアルフォンス。いじめられている君を守りに来たんだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] カエルになった王子と三者三様の身勝手さをもった姫達とのやりとり(ツッコミ)がシュールで面白かったです。 また、最後の少女との邂逅が王子の自己紹介で終わる点もその後を想像させる、まさに大人の…
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