真実の口
初投稿です。宜しくお願いします。
わしの名前は皆も知っておろう。わしは『真実の口』と呼ばれておる。ほれ、わしの口に手を入れたら、嘘つきは噛まれてしまうというアレじゃ。
誰か、わしの口に手を入れてみんか?
まあそれはいいとしてじゃ。実はな、わしは最近腹を立てておるんじゃ。わしは長い間ここにおるが、最近わしは口に手を入れられるのが気持ち悪くなってきての。汚い手を入れられたら、お前さんらも気持ち悪いじゃろ。わしも前はなんとかガマンできたんじゃが、最近吐き気がしてな。
特に肉をよく食ってるヤツの手はいかん。脂臭くていかんな。あいつらが近づいただけで鼻がひん曲がって吐き気がする。
それから最近頭にくるのは日本人とかいうやつらじゃな。やつらにはマナーというのがまったくないな。
手を奥まで突っ込もうとしたり、中で手をモゾモゾさせるぐらいならまだ可愛い。だがやつらの質が悪いのは、わしに落書きしようとしたり、わしを削って持って帰ろうとするんじゃ。わしはお前らのおもちゃじゃない!
まったく、腹立たしい。
※ ※
ある日、わしの目の前にひとりのじいさんが立った。背は小さい。腰は曲がって、年代物の杖をつきながらやって来た。なんといってもそのじいさん、目が隠れるほどの長い眉毛と、長い髭が雪とやらみたいに真っ白でみごとじゃった。
わしはまたか、と思った。また観光客か……。じゃが違ったんじゃ。
「お前さんが『真実の口』かえ?」
もちろんそうとも。
「そうかそうか。お前さんが最近腹が立つことの多い、『真実の口』かえ」
なんなんだこのじいさんは?
「仕返ししたいと、思わんか?」
思っとるわい。それでなかったら、こんなにもイライラせんわい。
「そうかそうか。ではワシがその願いを叶えてやろう」
何? 本当か?
「本当じゃとも、なに簡単なことだて。お前さんに命を吹き込んでやればいいだけのことじゃ。お前さんに手を突っ込んだやつを、本当に食っちまえ。そうしたら満足するじゃろう?」
何だと? わしに人間を食えと、あんな臭いものを食えと言うのか?
「食ってみろ、旨いから。お前さんの場合、食わず嫌いというやつじゃな」
じいさんはそう言いながら、わしの額に手を置いた。その時、わしは熱いものを感じた。それは額から顔全体へと広がっていった。
「これでいいじゃろう。どうじゃ、喋れるか?」
なにが? なにも変わっておらんではないか。
「それはお前さんが口を動かして喋っておらんからじゃ。お前さんはこれから生きた石像になるんじゃ。ちゃんと瞼も目ん玉も動くし、口だって動かせる。喋りたかったら口を動かして喋れ」
《……あーあああ、こうか?》
「そうそう、上等じゃ。ではわしは帰るとするか」
そう言ってじいさんは、その場から一歩も動かずに消えてしまった。
一体なんなんじゃ、あのじいさんは? それになんのためにわしに命を? さっぱり分からん。
考えるのはよそう。頭が痛くなってきた。
※ ※
それから何日かがたった。わしはじいさんと会ったことをすっかり忘れてすごしていた。
じゃがその日の昼下がり、自分が喋れるようになったことを、不意に思い出したんじゃ。
ちょうどその時、観光客が4人のグループでやって来た。男がひとりに女が3人。日本人だ。男は高そうな服を着ている。女もチャラチャラした格好しやがって。
……そうだ、せっかく命を手に入れて喋れるようになったんじゃ。ちょいと脅かしてやろうか……。
「ねえねえ、これが『真実の口』ってヤツでしょお?」
赤い服の女が、長い髪をかき上げながら言う。
「よぉし、そこに並びなハニーたち、写真を取ってあげるよ、ベイベー」
男はやけに軽い口調で女たちに言う。「はぁい」とか言いながら、女たちがわしの前に並んだ。今じゃ!
《うわぁぁぁっ!》
「きゃああっ!」
ハッハッハ! これは愉快じゃ! あの間抜けな人間どもの顔ときたら!
「なに、なんなの今の?」
「後ろから声聞こえたよ?」
「え、これかなぁ?」
ひとりの女がわしをペチペチ叩きながら言う。
「そ、そんなまさかね、ハハハ。さ、次行こ、次」
「あ、ああ……」
4人組は引きつった笑み浮かべてどこかへ行ってしまった。
はは、さぞ気味が悪かろう。わしはいい気味じゃて。
※ ※
その後また別の観光客が来た。5人組の男女だ。国籍はバラバラのようじゃな。
5人は何かボソボソと仲間内で話しながらこっちに来た。
「これだな『真実の口』は」
髭面の男がひとり、わしの口になんの断りもなく手を突っ込んできた。そして奥まで入れてきおった。
「アオッ!」
男は急に大きな声を上げ、手を引っ込めた。
「どうしたんだい、ロバート。そんなニワトリみたいな声上げて」
「ハハハハ」
「いや、笑い事じゃないよ。見てくれこれ。口の中がベタベタだ」
男はそう言いながらみんなに自分の手を見せている。その手はたしかにベットリと濡れていた。
「なんだそりゃ?」
男がその手を近づけて匂いを嗅ぐ。
「うっ、ヒドい匂いだ。なんだよ、これ」
「どっかのガキのイタズラじゃないのか?」
「フフ、まるで『真実の口』のヨダレね」
んん? ヨダレ? さっきから口のなかでクチャクチャしてたのは、ヨダレというものなのか?
「まあ、それはいいとして・・・」
「いいのかよ。早く拭くもの貸せよ」
「とにかく写真撮ろうぜ」
よぉし、写真のチャンスだ……。
5人組は歩いていた人にカメラを渡し、わしの周りに並んだ。
「おい、それオレのカメラで高かったんだからな、落すなよ」
「よせよロバート、早く笑えって」
「そうよ」
みなポーズを取ってにっこりと笑う。さて、どんな顔見せてくれるのかな?
「じゃ、いきますよー。はい、ポーズ!」
《こらあぁぁっ!》
「オワァァァッ!」
ホッホッホ! 愉快じゃ愉快じゃ! あの慌てぶりときたら! 派手に驚いておるわ。カメラ構えてたヤツも驚いて、落してしまいよった。こりゃカメラはおしゃかじゃな。
「お、おおい! なんてことすんだよカメラ! お前ぇ!」
一番驚いとった男が、カメラ落したやつに掴みかかっとる。
「こ、このカメラ日本製なんだぞ! 高かったんだぞ! 弁償しろよ弁償!」
「そ、そんなこといわれても、突然あれの口が動いて・・・」
わしの方を指差しとる。
「そんな嘘が通用するかよ! 弁償しろよ!」
まあ当然だわな。普通、わしが喋るなどとは思わんて。
「まあまあロバート、落ち着けよ。さっきの声には僕たちも驚いたろう。それにこの人にカメラ頼んだのはボクらだよ。この人に責任はないよ」
「けど、今の声って一体なんだったの?」
「責任があるとすれば、さっきの驚かしたヤツね」
女ふたりが辺りをキョロキョロ見まわしてる。じゃが張本人がわしとは、気づくまいて。
「もう逃げられたんじゃないのか?」
「クソッ! 手はドロドロになるわカメラはこの通りだわ、最悪の旅行だよまったく! ほら行こうぜ!」
その男はカメラ持ってた男を突き飛ばしてズンズン行ってしまった。他の4人も謝りつつ後を追っていった。
いやぁ愉快愉快。
※ ※
そんなこんながあって何日かが過ぎた。どうも最近口の中が気持ち悪いんじゃ。何か変な物があって口の中に触るんじゃ。
そんなときに限って、目障りなことに観光客が来やがった。しかも日本人の団体だ・・・。
「はい皆様、これがかの有名な『真実の口』でございま~す!」
「ほ~、これか。アレやろ、嘘つきは噛まれるゆうアレやろ?」
「せや。お前手入れてみぃや。絶対噛まれるで」
「どういうことやねん?」
「お前がめちゃくちゃ嘘つきやと、遠まわしに言ってるだけや」
「めちゃストレートにしか聞こえへん」
またやかましい一団だなぁ。なんなんだこいつらは?
「ほな賭けよか。オレが手入れて噛まれるか噛まれへんか。お前どっちや」
「噛まれる方」
「お、オレも噛まれる方に賭けるわ」
「それやったら賭けにならへんやないかアホ」
「とにかく手入れてみよ。バッチリ写してや」
片方の男がカメラをかまえる。もう一人の男が、なぜか恐る恐る手をわしの口に入れてくる。
「うわっ!」
「どうしたんや?」
「これって石やんな?」
「見たら分かるがな」
「なんやこれ、なんかブヨブヨしたもんあるで?」
あいたた! 男がわしの口の中の何かを引っ張りよる!
「なんやこれ・・・。あ、分かった。よぅ出来とんなぁ。これ”舌”ちゃうか?」
”舌”? なんじゃそれは?
「んなものあるわけないやないか」
入れていた手を抜く。ベットリと透明な液体がついている。
「うわ汚っ! なんやこれ! しかも臭いし!」
「なんかのイタズラちゃうんか。ほら、中見てみや。なんもないで?」
「そういうなら自分で手入れてみいな」
カメラ持ってた男がわしの口に手を入れる。
「うわっ! マジやでこれ! なんかブヨブヨしてるって! これ舌っぽい! うわ、マジや!」
「ちょっと添乗員さん! これこれ!」
女が一人やってきた。訳のわからない旗を持っている。
「どうしました~」
「ちょ、見てや。マジやって」
「中に舌あるんですわ。ヨダレだらけやし」
「そんなことあるわけないじゃないですか~」
「そういうなら手入れてくださいよ」
女が無造作に手を入れてきた。ふむ、どうやらこの”舌”というやつは、人間の口の中には普通にあるものらしいな・・・。どれ、動かせのかな・・・?
「キャッ! 今なにかがあたしの手舐めてきた!」
「ほらほら、言うた通りでしょ?」
「『真実の口』って、こういうんですか?」
「そんなわけないじゃない・・・。と、とにかく記念撮影して行きましょう」
その後観光客たちをまた驚かし、爽快な気分でまた眠ることが出来た。いいのう、命とは。
※ ※
2人の男女が来た。
「これが『真実の口』か」
「へー」
女はなんの躊躇もなくわしの口の中に手を入れてきた。”舌”で”舐めて”みる。
「キャッ!」
女は驚いて尻餅をついた。
「い、今何かが私の手に触った!」
「ん? なにか?」
「なにか、こう柔らかいもの・・・」
男は不思議そうな、見下したような表情で女を見る。
「もう一度確かめてみろよ」
「い、いいわよ」
女はもう一度手を入れてきた。ふむ・・・。口を閉じたらどうなるんじゃろうな?
わしはゆっくりと口を閉じてみた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァッッ!」
わしが口を閉じた瞬間、女は醜い悲鳴を上げた。
「ど、どうした?」
「手、手がぁ!」
女はわしの口から手を抜いた。手首から先がなくなっていて、そこから血がドクドクと流れ出していた。
「う、うわぁっ!!」
「手……私の手……」
女はわしの口の中から自分の手首を取りだし、じっとそれをみつめたままその場にへたりこんでしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
男は悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
次第に人が集まりだし、やがて救急車も到着する。
女の血の味が、まだ口の中に残っていた。
意外と旨いじゃないか・・・。
※ ※
しばらくの間わしの所に観光客はひとりも来なかった。その代わり警官たちが集まって、なにやらわしを調べておる。不快な気分じゃ。口の中をいじくりまわしおる・・・。
しかしどういうわけか、そうやって調べられておる間は”舌”とやらも”ヨダレ”とやらもなくなっておった。
結局女の手がどうして噛み千切られていたのかは不明のまま、捜査は打ち切りになってしまったらしい。
この事件の真相を知る者は、わしだけじゃな。ヒッヒッヒ! いい気味じゃて……。
あの事件からだいぶんたった。次第に観光客も戻ってきた。そうなってようやく”舌”や”ヨダレ”が戻ってきた。
しかし今回の一件は勉強になったわい。前ようにいきなり”噛む”と食いちぎってしまう。確かに食うと旨い血が飲めるんじゃが、またあんな騒ぎになるのはもうごめんじゃ。
少しは自重して、写真を写す観光客を驚かしたり手を入れてきたやつを舐めてやるだにしておこうかの……。
※ ※
夜。誰もいなかった。
しばらくするとコツコツと音が近づいてきた。警備員が見まわりに来たらしい。あの事件以来、毎晩見まわりに来るようになった。
懐中電灯一本持って、警備員がわしの前に現れた。
「ふむ……異常はないようだな……」
警備員はわしに懐中電灯を向けてジロジロと見ていた。
まぶしいじゃないか、
《やめろ!》
「うわっ!」
警備員は驚いて懐中電灯を落してしまった。わしを不気味に照らし出す。
「な、なんだ今の声は?」
警備員は尻餅をついたところから立ちあがり、わしをじっくりと見つめた。
「今……口が動いたような気がしたが……。気のせいだろうな。まさかそんなことがな」
警備員はゆっくりとわしに近づき、懐中電灯を手に取った。
「ん? これは?」
警備員が何かに気がつき、わしの口の辺りを見る。わしの口の端から”ヨダレ"が垂れていた。
「なんなんだ……? まさかな……」
警備員は軽い引きつった笑みを浮かべながら立ち去ろうとしたが、不意に立ち止まった。
「手を入れたら食われるかな?」
そういいながら、わしをゆっくりと振り返る。わしはそいつをじっとにらんだ。
「まさかな……」
警備員はまた戻って来て、恐る恐る手を差し出した。
今は誰もいない。今ならいいのか? チャンスだ!
わしは手が奥まで入ったのを確かめて、少し口を閉じた。
「ん? おお、抜けないぞ!」
ここで一気に食いちぎってしまおう。
いや、待てよ? ここで手だけ食ってしまってももったいない。ここはひとつ、こいつを全て食ってしまおうか。そう思ってわしは、息を深く”吸いこんだ”。
「うわぁ!」
警備員はだんだん奥へと吸いこまれる。腕が完全に呑みこまれた。
よし、このままいけるぞ!
わしは思いっきり口を”開けて”、思いっきり息を”吸い込んだ”。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
警備員の上半身がすっぽりとわしの口の中に入る。わしは思いきって口を”閉じた”。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
”血”が辺りに飛び散る。警備員の下半身がボトリと落ちて、周りに血の池を作った。
わしの口の中に警備員の体がある。わしはモグモグと口を動かした。肉がちぎれ、骨が砕け、だんだんと体が小さくなっていく。噛むたびに血があふれてくる。
旨い、これは旨い! 今まであんなに臭い臭いと思っておった人間が、これほど旨いとは。あの時の爺さんが言ってたのはこれだったんじゃ!
わしはもうこの味を忘れられない。
※ ※
次の日わしのことが話題になった。警察がまたわしをよってたかって調べている。わしの口の周りには警備員の血がベットリとこびりついていた。
やがてわしの前に変な機械が現れた。そいつはわしを周りの壁ごと切り取りはじめた。
「こいつは呪われている……」
「なぜこんなことになったんだろう?」
警察のやつらは口々に嘆きの言葉をもらしていた。
そうしてわしは壁から切り取られ、そして何かの荷台に乗せられ、どこか分からぬところに連れてこられた。
そこでは変な男が祈りの言葉らしいものを唱えており、わしに水を浴びせた。
《何するんじゃ、冷たいじゃろう!》
「うん! やはり悪魔が巣食っておる! 早く封印してしまおう!」
《な、なにするんじゃ! わしは、わしはただお前たち人間に仕返ししようとしていただけじゃろ! 汚い手を突っ込んでくるわ叩くは落書きするわ削るわ! わしはただ、人間にガマンならんかっただけじゃ!》
わしはそのまま狭い箱の中に閉じ込められてしまった。
※ ※
しばらくしてゆっくりと箱が空いた。そして、あの爺さんが顔を覗かしておった。
「どうじゃな、命というもんは?」
《ふん……。散々じゃったわ。まあ、少しは楽しい思いはできたがな》
「まあまあ。人間たちにも少しはなにか感じたじゃろうて。どれ、お前をまた石に戻してやろうかいの」
《そうじゃな、それがいいかもな》
爺さんはまたわしの額に手を置いた。今度は冷たさが伝わってくる。次第に視界が狭まっていき、やがて見えなくなった。
※ ※
わしは今、教会の中で暮らしておる。
誰かわしを見つけだして、手でも入れてみんか?
おわり
いかがでしたでしょうか?