放課後
「なぁ…」
たぶん彼はこんな風に話を切り出してきたと思う。
夕焼けにほんのり染まる空を、それまでずっと、眺めていたあたしは、その声でようやく彼の方を向いた。
「ん…?何?」
「うん…まぁ…」
教室の前の方、
教卓の前の席で彼は、自分のバックに視線を落としたまま、中を整理して、あたしの方を一切向かなかった。
「どうしたの?」
不思議になって聞き返すと、彼は何も言わず、
ぎゅっと自分の唇を噛んだ。
うつむいた顔は少し不機嫌そうで、バックの整理だと思っていた行為は、よく見ると余計に中をごちゃごちゃにしていた。
「あのさ…もうすぐ夏休みだな」
彼の声のあとに一瞬、間があって、あぁ、というあたしの声が静かな教室に響いた。
「でも明日からテストだけどね、
夏休みの前にほんと嫌だ」
あたしがそう言うと、彼は少しイライラしたように、自分の髪をくしゃくしゃにした。
「…そうじゃなくて」
ようやくその時、彼があたしを見た。
真っ黒な髪…同じ色の瞳と、
いつもふざけてばかりなくせに、その時の彼の目は、いままで見たことないくらい真剣で、思わずあたしも彼をじっと見返してしまった。
鞄から手を離すと、彼はあたしの座っていた机の、すぐに隣の机に座って、またうつむいて、ぎゅっと唇を噛んだ。
うつむいた横顔が綺麗で、いつも話してる彼ではないみたいで、あたしはいつも以上に緊張していた。
「テストなんかどうでもいいんだよ…ばか」
「…赤点採ったら、補習あるじゃん…夏休みに」
とぎれ、途切れに言い返すと、彼は困ったようにあたしを見た。
「じゃあ赤点は採んな」
「…そっちこそ人に言える立場なの?」
「お前と違って数学はできるからな?」
「…松田なんてきらい」
「それは困る」
一瞬時が止まったような気がして、
あたしは驚いた顔で、彼をじっと見てしまった。