ある日の早朝
窓の外では雪が降っている。
真っ白なそれは、音もなく落ちて、
地面の上に冷たい絨毯を少しずつ敷き詰めていく。
ただ一ヶ所、その絨毯に埋もれていないその場所は、アスファルトの小さなくぼみで、昨日の雨でまだ水が乾ききっていない、小さな水溜まりだった。
だから雪はそこに落ちても自分の痕跡を残すことのできないまま、溶けて、まるで最初から存在すらしなかったようにきえてしまった。
その光景を、ぼんやりと見ながら、
何故か私は、今の景色と正反対のある夏の一部が不意に自分の頭に浮かんできたのが分かった。
熱い夏で、焼けつくようなアスファルトや、
かき氷の甘さ、うるさい蝉の声や、夕暮れの寂しさ、そして、突然の夕立が残していった、小さな水溜まり。その瞬間、自分でもびっくりしてしまうほどはっきりと、その夏のことを思いだした。
ふと、思う。
彼は私の事を覚えているだろうか?
もう数年前のことで、
今もどこかにきっと居る彼にとっては、私は今さっき見た、水溜まりに落ちた雪みたいで、なんの痕跡も足跡も残さないまま、
まるで最初から居ないことのように、忘れられているかもしれない。
でも、それでもいい。
私は彼の事を覚えている。
たとえこれから先、少しずつ忘れてしまう日が来ても、水溜まり越しに初めて見た、あのころの気持ちと、彼の表情を忘れる日はきっと来ないのだから。