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理論は上達を加速させる

9.理論は上達を加速させる


 人数も増えて、いよいよ練習が面白くなってきた。何しろ、やることやることが知らないことばかりで、連中は子どものように目を輝かせて鬼塚先生の指導を受けている。

「フットボールは組織力のスポーツや。頭もいる」

という鬼塚先生の方針で、体を動かすだけでなく、理論の勉強もした。

鬼塚先生は、連中を集めて地面に座らせ、○や△で表した手書きのプレーチャートを使って、それをもとにいろんなプレーを説明した。

字はあまりきれいほうでなかったが、その熱心さに連中は感心した。

「これが、Iフォーメーションや。みてみい、ランニングバックが縦に2人並んでIの字になっとるやろ。左右どちらでもバランスよく攻撃できるんや。そやけど、こいつはな、一番後ろのテイルバックがラインを割るまでに時間がかかる。ラインが強くないともたんな。おまえら、テイルって何か知っとるか。おまえら頭悪いから分からんわな」

これは、鬼塚先生の口癖だった。

「テイルというのはしっぽのことや。しっぽみたいに一番後ろに付いとるからや。ラン・ツー・ディライトといって、テイルバックができた穴を見つけて走りこむこともできるんやけど、これはアンソニー・デービスみたいな天才やないと無理やな。おまえら凡人にはできん」

 今度は、違うプレイチャートを示して続けた。

「ほんで、これがビアフォーメーションや。左右のガードのけつにランニングバックがおるやろ。ラインから近いので、ラインが当っとる瞬間にランニングバックが走り抜けられるんや。お前らみたいにラインが弱いのにランニングバックの瞬発力があるチームはこれがええやろな。

それに、ラインは両手を広げて手の先が当らんような間隔を取ったらええ。最初から穴が空いとるから、絶対2ヤードは出る。うちはこれでいくで」

鬼塚先生は、素人集団相手に分かり易く説明し、普段の授業では大あくびをしている連中も、このときだけは眼を輝かせて聞いていた。

 フットボールは多種多用なフォーメーションがあり、そのフォーメションそれぞれにまた多くのプレーがある。フットボールの指導者は、チームの選手の特色により、最適なフーメーションを選択する。これが指導者の腕の見せ所でもある。


 鬼塚先生の提案で、青空高校のフォーメーションは、左右にレシーバを配したプロタイプのビアフォーメションに決まった。プロタイプという呼び名はアメリカのプロフットボールが好んで使うことから付けられたものだ。 

 

 鬼塚先生は赤木にパントの蹴り方も教えた。

「うし、お前はもとサッカー部やったな。パントを教えたるから、蹴ってみい」

そういいながら、ボールを持って赤木の方にやってきた。

「両手でボールを地面に平行に持ってボールの前をちょっと内側に向けて、そのままボールを落として、足の甲ですりあげるようにして蹴るんや。うまく当ったら、ボールはミサイルみたいに回転しながら飛んでいくんや。うそちゃうで、ほんまやで。やってみい。わしは、ラインやったからでけへんけどな」

「そうか。先生はでけへんのか」

赤木はそういってすぐにボールを蹴ってみたが、ガメラ飛びになって、うまくいかない。

が、諦めずに何回か蹴っているうちに、ボールは少しふらふらするが、回転して飛ぶようになってきた。

「そうや、そんでええねん。今、どないしたんや」

「ボールを落とすときは変に力を加えず手をぱっと放すだけにして、足首はできるだけ真っ直ぐのばすようにして蹴ったんや」

「そや、わしのゆうたとおりやろ。ただのパントやとばかにしたらあかんで。パントで皆を驚かすこともできるんやで」

満足そうに鬼塚先生がいった。

赤木もボールがミサイルみたいに真っ直ぐ飛んでいって、ちょっと感動していた。

 

 そんな調子で、連中は、ものめずらしさも手伝ってどんどんフットボールを吸収していった。特に青空高校が採用したオフェンスのフォーメーションは両手間隔にラインが開いている超スプレッドラインなので、ガードの外側(Bギャップ)を走るハーフバックにクォーターバックがボールをハンドオフするのが難しい。

 少しでもセンターからスナップを受けて横に動き出すのが遅れると、もう間に合わない。クォーターバックがハーフバックにボールを渡そうと手を伸ばしたときには、もうハーフバックは既にスクリメージラインを過ぎてしまっている。

 

 クォーターバックの高貴や和田は0.1秒でも早く動くために何回も何回もハンドオフの練習を繰り返した。

少しでも早く動くためには、センターがボールを動かし始めると同時に、クォーターバックは手をセンターのおしりに残したまま、どちらか一方の足を一歩横へ踏み出さなければならない。ボールを受けてから足を踏み出したのでは遅いからだ。

高貴と和田がやっていたのは、これを習得するための反復練習だ。

 高貴と和田はこの練習を黙々と繰り返し、ついにこのハンドオフをフェイクしてオプションに展開できるまでになった。

 フェイクプレーとは、ボールを相手に渡すように見せかけて、実はまたボールを抜き取るような、相手をだますプレーである。バレーボールでいうフェイントのようなものだ。

 

 また、オプションプレーとは、ディフェンスラインの一番外側の選手をあえてブロックせずに、自由にさせ、その選手の動きによりコースを選択するプレーだ。クォーターバックは、ハーフバックにボールを渡すフェイクをすると、次にディフェンスエンドと呼ばれるディフェンスラインの一番外側の選手をめがけて走る。

 ディフェンスエンドはあえてブロックせずに自由にさせておく。そして、ディフェンスエンドが後方についてきているハーフバックのカバーにまわり自分の方に向かってこなければ、クォーターバックは自らボールを持ってスクリメージラインをいっきに駆け上がる。

もし、ディフェンスエンドが自分の方に向かってきたら、後方についてきているハーフバックにボールをピッチするという、ツーウエイの攻撃だ。

 ディフェンスエンドをブロックせずに済むために、攻撃のラインマンが一人余り、このラインを有効活用することができる。おまけにディフェンス側は、オフェンスの展開を読むことができずに守り難いという利点がある。

 ただ、ボールをピッチするために常に危険性が伴い、クォーターバックの高度な判断能力が要求されるプレーだ。しかしオプションプレーはその欠点をはるかに上回る面白さがある。

青空高校は、高貴の冷静なオプションプレーと、和田の強肩を活かしたパスを中心にしたチームを目指していた。


 連中がフットボールに慣れてきたころ、予想もしないことが起こった。

フットボールは、ヘルメットをかぶらずにやると危ない。当たり前のことだが、フットボールが体に染みついてくると、ヘルメットをかぶっているような錯覚に陥ることがある。

体育の授業でラグビーの練習をやっていたときのことだ。

ボールのトスやスクラムの練習をした後、実践形式の練習になった。

敵と味方に別れて練習が開始されてしばらく経ったときに、高貴が朝山という大男にタックルにいった。

ラグビーでは肩からタックルにいくが、フットボールでは、頭からタックルにいく。もちろんヘルメットをかぶっているという前提だ。

高貴は、ラグビーでもついこれをやってしまった。ボールを持って向かってくる朝山に頭からタックルにいった。

そして、まさに高貴の頭が突進してくる朝山の体に触れようとした瞬間に、朝山が顔を下げた。

次の瞬間、

「ギャ・・」

何とも奇妙な声を残して、二人はその場に倒れ込んだ。

タックルされる瞬間に朝山が、顔を下げたものだから、朝山の前歯が高貴の頭に突き刺さったのだ。そのときの衝撃で朝山の前歯二本が根元から折れ、高貴の頭には二つの大きな穴がポッカリと開いてしまった。

二人とも起きあがれずに救急車を呼ぶはめになった。高貴と朝山は、それから数日間病院に入院している。

翌日、赤木が病院に見舞いに行くと、高貴はおでこに大きな包帯をまいていた。

「よう、インドのコブラ使いみたいやな」

高貴の顔を見るなり、赤木はニヤッと笑った。

「放っといてくれ。朝山に頭をかぶられるとは思わんかったわ。情けない」

高貴はおでこに手をやって、バツが悪そうな顔をした。

「ほんま、どろさんにしてはカッコ悪いわ。この格好を女の子に見せてやりたいわ。ひょっとして、もう誰か見舞いに来とったりして」

「誰も来てへん」

高貴が大真面目に話を遮った。

赤木には、いつもはスマートな高貴の、慌てた姿が可笑しかった。


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