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ワクワクしながらやれ

5.ワクワクしながらやれ

 心配ごともあったが、これで11人。

ようやく人数がそろったことを、赤木と丸山は登校するなり体育教官室に飛んで行って、鬼塚先生に報告した。すると、鬼塚先生は待ちかねたように、みんなを放課後体育館に集めるようにいった。

 その日の放課後、11人が体育館に集まった。青空の体育館は、屋内にいることを感じさせないほど、天井が高い。

そこで、鬼塚先生からフットボールを教えてもらうことになっていた。

しばらくすると鬼塚先生が、教官室から出てきた。

「わしが鬼塚や」

先生は、連中を前にして、仁王立ちで腕組みをしたまま話し出した。

 いつもの赤のランニングパンツ姿。妙にドスの効いた話し方だ。

「おまえらが泣いて頼むから、フットボールの顧問をすることにした。わしがするからには徹底してやる。おまえらは卒業するまでに兵庫県代表で関西大会に行くんや。作って2年で関西大会に出た学校はない。いや・・・。ないと思う。おまえらはそれをやるんや。練習は、しんどい。今からいうとく。遊びでやるんやったらやめとけ。ええか。わかったな」

一方的にそういい終わると、

「今からわしがフットボールを教えたる。丸山、おまえセンターしてみい」

鬼塚先生はいきなりそういって、丸山を前に連れ出し、犬のように四つん這いにさせた。

そして、ボールを左右から挟み込むように両手で握らせ、顔の前方でボールを床に立てるように、自ら手を添えて指導した。

(変なかっこう、犬みたいや)

連中はそう思った。

「ちょっとそのまま待っとけよ。ボールは45度以上起こしたらあかんで」

そういうと、すぐに

「次は、クォーターバックや。高貴きてみい」

高貴が前に引っ張り出されて、丸山の真後ろに立たされた。

「両足を肩幅くらいに広げて、ちょっと腰を落とし、丸山のケツに手を当てるんや。ええか、顔は下げず真っ直ぐ前を見とけよ」

鬼塚先生がいったので、高貴は、少し腰を落として手のひらをピタッと丸山のおしりに当てた。

(きもちわる)

みんながどっと笑った。

「ちゃうちゃう。それはオカマや。手のひらは下向けに開いて、手の甲をケツに当てるんや」

鬼塚先生は、苦笑いをしながら、高貴にやり直しをさせた。

そして高貴に

「今からわしがいうことをまねせい」

そういったかと思うと、

「レディ セット ダウン ワン ツー スリー 」

突然、英語らしき言葉を発した。

(今何いうたん?)

連中は、鬼塚先生が叫んだ、へたな英語の意味が分からなかった。

「先生、それなんなん?」

高貴が思わず口に出していってしまった。

「ばかたれ。お前らは英語も分からんのか。頭悪いのう。これは、センターがスナップするタイミングを伝えとんのや。最初に1か、2か、3か決めといて、それをクォーターバックがいうたときにセンターがボールを動かすんや」

鬼塚先生が得意そうに説明した。

「それで、後はなんていうとん?」

赤木が追い討ちをかけるように質問をした。

「そんなもん知らん。ワンか、ツーか、スリーを決めればそれでええんや。わしは英語の教師とちゃう」

鬼塚先生は赤木の質問をうまくかわした。そしてすぐに丸山にいった。

「丸山、そんで、ボールを股の間から高貴に渡してみい。自分のケツに当てるように後ろに引くんやで。そんで高貴はそのボールを受け取るんや」

「先生、こうか」

丸山が、ボールを床から浮かして恐る恐る後ろに引き上げた。

ボソッと音がして、ボールがゆっくりと高貴の手に当った。

「もうちょっと速よ上げてみい」

「こうか」

また、ボソッとにぶい音がして、ボールが高貴の手に当った。一回目よりは少し速かった。

「まあええわ。最初はそんなもんやろ。ほんまはな、もっとバシッと音がするんやけどな。バシッと・・・」

鬼塚先生は、不満そうに手を叩きながら、続けて丸山にいった。

「お前、これからもセンターせい。ここで何べんもスナップの練習をしとったらええ。そのうちに股の内側が腫れ上がってくるから、そうなったらうまくなっとる」

これは、本当の話で、自分の両手が内股に当たるので、何回もセンタースナップをすると、内股が腫れて痛くなってくる。

そして、うまくなった頃には、あまり手が当らなくなるのと、内股が鍛えられて、もう腫れることはない。そうなると一人前のセンターである。


 赤木たちはそれから、暇さえあれば、体育館でフットボールの真似事をしていた。そしてついに、1年7組の教室で、ボールを投げる練習を始めてしまった。

 高貴が教室の教壇側から反対側の壁の前に立っている赤木に向かって、ボールを投げる。ボールはみんなの頭越しに赤木に向かって勢いよく飛んでいく。

フットボールは、ラクビーボールのように楕円形をしているが、ラグビーボールよりも一回り小さい。これは、遠くまで投げることができるようにするためだ。

 このボールはうまく投げないと俗にいう「ガメラ飛び」になってしまう。

「ガメラ飛び」とは、昔、大映の怪獣映画「ガメラ」で正義の味方のカメの大型怪獣ガメラが手足を甲羅に引っ込めて空中を飛ぶときに、横に回転しながら飛んだ姿に似ているからだ。

 フットボールはうまく投げると、右手で投げた場合は進行方向に向かって右回転をしながらミサイルのように遠くまで飛んでいく。しかし、最初はうまく投げることができずに、ボールが横に回転してガメラ飛びになってしまう。

 フットボールを始めた者が最初に興味を持ち、練習するのはこのボール投げである。例に漏れず、赤木と高貴も自分達の教室でこれを始めてしまった。

 ボールにあるレースに中指を掛けて、手のひらとボールの間に少し隙間が開くようにして軽く握る。投げるときには、後ろに引いた手をボールが耳の斜め上を通過するように前に押し出す。

 そして、手がボールを離れる瞬間に手首を内側に捻ってボールに回転を与える。野球のシュートボールを投げる要領に似ているが、中指が最後までレースに掛かっているように投げるのがコツだ。

同じクラスの二人は体育館に行くのが面倒くさいのと、少しでもボールを触りたいという二つの理由から、短い業間の休み時間にまで、教室でボールを投げ始めたのだ。

 まわりの者は休憩時間を邪魔され、おまけに頭の上をボールが休む間もなく飛びまわるのだから、さぞ迷惑だったに違いない。新しいことを初めようとしている二人に免じて許してくれたのだろう。文句もいわずに珍しそうに眺めていた。


 高貴が投げているボールは、表面がワックスでツルツルし、焦げ茶色に光っていた。これは、鬼塚先生が、神戸にある大学のアメリカンフットボール部から、勝手に拝借してきたものだった。

鬼塚先生は、今はソフトボール部顧問だが、学生時代に肩を壊して野球を断念し、日本体育大学でアメリカンフットボールをやるようになった。そして選手当時のポジションはタックルだった。

タックルとは、最前列に横に並ぶラインマンと呼ばれる者のなかで、真ん中のセンター、その隣のガードに続くポジションである。

 鬼塚先生は、青空高校に赴任する前に神戸の大学でアメリカンフットボール部を指導していたことがあった。その縁で大学からボールを3個拝借してきたのだ。

 以来、素人集団は、このボールを使って練習することになる。赤木たちには、このボールが宝物のように思え、ボールをさわれるだけでいつもワクワクしていた。ボールに塗られたワックスの匂いを嗅ぐと、カレッジフットボールの選手になったような気分になった。

 

 連中はボールが手に入ったので、放課後になると、グランドの隅でパスとハンドオフの練習を始めた。

グランドではサッカー部がフルコートで練習をしていたが、グランドの南西の角に休憩用の木のベンチを設け、上部を藤で覆った藤棚があった。そしてその前に10メートル四方の空間があった。その空間の南側には、階段が設けられ、グランドより一段低いテニスコートへと続いていた。連中はその狭い空間を勝手に使わせてもらうことにした。

 クォーターバック役の高貴と和田が交代で、ボールを投げる。他の者はクォーターバックから8ヤード離れて、縦に並び順番に前へ走ってパスを受けていく。ラインやバックスの区別はなく全員がパスを受ける。

連中は、この練習を楽しんでやっていた。パスを受けるというのは、もって生まれたセンスにかなり影響されるようで、最初から上手な者と下手な者の差は大きかった。

下手な者は必ずといってよいほど、ボールを受けるときに手に力を入れて前に差し出してしまう。その結果ボールがはじかれる。

これに対して、上手な者はボールを受ける瞬間にクッションのように手のひらを少し引く。

誰に教わることもなく、自然にこの差がでるのは、やはり持って生まれた運動センスの良さだ。

 また、ハンドオフの練習もした。センターの丸山から、股ごしにスナップされたボールを受けた高貴や和田が、横に走りながら後ろから走ってくるランニングバックの小池や速水にボールを渡す練習だ。

ランニングバックは、少し前かがみの姿勢で胸の前に.肘を曲げた片手を地面と並行に置き、もう一方の手を同じように腹の前に置いて、いわゆるボールをはさみ込むポケットを作って走る。クォーターバックは、そのポケットにボールを相手の腹に押しつけるようにして渡す。

 慣れないうちは、ランニングバックがボールを先に奪い取ろうとするために、かえってうまくいかない。

 うまくハンドオフをするコツは、ボールがお腹に当るまでボールを取りにいこうとしないことだ。

「小池、ボールを取りにいったらあかんちゅうたら。何回ゆうたら分かるんや。ばかたれ」

 鬼塚先生は、練習中執拗にこのことを、小池や速水に要求していた。



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