現実は頭の中で起こっている。考え方を変えれば現実は変わる。
20.現実は頭の中で起こっている。考え方を変えれば現実は変わる。
次の日の練習前に赤木は鬼塚先生に体育教官室に呼ばれた。
赤木は、昨日からこうなるだろうと思っていた。
体育教官室に入ると
「まあ、そこにすわれや」
そういって先生は赤木を正面に座らせた。
「うしよ。キャプテンとして昨日みたいな練習をさせとったらあかん。あれはなあ、やらされとる練習や。あんな練習では、関西大会には出れん。お前も分かっとるやろ」
鬼塚先生は珍しく穏やかな口調でいった。
「先生のいうとおりやと思う」
赤木は、自分でも驚くほど素直に答えた。
「人はな、同じことをやるのに気持ちの持ち方しだいで、しんどさはぜんぜん違うんやで。親が、病気の子供を背負って夜中に病院へ行くのに長い時間歩いて、しんどいから怠けたろかと思うか.思わんやろ。
そやけど、人から届け物を頼まれて、同じ道を歩くときはしんどいと思うかもしれんな。どっちも同じ長さや。
そいつの感じる現実というのは、外にあるんやなくて、そいつの頭の中にあるんや。そやから、やらされとると思ってやる練習と自分からやる練習はしんどさがぜんぜん違うんやで。
お前は、みんなに『練習はやらされとるんと違う。お前らが関西大会に行きたいからやっとるんや』ということを分からせるようにせい。それがキャプテンの役目や。
やり方はまかす。ええな」
赤木は鬼塚先生の言葉に、どこか懐かしさを覚えた。
赤木は、すでに鬼塚先生がいったことを理解していた。
以前、サッカー部の1年生であったころ、練習に行くのがいやでいやでたまらなかったことがある。
それは、しんどい練習をやらされるからだ。ところが、最近は練習がいやだと思ったことは一度もない。練習のしんどさは、遥かにフットボールの方が上であるにも拘わらず。
赤木は、キャプテンになったときから、みんなをまとめて、部を強くするという責任を持たされた。
そして、その責任を自覚したときから、練習に行くのがいやとか、しんどいとか、思うことが不思議なくらい一切なくなった。サッカー部のときとは大きな違いだった。
もし、キャプテンでなかったら、練習がしんどいと思うときがあったかも知れない。役職が人を作るというが、そういうことかも知れないと赤木は思った。
やらされていると思うか、自分からやっていると思うかによって、こんなにも自分の気持ちが違うものかと驚いた。
やることはどちらの場合でも全く変わらないのに。
そのことを赤木は、鬼塚先生の言葉で再確認した。
「分かった。まかせといて」
赤木は元気よく返事をした。
それを聞いて鬼塚先生は
「うしよ。考え方は変えることができるんや。他人は相手の考え方を絶対にコントロールできひん。でもな、唯一自分だけが自分の考え方をコントロールできるんや。そんで、どんなことでも自分の考え方によって取り組み方が変わるんや。
苦労した経験は将来、がけっぷちに立たされたときのくそ力になるんやで。
ほな、頼むわ」
と分厚いくちびるをほころばせた。




