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負けるときは負ける

16.負けるときは負ける


4月も終わりが近づきいよいよ、春のシーズンが始まった。

初戦の相手は最近できたばかりの大川高校。全くどんなチームか分からないので、試合前に相手高校の分析をする必要があった。

ある日、鬼塚先生が赤木を体育教官室に呼んだ。

「お前ら貧乏やから、みなで都会まで試合を見に行く金がないやろ」

「ビデオカメラこうてきたから、これで誰か大川の試合を写してこい」

なんと、鬼塚先生はいつのまにかビデオカメラとビデオデッキを買っていた。

カメラとビデオデッキを合わせて50万円の値段がついていた。

(きっとボーナス全部はたいても足らんかったやろな)

その話を聞いて、連中は思った。

ビデオでスカウティングするのはめずらしく、兵庫県では関西学院大学以外には使用しているところはなかった。それにしても50万円をつぎ込むとはいくら顧問でも、めったにできることではない。


このおかげで、初戦の大川高校には大差で勝った。

ビデオで分析した結果、コーナーバックが「45度クイック」といって、攻撃の一番外側に位置するフランカーが、45斜めに走りこんでパスを受けるパターンを警戒して最初から、フランカーの内側に位置していることが分かったからだ。もし、本番でもこうであればレッドコールをする作戦であった。

フットボールでは、予めキーカラーを決めておいてこれを状況に応じてクォーターバックがコールすることで、その場でプレーを変更することがある。

例えば、キーカラーをレッドと決めた場合には、レッドのコールでプレーを予め決められているプレーに変更する。それ以外のカラーのときは何も変更しない。

セットしたときにクォーターバックは、相手方のディフェンス体型を「ファイブ・ツー、ファイブ・ツー」というように大きく叫ぶが、それに続いて

「イエロー41」と叫ぶのだ。

このときはカラーがキーカラーではないので何も変わらない。ところが、クォーターバックのコールが

「レッド41」であればプレーを変更する。

 セットして、大川高校のディフェンスを見たときに、フランカーに出ていた小池の前の大川のディフェンスバックは明らかに、45度クイックを警戒して、内側についていた。

これを見た和田は、ヘルメットの中でニヤリとした。そして

「フォー・フォー、フォー・フォー、レッド41、レッド41」

とコールした。ひそかに練習していたレッドパスへのプレー変更だ。


そのコールを聞いた小池は、身じろぎ一つせずにじっと下を向いていた。きっとうまくいくと、自分にいい聞かせているかのように。

「レディ、セット、ダウン、ワン、ツー」

ボールが動いた。

小池は、45度斜めに入り込むと見せかけて、すぐに真っ直ぐにゴールラインめがけて走り出した。大川のディフェンスバックは、小池の45度クイックをカバーするために既に内側に入りこんでいたため、取り残されてしまった。

その間に小池は、独走している。背が低く足も短いが、足をフル回転させて走るので結構速い。大川の選手は、もう追いつくことはあきらめたかのように申し訳程度に小池を追いかけていた。

和田は、少しすくい上げるように力一杯ボールを投げ上げた。

ブン、取ってくれよ。和田は祈った。

空高く投げ上げられたボールは頂上付近で小池の走り込むであろう地点に向きを変え、落下し始めた。そこへ小池が滑りこんでいく。そして、小池が差し出した両手に吸い込まれるようにスッポリとボールが収まった。

タッチダウン。

レフェリーが大きく両手を上げた。

鬼塚先生のビデオが大きく貢献した。


これに勢いづいた青空高校の攻撃はその後も止まらず、速水がその快速を活かして縦横無尽に走りまわった。結局この試合は42対0で大勝した。

調子付いた青空高校は次の陽星高校にも、全く危なげない試合運びで勝った。

県下では、新参高が2連勝したと話題になっていた。


そして、梅宮高校との準決勝だ。

この試合の勝者が、既に決勝進出を決めている関西学院大学高等部とともに関西大会に出場できる。


5月21日

夏を思わせるほど気温が高く、よく晴れた日だった。両校、グランドの中央で一列に並んで挨拶をした後、レフェリーの笛とともに、試合が始まった。

梅宮高校は、フランカーT体型からの大型ランニングバックを走らせる攻撃を売り物にしていた。そのランニングバックは、青空高校の連中には、「ネズミ」と呼ばれていた。顔がネズミに似ている上に、チョロチョロとタックルをすり抜けて走るからだ。もちろん、青空高校の連中がかってにつけた愛称で、当の本人は全くそんなことは知らない。

 試合開始とともに予想通り、ネズミが走りまわったが、速水や小池も負けずに快速をとばして相手を霍乱した。実力が均衡している両校は、一進一退を繰り返し、第4クオーターも終盤を迎えた。

27対21で青空高校は負けていた。勝つにはどうしても、タッチダウンをとらねばならない状況だ。

自陣45ヤード、サードダウン残り8ヤード、残り時間は3分10秒。あと2回の攻撃で8ヤード進めば、また4回の攻撃権がもらえる。

ハドルでクォーターバックの高貴の出したプレーコールは、右プロビアからのスプリットエンドへの45度クイックパスだ。

「レディ、セットダウン、ワン、ツー」

センターからボールを受けた高貴は、左端から斜めに走りこんでくる山中をめがけてすばやくボールを投げ込んだ。

相手のコーナーバックは、不意をつかれて付いてきていない。チャンスだった。

高貴の投げたボールは、スプリットエンドの山中めがけて矢のように飛んでいき、ピタリと山中の走りこむところに届いたかのように見えた。

が、ほんの少し前方だった。そのボールに向かって、山中はこれでもかというほど手を伸ばしたが、わずかに中指の先がボールに触れただけで、無常にもボールは、ポトリと地面に落ちた。

「ピイー」

レフェリーの笛が鳴った。

パス失敗。

山中は、大きく地面をたたいた。


パス失敗で時間経過は止まり、残り時間は、2分50秒

青空高校は、重大な選択に迫られた。

あと1回の攻撃で、8ヤードを獲得して、更に4回の攻撃権をもらうか。それとも、8ヤードの獲得は難しいと判断して、パントを蹴って敵陣深くで梅宮高校に攻撃権を与え、その攻撃を4回で止めて、僅かな残り時間で再度攻撃するかのどちらかだ。

 ここで、鬼塚先生は、タイムアウトをレフェリーに申告した。そして、クォーターバックの高貴と赤木をサイドラインに呼んで、少し緊張した様子でいった。

「ギャンブルするで。右プロビアで右フェイクオプションからのフランカーリバースや。ここが勝負や。8ヤードとれへんかったら負ける。絶対に通してこい。行け」

鬼塚先生は、高貴のおしりをポンとたたいた。

 鬼塚先生は、残り時間からの関係で、パントを蹴れば次回の攻撃時間がなくなると判断していた。

 右フェイクオプションからのフランカーリバースとは、フェイクオプションに見せかけて、右外に走るハーフバックにピッチするところを、その後方を右外から左に走るフランカーにピッチするスペシャルプレーである。

 全くオプションプレイにみせかけることができるので、成功すれば大きく前進することができるが、クォーターバックとフランカーが逆方向に走りながら、ボールをピッチするので、タイミングが合うのはほんの一瞬しかない。高度な技術を要するプレーだ。

 

ハドルに戻った高貴がいった。

「右プロビアで右フェイクオプションからのフランカーリバース。カンウト、ワン。絶対取ったる。中井頼むで。ブレイク」

全員、パンと手をたたいて夫々のポジションにセットした。

 「レディ、セット、ダウン、ワン」

センターの丸山がボールを勢いよくスナップした。

すぐに高貴は、ボールを持って右側に走り出した。3歩走ったところで後方から来た右ハーフバックの小池にボールを渡すフェイクをして、ボールを抜くとまた右側に足を踏み出した。

その後方には、左ハーフバックの速水がついてきている。梅宮高校のディフェンスメンバーは、この時点ではっきりと右オプションだと認識していた。逆サイドのディフェンスの選手までもが、オプションを止めるべく、右側に集まってきている。

 そして、梅宮のディフェンスエンドは、高貴をマークし、アウトサイドラインバッカーは、脚の速い速水へのピッチを警戒して、スクリメージラインを割ってきた。

 鬼塚先生は、この状況を見て、しめた、と喜んだ。

ここで右側から左に向かってこっそりと走りこんでいたフランカーの中井に高貴ボールをピッチすれば、誰もいなくなった左大外から簡単に8ヤード以上は、走ることができるからだ。

(いや、ひょっとするとタッチダウンや)

鬼塚先生は一人サイドラインでにんまりとした。


いよいよ、高貴から中井へのピッチのタイミングがきた。高貴は中井とすれ違いざまにボールをピッチした。神業と思えるほどタイミングは絶妙だった。誰もがこれで勝てると思った。

 しかし、次の瞬間に悪夢が起こった。

何と、ピッチされたボールを中井が取り損ねてファンブルしたのだ。緊張して、手がこわばっていた。フットボールを始めて僅か1年の2年生には、荷が重かった。

「ワー」

観客席が大きくどよめいた。

転々と転がるボールは、まだどよめきが続く中、梅宮の選手が押さえ込んだ。攻守交替となり、その地点から梅宮高校の攻撃となってしまった。


 その後は、気が動転している青空の連中には、なすすべがなかった。続く梅宮の攻撃であっさりとタッチダウンを取られた。

無常にもレフェリーの笛が鳴り、負けが確定した。

32対21。

これで関西大会出場の夢は消えた。と、同時に3年生の引退が決まった。

全員その場に倒れこみ、しばらく動くことはなかった。


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