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怪我なんかクソくらえ

⒖怪我なんかクソくらえ


 修学旅行も終わり、いよいよ春のシーズンがやってきた。関西大会出場のためには、県で2位にならねばならない。毎日、鬼塚先生が考え出した厳しい練習が続けられた。

県大会を控えたある日、最後の練習メニューである実践練習をやっていたときのことだ。

ディフェンスのインサイドラインバッカーに入っていた赤木は、ギブによって前方からボールを持って突進してくるハーフバックの谷川にタックルをした。谷川は2年生で体は小さいが下半身がしっかりとしていて、当ると痛い。

その谷川にタックルしようとした瞬間、谷川が体を少し、右に捻った。その弾みで赤木の左手が谷川の体の正面にまわり込み、谷川の体と接触した。「ぐにゅ」という鈍い音がして、手首が内側に曲がった。親指が腕にくっついた。


その瞬間は、何も感じなかった。が、すぐに、赤木の左手首から頭の先に激痛が走った。声も出せないくらいに痛い。赤木は思わずその場にうずくまってしまった。

心配して、高貴が駆け寄ってきた。

「手首を捻ってしもうた。これは練習でけへん。ちょっと休むから続けといて」

赤木はそういうのがせい一杯で、左手を押さえながらグランドの角にある藤だなの下に向かった。

 赤木は藤だなの下でベンチに腰掛けて休んでいたが、その日は、痛みが収まらず、結局復帰することができないまま練習は終わった。

少しでも手首を動かすと、激痛が走る。そして何もしなくても、ずきずきと痛みがあった。


赤木は自宅から自転車で通学していた。学校から帰るときに自転車に乗ろうとしたが、左手が全く使えない。仕方がないので、右手だけでハンドルを握って自転車に乗って自宅まで帰った。

自宅は、坂の上にあった。自転車を片手で運転して坂道を登るのは結構難しかった。つい右手に力が入ってしまい、ハンドルを右に取られるからだ。追い越していく自動車に何回もクラクションを鳴らされた。

 

自宅に帰ってからも手首の痛みは取れなかった。余計な心配をさせたくなかったので、家族には怪我のことは内緒にした。

赤木はそのうちに痛みが和らぐだろうと、高をくくっていたが夜中になっても状態は変わらなかった。痛みのせいで眠ることができない。仕方なくベッドから抜け出して、こっそりと冷蔵庫から氷を取り出し、ビニール袋に詰めて冷やそうとした。

それを母親に見つかった。

「こんな夜中に何をしとんの」

赤木はびくっとした。

「ちょっと、のどが乾いたから」

そういってその場をごまかした。

その夜は痛みで一睡もできずに朝を迎えることになった。

顔には、べっとりと、脂汗がにじんでいた。

痛みに腹がたって、ベッドの上をたたきまわり、眠れないことの苦痛と、夜の長さを思い知らされた。

やっと朝がきたときには、痛みは変らなかったが、窓から差し込む太陽の光を見て、何かから解放されたような気分になった。


自転車の片手運転を母親に見つからないようにして、学校に出発した。

(あかん。痛みがとれへん)

手首を見ると倍くらいの太さに腫れ上がっていた。

(放課後病院に行こ)

赤木はようやく、病院にいく気分になった。

放課後、高貴に病院に行くことを告げると、赤木は高校の近くの外科へ向かった。

その外科は、青空高校から自転車で2分のところにある。

病院に到着して、入り口のドアを開けると、そこには、見たことのある看護婦さんがいた。いや、看護婦さんではなく、見習さんだった。

赤木にはすぐにそれが誰であるか分かった。中学の同級生の神田だ。少しボーイッシュなところは今も変っていない。

「赤木君、元気」

「元気やけど、病院に来た」

冗談交じりにいった。

「どないしたん」

神田が心配そうな顔をした。

「左手首が動かへんのや」

赤木が手首を見せた。

「え、それは大変」

神田は、赤木の手首を見るなり、先生を呼びに中へ入っていった。

この病院には、予約や順番待ちというものがない。赤木はすぐに診察室に通され、先生にレントゲンを撮ってもらい、診察を受けた。

頭がハゲあがり、目がギョロっとした年配の先生だった。   

先生はレントゲンの結果を見ながら赤木に向かって、ニヤリとした。

「折れとる」

「ええ…、折れとるって、骨折のことですか」

「そうや、骨折や。ようがまんできたな。このまま放っといたら曲がったままくっ付いてしまうところやった」

そういうと先生は、早速手首にギブスをする準備にとりかかった。

「先生、ギブスは止めてもらえませんか」

赤木はあわてて先生の動作を遮った。

おそらく2週間はギブスをすることになる。ギブスをすると1週間で間接が固まって動かなくなる。そして、筋肉も落ちて骨だけの腕になる。そうなると練習に復帰するのに余計に時間がかかる。そのことが分かっていたので、赤木は先生に頼みこんだ。

しかし先生はこれを聞かなかった。

「あかん。ギブスをせな早よ治らん」

そういって、あっという間に慣れた手つきで赤木の手首にギブスをしてしまった。

(どないしよう)

赤木は見事に巻かれたギブスを見て落ち込んだ。


2週間ほどしてギブスは取れた。予想どおり間接が固まって手首は動かない。おまけに肘から先はごっそりと筋肉が落ちて骨だけになり、タックルの繰り返しでできた手首の傷跡だけが異様に目立った。まるで80歳を過ぎた老人の手のようだった。

「試合に間にあわへん。どないしよう」

赤木が練習前に心配して高貴に話していると、それを聞いた鬼塚先生が、近寄ってきた。

先生は大真面目な顔でいった。

「石膏で固めて試合にでえ。日体大ではようやっとる」

(ええ、今、外したばっかりやのにそんな無茶な・・。そんなんで試合できるんやろか)

結局また、手首を石膏で固めることになった。


そんなときに、地元の新聞社が、「田舎に珍しくフットボール部ができた」ということで取材に来た。新聞記者は、手首に石膏をまいた赤木に取材をすると、写真を何枚か撮って帰った。

翌朝、新聞を見ると、石膏で固められた腕をつった自分の姿が載っていた。その石膏の表面には、みごとな落書きがしてあることもはっきりと写っている。その落書きは、クラブの連中が面白がって、赤いマジックで書いたものだ。

(かっこわる)

赤木は、自分の写真を見てそう思った。


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