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最初はぼろ負けで当たり前

⒑最初はぼろ負けで当たり前


2年生の春、初めての練習試合が計画された。相手は、関西学院大学高等部。ここしばらくずっと日本一の高校。

鬼塚先生が独断で申し込んだものだが、初試合が日本一の高校とは、なんとも無謀な組み合わせだ。

関西学院大学の顧問の先生が、青空高校にフットボール部ができたことに好意的で、ばかにすることなく、試合を受けてくれたので実現した。

連中を前にして鬼塚先生がこの試合のことを告げたとき、

「え~、うっそみたい」

と連中は驚いたが、反面初めて試合ができるうれしさもあった。

根っから単純な連中は、それからはいつも以上に気合を入れて練習をした。

 いよいよ試合当日になった。

兵庫県の山奥から、神戸電鉄で新開地駅まで出て、そこから阪急に乗り換えて西宮北口まで行く。そこでまた今津線に乗り換えて甲東園まで行く。3時間近くかかる道のりだ。大きな防具をかかえて集団で電車に乗り込むものだから、連中は周りのお客さんから物珍しそうにジロジロと見られた。

 連中は阪急甲東園から曲がりくねった山道をバスに揺られて、やっと関西学院大学のキャンパスに着いた。大学など見たことのない田舎者たちは、正門を入ったところにチャペルがあるのを見て、場所を間違えたと思った。

「ここ教会と違うん?」

誰かがいった。

道行く人に聞いて、そこが大学であり、高等部はその隣にあることが分かった。

「都会はすごいわ。学校に教会があるなんて」

連中は、勝手に思い込んで感心していた。

そして、やっと見つけた高等部は、チャペルを左に曲がった大学のキャンパスの片隅にあった。

 連中はようやく高等部にたどり着き、関学高等部のマネージャーに着替えをする教室を教えてもらった。そこで着替えて、簡単な練習をした後、いよいよ試合開始となった。


試合前に整列すると、関学高等部は、90人。フィールドの端から端まで、数えられないほど選手が並んでいる。一方、青空高校は、たったの18人。

人数だけを見ても勝負にならないことは、誰の目にも明らかだった。おまけに、関学高等部の選手はその防具を付けたスタイルが妙にさまになっている。

同じように防具を付けていても赤木たち青空高校の連中はどこかぎこちない。ハイヒールを初めて履いた女の子が街を歩いていると、なぜか分かってしまうのと同じ理屈だ。

 

いよいよ試合開始時刻となった。コイントスの後、赤木のキックオフで試合が始まった。

赤木は、みんなに

「レディ、オールメン、ハードタックル」

と大きな声をかけ、敵陣深くまでボールを力一杯蹴りこんだ。

赤木の蹴ったボールは、ぐんぐん伸びて敵のゴールライン近くまで飛んでいった。

青空高校の連中は、タックルに向かい敵陣30ヤード付近ではリターナーをタックルできると思っていた。自分たちの練習ではいつもそうだったからだ。

が、キックされたボールを自陣5ヤードでキャッチした関学高等部の選手に、あれよあれよという間にリターンタッチダウンされてしまった。

青空高校は完璧にブロックされ、ボールを持った選手に触れることもできないまま独走されてしまった。その後のキックも決まり、何と試合開始後たったの15秒で7点も取られた。


フットボールは、陣取りゲームだ。100ヤードあるフィールドを自陣、敵陣の半分に分ける。その自陣の端に更に10ヤードのエンドゾーンといわれるエリアがあり、エンドゾーーンとフィールドの間にゴールラインが引かれている。

敵陣のゴールラインを超えてエンドゾーンにボールを持ち込めば、タッチダウンといって得点がもらえる。これはラグビーとよく似ている。

審判がコインを投げて裏か表かで勝ったチームが選択でき、その結果攻撃する方が決まる。攻撃にならなかった方が、自陣ゴールラインから35ヤードの地点にボールをおいて、相手陣にボールを蹴り込むことからゲームは始まる。

そのボールを受けたチームは、相手陣に向かって走りこみ、敵にタックルされたところから、攻撃が開始される。

 フットボールは、よく陣取りゲームだといわれるが、ここからその陣取りが始まる。攻撃側は、4回の攻撃権が与えられる。さすが、アメリカが発祥地であるゲームだけあり、このあたりは野球とよく似ている。

 そして、攻撃側は4回の攻撃で10ヤード(約9.1m)進めばファーストダウンを奪ったといい、また、4回の攻撃権を得ることができる。これを繰り返して、相手ゴールまでボールを持ち込めばタッチダウンといって6点になる。

 もし、4回の攻撃で10ヤード進めなければ、その場で攻守交替となり、今度は相手側が逆方向に向かって攻撃を始める。

尺取むしのように進んでは、また、反対方向に進むことを繰り返すゲームだ。

 

このように基本ルールは単純だが、テレビなどで観ていて、このスポーツの進行がよくわからないのは、パントがあるからだ。3回の攻撃をして、10ヤード獲得までまだ8ヤードあったとする。このときに4回目の攻撃をして、10ヤード獲得できなければ、その場で攻守交替となる。

そこで、4回目の攻撃で,10ヤードの獲得は難しいと判断した場合には、パントといって攻撃権を放棄するかわりに、センターから後方へスナップバックされたボールを敵陣深くに蹴り込む。そしてボールを捕球した敵をすばやくタックルし、その場から敵の攻撃を始めさせるのだ。

また、フットボールの得点には5種類ある。フットボールは、タッチダウンといって、選手が持ったボールがゴールラインを越えると6点の得点になる。


さらに、トライ・フォー・ポイントといって、ゴール前3ヤードから1回だけ攻撃権が与えられ、この攻撃で選手が持ったボールがゴールラインを越えると2点、ボールを蹴ってゴールポストに入れると1点の得点になる。通常は、確率の高いキックを選ぶので合計7点の得点になる。

 また、タッチダウンができないと判断したときにフィールドの途中から地面に置いたボールを蹴って、ゴールポストに入れれば3点の得点になる。

そして攻撃側が、守備側に自陣ゴールまでおしもどされれば、セーフティといって守備側に2点の得点となる。


その後試合は続けられたが、よく訓練された関学高等部の選手は、一寸の狂いも無く体型を組んで青空の連中を完璧にブロックした。連中にはまるで精密なロボットを相手にしているようだった。

 逆に連中がブロックしようとしても、そのときにはもう関学高等部の選手は目の前にいない。ボールがスナップされると同時にプレーを読んで、先にその方向に動き出してしまう。連中は相手に触れることすら許してもらえなかった。

 こんな状態だから、青空高校は攻撃でファーストダウンなど取れるはずがない。4回目の攻撃は必ずパントになる。

そして、パントをすれば、一発でリターンタッチダウンされることを繰り返し、ついに鬼塚先生が、がまんできずにサイドラインから大声で叫んだ。

「うし、パントは外へ蹴り出せ」

しかし、時既に遅く、結局120点を取られた。

もちろん、青空高校は0点。

フットボールは選手の交代が自由で、関学高等部の選手は、攻撃、守備、キックと全てメンバーが異なり、常に選手が入れ替わっている。

それに比べ青空高校は、選手を交代する余裕はなく、一旦フィールドに入ったら、試合が終わるまで帰ってくることができない。

体力面でもハンディはあるが、それにしても120点とはよく取られたものだ。

フットボールの世界ではよく、勝敗が見えてくると、控え選手を出して練習をさせるので、こんなに点差が開くことはまずない。

しかし関学高等部は手をぬくことをせず、しっかりとレベルの違いを青空高校に教えた。

さすがに日本一の高校だと、連中は変に感心した。

鬼塚先生は、フットボールを始めたばかりの連中に、最初にしっかりと日本一のレベルを体験させておきたかったのかも知れない。


その年の秋に再度関学高等部と対戦しているが、試合結果は60対7だった。後にこのことを、赤木は、新入生オリエンテーリングの席上で、新入生300人を前にして壇上から誇らしげに語った。

「日本一の関学高等部と初めて対戦したときには120対0でコテンパンにやられました。でも、次に対戦したときには、60対7でした。何と67点も点差を縮めて、タッチダウンもとったのです。この調子だと、3回目の勝負は0対0で引き分けか、もしかすると勝てるかもしれません。そのためには、皆さんの助けが必要なんです。

あの日本一の関学高等部に勝てるのです。ですから、みなさん、将来有望なアメリカンフットボール部にぜひ来てください」

赤木が憧れていたキャロルの永チャン(矢沢永吉)のこんなセリフがある。

「最初ぼろまけ。2回目ちょぼちょぼ。3回目余裕」

赤木はこれをまねていったのだ。


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