新馬(しんま) 紅里子(くりこ)
〈新馬 紅里子〉6月11日金曜日
高等上級の年、1月3日。
【紅里子】
「……どうしたんッスか~。巫女先輩が紅里子に相談なんて」
【巫太郎】
「青空のことなんだが……」
【紅里子】
「れ、恋先輩の身に危険がッ!?」
【巫太郎】
「女神様は俺にだけ微笑んでくれない。もしかして忘れとるのかなって」
【紅里子】
「……紅里子は冬を感じたい。何より雪を見たいッスよ~」
【巫太郎】
「おうおう、強気だな。マジで取り寄せるぞ」
【紅里子】
「忍耐は美徳ッス」
【巫太郎】
「ふん。青空に反抗できんヤツが積めるはずもなかろう」
【紅里子】
「拙い駆け引きご馳走様です♪」
【巫太郎】
「そのフォローで満足♪」
【紅里子】
「………」
【巫太郎】
「昔と何ら変わらない。何一つとして……今、そう思ってるんじゃないか?」
【巫太郎】
「どんな場所に行ったって、どんな成長を遂げたって、新馬紅里子という女の子は結局変わりはしないんだ」
【紅里子】
「く、紅里子が相談したみたいになってるッスよ~」
【巫太郎】
「くっくっくっ、かかったな。明けて早々、公園のベンチに座って女の子の悩みを聴くこの絵は必ず好感度アップに繋がる」
【紅里子】
「通行人はどこにもいないッスけど。でも巫女先輩がそう仰るならそうなるんでしょうね」
【巫太郎】
「自分で自分は変わったと思わせる」
【巫太郎】
「きっかけは俺が考えるから、青空と派手に大喧嘩してみろ。必ず次の段階に進める。なんなら賭けてもいい」
【巫太郎】
「幼馴染のアドバイスは素直に受け入れるべきだよ。紅里子ちゃん。俺と青空はもうすぐ卒業するんだ」
【紅里子】
「姉御はお元気みたいで」
【巫太郎】
「……この世に生きるわけを探してさすらう人間と同じ心境だと認めてしまえばいいものを」
【紅里子】
「はい♪」
【巫太郎】
「……な、何だよ」
【紅里子】
「慰謝料と接待料♪紅里子は高いッスよ~」
【巫太郎】
「いくらだ?」
【恋】
「ちょっとちょっとッ!困るなぁ君。アドリブを入れるのは勝手だけど、ちゃんと台本に沿ってもらわないと」
【巫太郎】
「どうでもいい。それより何でそんなに焦ってるんだ?」
【紅里子】
「え~い静まれ~ッ!静まれ~、静まれ~」
【紅里子】
「この定紋が目に入らぬかぁ~~ァッ!」
【巫太郎】
「生徒手帳……?プリクラって……」
【巫太郎】
「綺麗に剥がして処分しとかないとな♪」
【紅里子】
「ああぁッ!?れ、恋先輩とのツーショットプリクラが――」
【恋】
「有るね」
【巫太郎】
「無いね」
【恋】
「有るね」
【巫太郎】
「無いね」
【恋】
「有るね」
【巫太郎】
「無いね」
【恋】
「無いね」
【巫太郎】
「所詮在庫切れがオチだ」
【恋】
「さてと。展示品はめでたく完売したことだし、新製品を入荷しに行きますかな。シンマちゃん」
【紅里子】
「巫女先輩に予告状を突き付ける恋先輩はいつみてもカッコイイッスッ!」
【巫太郎】
「撮らせるかっての。俺の妨害工作は絶対的なんだよ」
【恋】
「………」
【紅里子】
「……ここでも姉御の悪影響がもろ滲み出てるんッスけど」
【巫太郎】
「リズムを崩したくないだけだ。梓姉ちゃんは関係ない」
【巫太郎】
「大体な、運も実力のうちってのは結果論だ。11という数字を狙ったのがたまたまヒットしただけじゃねぇか」
【恋】
「シンマちゃんこれを……」
【紅里子】
「炭酸飲料水……?用意周到ッスね」
【巫太郎】
「どの組み合わせ。どのタイミングなら11という数字を射止められるか知りもしない連中はそうやって気休めを自分に与えてる」
【巫太郎】
「全くけしか――ぶはぁッ!」
【恋】
「どうかね?」
【紅里子】
「先手は必勝ッスッ!」
【巫太郎】
「お、おのれら……」
高等上級の年、1月13日。
俺は青空と公園のベンチに座りながら、前方で子供達と遊んでいる紅里子ちゃんに目線を向けていた。
【紅里子】
「むか~し、むか~し、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいましたッ!」
【紅里子】
「……はぁ、出だしは決まってこの文章。不満がある子はいますか~?」
【恋】
「どうよ?巫女様」
【巫太郎】
「何が?」
【恋】
「前みりゃわかることでしょ」
【巫太郎】
「……何様だよお前」
【恋】
「なんでそんな脳天気でいられるのかねぇ~」
【巫太郎】
「お前が”緊張”に揺さ振られるわけねぇか」
【恋】
「明日の帝麗祭のことで何か?」
【巫太郎】
「お前らがステージに上がったら、俺は体育館を後にする。ネタにされるのがオチだから」
【恋】
「不自然極まりないねぇ~」
【巫太郎】
「紅里子ちゃんとやれ。俺とじゃなく」
【恋】
「だってインパクトが無いんだもん」
【巫太郎】
「もし隠していたとしたらその返しは不適切になるが……?」
【恋】
「………」
【紅里子】
「巫女先輩に恋先輩ッ!そろそろバトンタッチのお時間ッスよ~ッ!」
【紅里子】
「……ん?なんだ」
【恋】
「………」
【巫太郎】
「………」
【紅里子】
「あッ!お兄ちゃんが妹をイジメてる。いけないんだ。いけないんだ。先生に――せ、先生じゃなかったッスねッ!」
【恋】
「卵は十分過ぎるほど温めてきたし、卒業前に孵化するんじゃないかな」
【巫太郎】
「フッ。するんじゃねぇだろ。させるんだよお前が」
【巫太郎】
「……あれ?紅里子ちゃん。いつの間に。ガキは塾があるから帰るって?」
【紅里子】
「巫女先輩と遊ばなきゃ帰れないッ!」
【巫太郎】
「うんうん、よくできました。今後も慢心せず精進したまえ」
【巫太郎】
「んじゃ、ちょっくら泣かしてくる。今日は空が青い理由を教えてやらんといけないんでな♪」
【紅里子】
「子供の見方は全て同じって本気で思ってるんッスかね……」
【巫太郎】
「現象理由を教えて何になる」
【紅里子】
「早く出向かないと機嫌を損ねて評判に……そ、それ以上は――ッ!?」
【恋】
「………」
【紅里子】
「……恋先輩?」
【恋】
「ごめんねシンマちゃん。パパとママ、もう歳なのよ」
【紅里子】
「………」
【紅里子】
「あっ、そうか。そうだよね。子供のボクが遊んであげなくてどうするんだ」
【紅里子】
「毎日お仕事やお掃除で大変だから、休みの日くらいゆっくりしたいよね」
【巫太郎】
「………」
【紅里子】
「ねぇきいて。ボクねッ!妹が欲しいッ!!」
【恋】
「ママは作る気満々なんだけど、肝心のパパが……」
【巫太郎】
「早くあの子達と遊んでやりなさい。友達を待たせちゃダメだぞ」
【紅里子】
「行ってきま~す」
【恋】
「いってらっしゃい~♪」
【巫太郎】
「いつか決壊するぞ」
【恋】
「そこはまもなくって言ってくれないと」
翌日、青空は体育館に現れなかった。
【紅里子】
「………」
【巫太郎】
「紅里子ちゃん……」
【巫太郎】
「もういくらなんでも帰って来てるよ。我が家の門限はね――」
【紅里子】
「……巫女先輩」
【巫太郎】
「……うん?」
【紅里子】
「恋先輩とはもう二度と会えないなんて――」
【巫太郎】
「そんなわけないだろうがッ!」
ポンッ!
【紅里子】
「うげッ!」
【巫太郎】
「……完璧にドラマの見過ぎだで」
【紅里子】
「紅里子って、どこにでもいる普通の女の子ッスね。帰りますか」
【つばめ】
「巫女様。御帰りなさ――こ、これを御覧になって下さいッ!」
【巫太郎】
「手紙?」
【紅里子】
「………」
【恋】
「『アタシと今までつるんで下さった朋友共へ』」
【恋】
「『この度神童恋は、卒業を待たすして旅芸人へと転職する運びとなりました。』」
【巫太郎】
「………」
【恋】
「『では皆様。お体お丈夫になさってください。』」
【恋】
「『1月14日.神童 恋より』」
【巫太郎】
「……ばかぁ・・・・・・あいつッ!」
その手紙をギュッと握りしめながら、俺は青空を見るように夜空を見上げていた。
【紅里子】
「……ウソ……ですよね?」
【紅里子】
「恋先輩の相方である紅里子に一言も……無しにそんな……」
【紅里子】
「……紅里子は絶対的に信じないッスからねッ!」
【巫太郎】
「………」
大粒の涙を浮かべて走り出した紅里子ちゃんの姿は無常にも暗闇が遮った。
【巫太郎】
「……ん?」
【つばめ】
「どうかなさいました?」
【巫太郎】
「空……」
【巫太郎】
「見た感じ明日から雨が降りそうじゃない?」
【恋】
「『アタシは不器用な女の子。』」
【恋】
「『だってね、聴いてよ~巫女様。』」
【恋】
「『自分をどう表現すべきかずっと考えても、芸人という職業しか思い浮かばなかっただもん。』」
【恋】
「『伝え方というか、視野が狭いというか、結局考え方や気持ちの持ちようでさ、イイ方か悪い方のどちらかに転んじゃうし。』」
【恋】
「『何より二択はズルいよ。』」
【恋】
「『だからアタシは、利害に沿って渡される結果より、自分のやりたいようにやらせてあげるんだなこれが。』」
【恋】
「『重ねた日々は大きくも、シンマちゃんだってアタシがいなくなればアタシのいない現実を見つめ出す。』」
【恋】
「『かといってどこの馬の骨かもわからない”時間”に預けるのは、何となく親がすることじゃないと思うんだぁ。』」
【恋】
「『ってなわけで、アタシのご指名は巫女様。うっかり潰しかけたブリリアントな才能を、卒業前にッ!旨く引き出してくれえい♪にゃは♪』」
【恋】
「『いやぁ~、何だ。授業で歴史を勉強した甲斐があったあった。先に生きた人間は、社会主義より資本主義を選んだみたいだしね。』」
【恋】
「『あくまで成長を望むなら、半端な意地を張るより賛同してその決定に従わなきゃいかん。主人公の義務だ。』」
【恋】
「『最後の討論会はこれにて閉幕。後の面倒事は四露死苦ッ!以上神童恋でした~♪』」
幼年時代に遡る。
これは、紅里子ちゃんと公園で砂遊びをしていた時の何の面白みも持たない会話である。
【巫太郎】
「紅里子ちゃんの家はどう?親が子を育てられるって本気で思ってる?」
【紅里子】
「………」
【紅里子】
「なに?いってるいみがわかんない。もういっかい」
【巫太郎】
「育てる?まさか……飯を食わせて身は大きくさせたが、心の成長は全て子に任せてありますから」
【巫太郎】
「これがパパの模範解答で♪」
【巫太郎】
「私だって人の子。今は親であり、期待はします。でも見返りを意識してはいけないと思うんです、親として、どんな犠牲を払ってもあの子を護り続けます」
【巫太郎】
「これがママの模範解答ね♪」
【紅里子】
「あう……」
【巫太郎】
「そういう親がいたら物干し竿でインターホン鳴らしていいから~」
【紅里子】
「ヤダッ!」
【巫太郎】
「理解してくれただけで大満足♪」
【紅里子】
「ば、ばかにするなぁ~ッ!」
【巫太郎】
「……失うんだよ。失ってしまう。まもなく失うはずだ」
【紅里子】
「ぶぅぶぅ」
【巫太郎】
「ブーイングのつもり?それより砂遊びしようよ」
【紅里子】
「うんッ!やるッ!」
【巫太郎】
「それはそうと、子供ってどうしてお山を作ろうとするんだ……?」
【紅里子】
「くりこがトンネルつくるぞ~ッ!」
そしてこの後、俺はまさに邂逅といえる蠱惑的な女の子と始めて出逢うことになるのだ……。




