表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『明け』の明星(神代篇)  作者: どうしてリンコは赤いの?
28/89

ふたたびの”起”

〈ふたたびの”起”〉4月29日木曜日

【カズ】

「三竦理論?」

【ソラ】

「タマとは?と訊かれたら誰もがそう答える。今は理想でも、提唱は譲歩を強いられた」

【カズ】

「受け入れたってことか?誰が?」

【ソラ】

「神代だよ」

【カズ】

「………」

【カズ】

「……わりぃ。あまりピンと来てない。間違ってたら訂正してくれ」

【カズ】

「タマは最高責任者と知り合いなのか?」

【ソラ】

「本当のところは私にだって判らないよ。でも表彰式で初対面して、その後水面下で連絡を取り合ってても不思議じゃないよね」

【カズ】

「……目的が無かったら、あいつは出席していない。だけどいた」

【ソラ】

「うん」

【カズ】

「つまり、最高責任者だった。優秀賞ではなく。近付く為のきっかけ作り……」

【ソラ】

「真の狙いは不透明でも、その現実だけは信じていい。というより、観客は確信してる」

【カズ】

「………」

【ソラ】

「無知に限界を覚えたでしょ?タマを知ってるか知ってないかでここまでの差が生じるんだよ」

【カズ】

「それは違うね。布石を期待してまで知ろうとしてないだけだ。自分はタマを知りたかった。その結果だろ」

【ソラ】

「あ、そう。なら言い方を変えるね。タマはどうして、近付いたのかなぁ。それも知りたくない?」

【カズ】

「……相手の自分を、自分で否定させようとするその卑劣なやり口。そろそろどうにかならんか」

【ソラ】

「ならないね~。これが私だから。私だってどこに行っても本当の私を見ることになる。変えることはできないよ」

【カズ】

「……それで、このタイミングでこの話を切り出した理由わけは?」

【ソラ】

「自主的努力の成果を確認したくて」

【カズ】

「はぐらかすな。いいよ自分で進める……三竦理論ってのは、要は現代の下に新しい代を創るってことだよな?」

【カズ】

「新しい代にとって、現代は神となる。斬新な発想だけどさ、そもそも増やす必要があるのかよ。好きだなマニフェスト」

【ソラ】

「……それはタマに言ってやろうよ。これから逢うんだし」

【カズ】

「タマは三竦理論を餌に有権者の支持を集めて、『明け』の明星になろうとしている。しかも最高責任者のお墨付きとなればライバルは膝をつくしかない」

【カズ】

「魂胆は剥き出しだ。訊くまでもない」

【ソラ】

「そうだよ。剥き出しは周知の事実。事実でも、悪意を持ってその計画を妨げる敵はどこにもいない」

【ソラ】

「だって『明け』の明星を志す者の根源にあるのは愛国心だから。自分を犠牲にしてでも、舞台を護ろうとする無数の姿……結果はどうあれカッコいいよね」

【ソラ】

「自己満足じゃどこか物足りない。だからこそ神代を意のままに操れる権利と権限が必要。正当な理由がね」

【ソラ】

「現代が主人公より舞台を優先させるように、神代もまた主人公より舞台を最優先に考える。実はそれが、提唱する理由だとは思わない?」

【カズ】

「……出しゃばり出したと思ったら、お前それ。神代は危機に瀕してるっておっかないこと言ってるぞ」


【ソラ】

「やっとこさ着いたね。タマの故郷”考える村”に」

【カズ】

「すげぇ……なんて言葉じゃ言い表せない。何にもねぇじゃねぇか。あるのは主人公と舞台だけかよ。はは、感動した。この光景に自分は」

【ソラ】

「この辺は禁止区域だから家も何も建ってないんだよ。最低限以上の存在を故意に遮断させて、独創性を高めようとしてる」

【カズ】

「くぅ~ッ!これだよ。これなんだ。無知でいたいと思うのは。はじめて家の外に出て味わうようなこの感覚がたまらない」

【ソラ】

「気分は最高潮に達したみたいだね♪」

【カズ】

「ああッ!バイオリズムは安定した。いつでもタマに逢えるぞ。早く先に進もう」

【ソラ】

「手負いの獣ほど恐いモノは無いって言うけど、これはこれで良しとするか」

【カズ】

「ちょっとすいません~ッ!」

【ソラ】

「……お前はどっかのお坊ちゃまかッ!?それとも田舎者?どっちでもいいや。どっちもタイミングを見過ごした」

【カズ】

「タマの家……い、いや、この町の『明け』の明星に逢いたいんですが、方角知ってます?後は自分で見つけますんで、手掛かりだけでも頂けないでしょうか……」

【???】

「………」

【カズ】

「よ、呼び止めてすいませんでしたッ!他を当たってみます」

【カズ】

「……ふぅ~。どこもかしこもタマみたいな雰囲気に覆われてやがる。前途は多難か」

【ソラ】

「呼び止められた側の気持ち。代わりに代弁しようか?」

【ソラ】

「『全て自分で考えろ。誰かに乞うなんて劣等の証だ。劣等なら現代に行って、さっさと死んでくれ』だと思う」

【カズ】

「……なら急ごう。言われて許せるのはタマだけだ」


【カズ】

「………」

【ソラ】

「………」

【カズ】

「お、お前が押せってッ!何よりこの場で証明して見せろッ!」

【ソラ】

「い、イヤだよ~ッ!万が一間違っていたとしたら。ピンポンダッシュは立派な犯罪なんだよ。私が現代送りにされてもいいの?」

【カズ】

「……謀ったなら尚更お前が押せや」

【タマ】

「……あたしが押してやろうか?」

【カズ&ソラ】

「どうぞどうぞ♪」

【カズ&ソラ】

「えぇッ!?」

【タマ】

「……さっきからうるさい。家の前でぎゃあぎゃあ騒ぐな。お前らのせいで難儀な朝になってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ」

【カズ】

「い、いや、お前がこのノリに加わるなんて何があっても……ん?」

先ほどまでまばらに点在していた村の神々達が一同にタマの元へ集まっていく。

その速さは瞬く間に、それでいて既に神を崇めるかのような視線を浴びせていた。

【カズ】

「た、タマってそれほどの有名神?」

【ソラ】

「現に優秀賞者だからね。世間の脚光は嫌でも浴びざるおえないけど、でもその表現はいかがなものかな。アウェイじゃいつも無愛想だし、関心は薄れるばかりだよ」

【カズ】

「タマって選ばれし勇者?」

【ソラ】

「それだッ!」

まるで、勇者を見ているようだった。

村の神々が順々に声を掛けていく一方、タマの表情に一切の変化は無く、淡々と終わりを目指していた。

その途中、はにかむ子供のような神が俯き加減で、タマにこう言い放った。

【???】

「私もいずれは『明け』の明星になるの。次代の新風を吹かせるのは後継者である私の役目だから。だから安心して下さい。有権者に飽きられるまでは頑張って下さいね」

【カズ】

「………」

【タマ】

「……宿題を一つ課そう。あたしは井の中の蛙は、大海を知らない方が良いと考えてる」

【タマ】

「……再会できたら聴くよ。ま、叶わないだろうけどな」


【ソラ】

「さて、役者が揃ったところで、部長である私から一言だけ」

【ソラ】

「私共青空報道同好会に対して、貴重な時間を割いて下さりました事、身に余る光栄と存じ上げております」

【ソラ】

「差し当たり、私達の今日の取材目的はただ一つ。タマさんは普段どんな一日を過ごしているのか。読者にとってもそれは無視できない感心でありまして」

【タマ】

「……どうでもいいが、その胡散臭さとさん付けは止めてくれないか。互いにぎこちなさを感じて居づらいままだろ」

【ソラ】

「ええ、それはもう最もな意見です。ただ今回は、私達は取材をさせて頂く立場でありますので、その立場にいなければ無意味なのです」

【タマ】

「……なるほど。お前が来たのはこいつの監視役ってわけか。全て押し付けて、自分はあくまで上司面を被ったままでいると」

【ソラ】

「現場のことは全て部員に任せています。これからどういった対応をするのかは解りかねますが、自分も二三質問をするつもりではいます」

【タマ】

「……変わったやり方を取るんだな。こいつが取材して、記事を書くのはお前なのか」

【ソラ】

「そうですが……何か不満でも?」

【タマ】

「……いや、不満というか、上司なら上司らしく部下がやりやすいような環境作りに徹するべきなんじゃないかと。そう思っただけだ」

【カズ】

「………」

【タマ】

「……ほら見てみろ。雰囲気に呑まれて意気消沈してるぞ。蒔いた種の種類はお前にしか判らない。取り戻したかったら自分で刈り取るんだな」

【ソラ】

「お言葉ですが、種は蒔けば最低限成長、してくれますよ?今は蒔き方に気を配る必要はありませんし、蒔いたことに意味があるのです」

【カズ】

「……おいお前ら。そろそろいい加減にしねぇか」

【ソラ】

「………」

【タマ】

「………」

【カズ】

「よーく解った。お前らが絡むとこうなるんだ。はじめて目の当たりにしたが、お前らって”不倶戴天の敵同士”って感じだな」

【カズ】

「その特ダネを掴めただけで自分は大満足。後はお前らで勝手にやってくれ。そんじゃあな」

【ソラ】

「………」

【タマ】

「………」

【カズ】

「……はは、全てお見通しってわけね。自分がいなくなっても困りはしない。そこまでの必要性があるのかね」

【カズ】

「居させて下さい。どうか仲間外れにしないで……」


【カズ】

「えーとそれじゃ……殺風景なお部屋にした意図は?何も無いと不便を被るんじゃないですか?」

【タマ】

「……それじゃってお前。用意してなかったのか。恣意的に進めるなんて失礼だろ。一体どうなってる」

【カズ】

「あぁん?何言ってんだよ。それこそ失礼に値するだろうが。何も考えず自然体で接した方が自然に疑問が浮かんでくる。いちいち自分のやり方にケチつけるな」

【タマ】

「……へぇ、見かけほど馬鹿じゃないんだな。少し見直したよ」

【カズ】

「う・る・さ・い。いいから質問に答えろ」

【タマ】

「……そうだな。考え方は似てる。どうすれば自然の自分を見ることができるか。その方法は一つ、自分をその立場に置いて確認する他無い。神生は一度きりだとしてもな」

【タマ】

「……それだけの価値がある。誰かと一緒にいるか、孤独でいるかは各々の自由だけど、でも最終的にどんな気持ちを感じるかはその立場にいないと悟れない」

【タマ】

「……あたしは今、孤独を楽しんでる。現段階でいえば、うん、悪くない。それは多分、誰かの気持ちに左右されずに生きられてるからだと思う」

【タマ】

「……その魅力の天敵である誰かの為に生きるなんて選択は、あたしには無いと思っていた。相容れないと思い込んでいた」

【カズ】

「………」

【タマ】

「……誰かの為に生きることが真に自分のしたいことだとは思いもしなかった。お前が教えてくれたんだよ。お前自身の行動で」

【タマ】

「……でもな、あたしは惑わされない。一時的な欲情なんかに流されない。騙されはしない」

【カズ】

「タマお前……」

【タマ】

「……嬉しかったッ!嬉しかったよッ!孤独のあたしを、お前は、何も知らないあたしを、そんなあたしに全てを懸けてくれたことッ!」

【タマ】

「……ココに何か、得体の知れない何かが突き刺さってなかなか取れないんだよッ!なぁ、どうしたらいいと思う?カズ」

【カズ】

「………」

【カズ】

「別の理由も教えてくれ。じゃないと、この質問の記事が書けない。そうだろ部長?」

【ソラ】

「ごめんね巫女ちゃん。お願い言わせて。よく我慢できた。持ち堪えた。タマの仕掛けた地雷を踏まずに済んだ」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「この質問の答えは私が旨く取り繕う。ここで休憩を挟もう……タマの為にも」


【カズ】

「………」

【タマ】

「………」

【カズ】

「……もういいか。時間も限られてるから、次の質問をするぞ。クラシックは好きか?」

【タマ】

「……これって拷問だよな。そこまでしてあたしに吐かせたいのか。いい加減楽にさせてくれよ。このドМ」

【カズ】

「クラシックは好きか?」

【タマ】

「……全てノーコメント。観念してソラに取り繕ってもらえ。何をされようがあたしは吐きやしない。時間を無駄にするだけだって未だに解らないのかよ」

【カズ】

「本当にいいのか?青空を自由にさせて。それこそさせたくない自分の気持ちだろ。他の気持ちなんてどうにでもなる。否定できた気でいるな」

【タマ】

「……そうやって、最後の追い込みをかけても冷静でいられるお前の方がどうかしてる。良心の呵責がどこにも見当たらないのは一体どうしてなんだろうな」

【カズ】

「何を言ってる……?意味が解らない。お前を求めることが罪悪感に当たるって?何かを求めることは真に罪だと言うのか……?」

【タマ】

「……誰もが償いの為に生きようとしてる。お前だってそれは無視できない。だからあたしを求めてる。そして神代もまた必死に償おうとしている」

【タマ】

「……なぁカズ。頼む。お願いだ。全ての主人公達の期待を背負ったあたしに償わしてくれないか。みんな待ってるんだよ」

【カズ】

「………」

【タマ】

「……あたしが、絶対的存在に一番近いとしたら、お前は疑いもせず信じてくれる。だったら自分がやらないといけないことも信じて――」

【ソラ】

「さーてと。時間もかなり押してきた。そろそろ次の現場に行かないとね~」

【タマ】

「……か、カズッ!ソラの言っていることはどうでもいい。この際駆け引きは抜きにして今はあたしだけ、あたしだけを見てくれッ!お前の本当の気持ちを……」

【ソラ】

「案内してくれる?普段この時間帯は何をして過ごしているのかを確かめなくちゃなんないから」

【タマ】

「……聴くのが先だ。今言っただろ」

【ソラ】

「だってさ。巫女ちゃん♪この際ガツンと言ってあげなよ。弱い立場でもちょっとした工夫をすれば強い立場になれるって。主導権だってもう渡さないって」

【カズ】

「おい青空。てめぇさっきから弱みに付け込んでやりたい放題だな。久しぶりに本気マジで怒るぞ」

【ソラ】

「へ?」

【カズ】

「んでもって、お前もお前だ。絶対的存在に一番近いと自負するなら青空如きに耐え忍んでじゃねぇ」

【タマ】

「……カズ」

【カズ】

「やーめだ。やめ。やっぱり取材どころの話じゃなかった。これが自分に課せられた義務でも、お互いが一歩歩み寄らなければ何も始まらない」

【カズ】

「和解が成立するとは思わない。ここは一つ、休戦という形で協定を結んでもらう」

【カズ】

「見つめ合え。感情に笑みを含ませて結託しろ」

【ソラ&タマ】

「はぁッ!?」

【ソラ】

「い、いやッ!無理だってそれはッ!私は巫女ちゃんしか見つめられないようになってるから」

【タマ】

「……あ、あたしだってソラだけは見つめられないようになってる」

【カズ】

「見つめるんだ。今すぐ」

【ソラ】

「………」

【タマ】

「………」

【カズ】

「いいかお前ら。これで金打はなされた。ようやく取材を敢行できる」

【カズ】

「ありがとう……」

………。

……。

目を瞑る。

漆黒の闇が広がってる。

さあ始めよう。

この状況下で、何を創るか考えよう。

そうして、動き出したんだ。

自分の物語もまた……。

【カズ】

「………」

【タマ】

「……どうしたカズ。真っ暗なのに見えるのはそんなに不都合だったか?」

【カズ】

「まさか。自分の物語もこうして始まった。それに浸ってるだけだよ」

【タマ】

「……真っ暗だから見えないのはおかしい。仮に光が闇の役割を担っていて、闇が光の役割を担っていたとしても根本的には変わらない。主人公は全てを受け入れてくれる」

【カズ】

「だからあんな鳥肌が立つような言葉を課題に込めたんだな」

【タマ】

「……ん?」

【カズ】

「『目の前にある無数のネタの中から自分が好きだと思う物を選んで生きる生き方は始めからしていなかった』」

【カズ】

「むしろ自分に知ってもらう為のアピールだったりして」

【タマ】

「………」

【カズ】

「なわけないか。奥手や不器用を盾にしてでも、本当の自分を心の奥底に眠らせることができるお前がさ。そんな可愛らしい小細工をあえて張るなんてことは」

【カズ】

「しかし、すごいなぁ。本当にお前がこの空間を創ったのか?」

【タマ】

「……今更驚くことでも何でも無いだろ。やり方さえ知っていれば誰だってできる。物語を組むなんぞ児戯に等しい」

【ソラ】

「いやいや、その分野に精通してるプロじゃないとプログラムは無理だって」

【タマ】

「……本音を言えば全てに携わりたい。本物を創る時は一層その想いは強くなる」

【ソラ】

「無理でしょ?」

【タマ】

「……お前でもそう思うか。なら早い段階で目星をつけておかないとな。あたしが真に信用のできる気違いのようなプロをさ」

【ソラ】

「まだタマがなるって決まったわけじゃないんだけど」

【カズ】

「よーしッ!次行くぞッ!次ッ!」

【タマ】

「………」


【タマ】

「……次はまだある。だけどお前らは連れて行けない」

【カズ】

「いいよ。お前が戻るまで青空の世話してるから。気兼ねなく用事を済ませてこい」

【ソラ】

「うぅ~、このゆびとまれなんて卑怯な。これじゃどこに行くのか訊けないではないか」

【カズ】

「それだけじゃないぞ。タマはお前に物色されないよう前もって手を打っていた」

【ソラ】

「この部屋のこと言ってるんだよね。でもその読みは残念ながら的を外してるよ」

【ソラ】

「タマはね、手掛かりになるような物を無闇に放置したりはしないし、面倒でも全ての私物を”収納”してる」

【カズ】

「それはそれはどうもご丁寧に♪最初から取材する気など毛頭無かったと教えてくれて」

【ソラ】

「ついでに付け加えると、あえてそうさせてる。巫女ちゃんと同じ考えを持ってる。憎たらしいことに」

【カズ】

「有れば使うか使わないか。無ければ有るようにするか現状でどうにかするか。不便でも後者の方が圧倒的に感受性と独創性を高められる」

【カズ】

「そりゃ有った方が便利だよ。当たり前だと思ってる自分を当たり前で納得させることができるんだから。でも無いからって自分が壊れるわけじゃない」

【ソラ】

「……まーた始まった。屁理屈を捏ねるのは子供だけにしてよね」

【カズ】

「うっせーな。別にいいだろ。自分はそれで納得してるんだ。無理強いはさせてねぇ」

【ソラ】

「はいはい、わかってますって。これで巫女ちゃんに実質が伴ってたら真っ先にスカウトされてただろうしね。あーよかった。背伸びした生き方で」

【カズ】

「あ~あ、早く帰ってこないかな~。タマもいなきゃ何だか落ち着かないや」

【ソラ】

「………」

【ソラ】

「はいこれ。タマが帰ってくるまで読んでれば」

【カズ】

「神代資格大図鑑?」

【カズ】

「お前がこんな物……わ、わざわざ持つんだ。しかも手作りだし……そういうことか」

【ソラ】

「私は気分転換にこの辺を散策してくる。ここに長居したら死んじゃうし」

【カズ】

「……はは、死なないっての。神代ココじゃそのボケは通用しないんだからもう使うなよ」


楽しい時間はあっという間に過ぎていく定めであると同時に、タマの戻りがやけに遅かった事情も重なり、今日という日がもうすぐ終わろうとしていた。

結果的に見ても”タマの一日”という見出しを付けられるほど大した取材もせず、時間だけが過ぎていったように思える。

嬉しさと寂しさが入り交じる中、タマが次にお披露目してくれたのは、瞬間を用いてどこかを案内するという”逃げ”ではなかった。

【カズ】

「青空は帰ったよ。今は自分とお前だけだ」

【タマ】

「……そうか。無理言って悪かったな」

【カズ】

「………」

【カズ】

「ほらっ飲めよ。落ち着くぞ」

【タマ】

「……コーヒー?」

【カズ】

「嫌いだったか?」

【タマ】

「……嫌いも何も、あたしはコーヒーをこよなく愛している愛好家。よく出せたものだな。返って気分を害すぞ」

【カズ】

「そうかい。そりゃ楽しみだ。あっそうそう、持ってあと一秒な」

【タマ】

「……なッ!お前それどういう――ッ!?」

【タマ】

「………」

【カズ】

「美味いだろ?絶頂期は逃してしまったが、まだまだ健在だからな」

【タマ】

「……味は素直に認める。けど、それならそうと早く言えよな。一番楽しい時期を無駄に生きた気分だ。これがコーヒーじゃ――」

【カズ】

「………」

【カズ】

「いや、悪い。さっきから横槍を入れてるみたいで」

【カズ】

「お前さ、高等の時に何か失ったんだってな」

【タマ】

「……情報源はソラ――いや何でも無い。そうだよ。あたしは既に失った。取り返せるとは思ってない」

【カズ】

「既にって……なら何でまだ……」

【タマ】

「……この世界で、本気に出逢ったら次は無い。本気なら誰だって何かしらの結果を出す。なのにまだ入れてるってことは屈していないってこと」

【カズ】

「いや、矛盾を咎めるつもりはない。何があったかなんて知らなくていい。でもこれだけは合ってるって自信がある。言ってもいいか?」

【タマ】

「……その代わり、あたしが全否定してやる」

【カズ】

「お互い信じかけたところで、お前の方が逃げたんじゃないのか」

【タマ】

「………」

【カズ】

「自分で自分を信じ込ませたかったんだろ。自分を本気で騙す必要性を感じてたから利用した」

【タマ】

「……お前、本当は優等なんじゃないか」

【カズ】

「……よく、ある話なんじゃないか。騙そうとして本気になってしまうベタな展開」

【タマ】

「……あたしは明けの明星になる為に生まれてきたようなものだ。どの代だって環境を選べない」

【カズ】

「馬ー鹿。ただ単に思わせようとしてるだけじゃねぇか。優等だからって粋がるなよ。誰だって自分の幸せの結果を欲するんだ」

【タマ】

「……お前が、まだ知らないだけだよ。あたしの本当の実力を」

【タマ】

「……途中までの気持ちは確かにあった。それは否定しない。だけど、一歩手前で退いただろッ!そうなるのを見越して遂行したッ!現にならなかった」

【カズ】

「んでどうだったんだ?わざわざ仕向けて、自分は本気の駆け引きに敗れたと勘違いしたのかッ!?揺るがない信念を手にしたのかよッ!」

【タマ】

「……お前らは似てる。まるで面影を見てるかのようにあいつらにそっくりで、だから懐かしさを感じてしまって嫌でも思い出してしまう。においだって消えてなかった」


【???】

「ちょっといいかな?」

【???】

「……ん?」

【???】

「あなたほどの優等が何でわざわざ高等に来たかなんていい。私と出逢ってしまったんだから」

【???】

「……ほっといてくれないか。お前が優等なのはあたしも認めるから」

【???】

「性格の不一致はいい。やることなすことに隔たりが無ければ」

【???】

「………」

【???】

「興味があるなら放課後屋上に来て。連れも紹介したい」

【???】

「……行かない。全て自分で何とかする」

【???】

「ああそれと、一回限りのオファーだからよく考えてから結論は出した方がいい」

【???】

「本物は孤独あなただけじゃ創れない」


【???】

「……ほう。お前は原画で、お前が音か。司れるほどに精通してるとは。そこにあたしが加わればバランスも申し分ないということか」

【???】

「始業式早々お前みたいな優等が転校してくるなんてな。寄り道してよかった。自分達の読みは正解だったようだ、ソラ」

【???】

「青空を見上げてると、還るところがあるような気がする。入れ込みたいな。どの作品にも」

【???】

「……優等は劣等を計り知ることができるが、劣等は優等を計り知ることができない。いやできてるのに誇りだの何だの理由付けて挑んでくるのが主人公」

【???】

「……お前らはどうしょうもない馬鹿だ。大馬鹿者だ。文化祭如きで表舞台に立とうとは。窮鼠猫を噛んで何になる?もっと経験を積め。惜し過ぎる」

【???】

「……その馬鹿はこう尋ねた。出逢ったばかりでそこまでの未来をどうして見通せる?自分達はなぜ負ける?」

【???】

「それが答えだ」

【???】

「『明け』の明星はお前に譲るとして。一緒に創らないか?本物を。デビュー作は文化祭で出展だ」

【???】

「……一度きりで、条件付きで、だけど強気なオファーで。でも問題はそこじゃない」

【???】

「神代にも青春はちゃんと存在してるんだ。完全実力主義社会が何だ。自分達は自分のしたいことを全うすると誓い合ったんだッ!」

【???】

「自分で創ったその能力をどこに使おうが全ては自由なんだよ。言わなきゃわかんないのかよ。絶対的は」

【???】

「……魅せられない。それが答えだよ」

【???】

「……あたしが受け入れればお前らの用途を明確にできる。契約内容に含まれて否定する理由がどこにある。交渉成立だ」

【???】

「ところで、あなたは”姓名”を持ってるの……?」


【???】

「……ハツネにソラ。いいか。創作を始める前に、これだけは言っておきたい」

【???】

「……時代と共に生きている自分達にとって最も脅威なのはにおいだ。それは良い意味でも悪い意味でも記憶に付着され続ける」

【???】

「……あの時代は確かに有った。でも今は無い。ここまで成長させてくれたあのかけがえのない青春を自分は置いてきてしまった」

【???】

「……と思う。いずれ」

【???】

「……大抵、懐かしさはバイオリズムを正常に戻す。大概、主人公は過去より今を優先する」

【???】

「……だが、あたしも含めたお前らは後ろを振り向いたらダメだ。思い出は決して判断材料にはならないッ!」

【???】

「……匂いに惑わされるな。今後一切主人公以外の存在を否定する努力をするんだ」

【???】

「……本当のことを言うとな、あたし達がしようとしてることに名誉も大義も無い。創る側が誰かにしてあげられることなど何も無い。何も」

【???】

「……創るのも、それに必要なネタさえも主人公だけが持っていて。あたしが考え提供する全ての現実はまやかしに過ぎない」

【???】

「……あたし達は楔を打ちこもうとしてる。それを忘れるな」


【???】

「この場でどちらか選べだと?」

【???】

「……ああ。ダメなものはダメとはっきりさせといた方がいい。混乱させない為にこのままうやむやにしたら、この先必ず後悔する。非難の的になりたくはないだろ?」

【???】

「……そういうことかよ。お前は始めから作品を完成させる気なんて無かった。お前は葛藤の先にある答えを自分達にぶつける為に近付いた。そうなんだな?」

【???】

「……お前らは惜しいよ。とっても。お前らがいればより良い作品が出来上がる。ただあたしは、その為に、何かの為に、他を求めようとはしない」

【???】

「ッ!?」

【???】

「……葛藤はもう始まってる。これ以上大きくしたらもう自分の選択を正当化するだけ。傷つけない為、後悔を最小限に抑える為に今答えを出してもらうしかないんだ」

【???】

「……さあ決めろよ。あたしかソラか。どっちを選ぶのか。今すぐ」

【???】

「………」

【???】

「……もういい。もういいんだハツネ。何も言わなくて」

【???】

「………」

【???】

「……ふぅ」

【???】

「……なぁ自分。久しぶり。いきなりで悪いんだけどさ」

【???】

「……これで、よかったんだよな」


【タマ】

「……ひっく……ひっく……ひっく……」

【カズ】

「なぁタマ。これだけは聴いて欲しい」

【カズ】

「自分はお前のこと、永遠に幸せでいさせてやることはできないけど、永遠に護ることは約束できるんだ」

【タマ】

「……くっくっくっ、面白い。その冗談で一気に気持ちが吹っ飛んだ。それで、難攻不落の矛盾をどう正当化するつもりなんだ?カズ」

【カズ】

「自分はお前じゃない。自分のちょっとした行動がお前を不幸にさせてしまうかもしれない。させてしまったら後悔するんだよ」

【カズ】

「誓うよ。今ここで。気持ちを伝える」

【カズ】

「お前の為ること成すこと全てを永遠に肯定するッ!」

【タマ】

「………」

【カズ】

「自分がお前を信じるように、お前が自分を信じ続けられればお前は護られる。孤独じゃなくなる。隣にいなくてもどこかで見守ってる」

【カズ】

「お前が下すどんな選択も何一つとして間違っちゃいねぇんだ。何があっても、何をしても、自分がお前という存在を否定することは絶対的に無い」

【タマ】

「……そうやって、ソラも抱き込んだのか。でもあたしはどうかな?そんな理想過ぎる口説き文句で」

【カズ】

「そうか~?お前らにしか使えないぴったりの落としテクをせっかく用意したんだが。タイミングを見誤ったか。残念。次の方法を一から考えるよ」

【タマ】

「……落ちたよ。あたしも。あの頃みたいに信じてみたくなった」

【タマ】

「……うん。言われてみれば、あながち間違ってもいないんだよな。あたしは明けの明星を目指してるんだから」

【タマ】

「……優等であればあるほど紙一重の選択を迫られる。罵られるかもしれない。後悔するかもしれない。疑問に思うかもしれない。自信にも限界はある」

【タマ】

「……誰もが自分を持ってる以上、その弱みは持たざるおえない。でももしもその弱みを強みに変えられるとしたならば――二兎を得たいと思うよな」

【カズ】

「お前らには立ち止まって欲しくない。後ろを振り向いて欲しくないんだ。自分の選択した道を最後まで信じて生きて欲しい」

【カズ】

「優等の抱える悩みなんて自分にはどうでもいい」

【タマ】

「……仮の話だ。仮の話。一つだけ仮の話をお前にぶつける」

【タマ】

「……あたしがソラを、場所はどこでもいい。どこかに追いやったらお前はあたしのその選択を本当に肯定するのか?」

【カズ】

「そうだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ