後顧の憂い
〈後顧の憂い〉4月21日水曜日
【ソラ】
「あのね、私も取り立て染みたことはしたくなかったんですよ。期限をきっちり厳守してくれれば、こうはならなかった」
【ソラ】
「あなた……一日だけ、待ってくれと言いましたよね?一日、経ちましたよ……」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「てめぇコラッ!さっさと出しやがれッ!」
【カズ】
「まずは『おはよう』だろ?取り立て屋さん♪」
【カズ】
「……あぁ~もうッ!一発目にそのノリは止めてくれ。機嫌が悪いなら力になる。どうだ?それで手を打たないか」
【ソラ】
「力になるって?しかも私が一方通行に進入したのに?それはまた、ご冗談を……ではなさそうだね」
【カズ】
「少しでもそう思ったんなら、その態度の是非の再検討を強く勧める」
【ソラ】
「この道路どうみても広いでしょ。巫女ちゃんは度量が狭いけど。そんな訳で見逃してお巡りさんッ!」
【カズ】
「……お前、この期に及んでも徹底抗戦の構えを貫くか」
【ソラ】
「どうせ切符切られるなら開き直った方がいいと思って」
【カズ】
「ッ!?知ってるのか。自分が昨日、とび切りのネタを掴んだこと」
【ソラ】
「……一応それも。その自画自賛するところが巫女ちゃんらしいというか、おくびにも出すというか、そういう時はいつも期待外れだったりするんだよね」
【カズ】
「任意保険じゃどうしょうもねぇか」
【ソラ】
「聴きましょう」
【カズ】
「……何で偉そうなんだよ」
【ソラ】
「上司だから」
【カズ】
「このご時世、復職できるなんて――い、いや何でもない」
線路がどこまでも続くように、どちらかが停車しない限り、終わりを見ない。
というより、自分は終着駅まで辿り着けない。遅かれ早かれ途中下車することになる。
青空は誰を相手しても、返しのネタを携えてる。
本気なら尚の事。本気の自分を見せびらかしたくはないのだから。
【カズ】
「タマは高等の時に、何かを失った。今はそれを追うべきだと思う」
【ソラ】
「ふ~ん……」
【カズ】
「後な、驚いたことに忍が同級生だったんだよ。これから喫茶店に行く回数が増えるかもしれない」
【ソラ】
「それで?」
【カズ】
「ん?これで大方終わりだが?」
【ソラ】
「やっぱりね。思った通りだ」
【ソラ】
「その程度の情報なら、私だって仕入れてるって。一番期待したのは、結果じゃなくて原因。例えば……誰かと何かがあってそうなったとかさ」
【カズ】
「………」
【カズ】
「……致しかねます。だ、誰が見てもそう言うだろッ!?」
【ソラ】
「巫女ちゃんだから期待してたんだけどな~♪」
【カズ】
「……悪い青空。持ち上げたってここはスルーもノリもしねぇ。あんまし、図に乗んな」
【カズ】
「こっちは確信しているんだよ。お前がどうしてそこまで強気でいられるのかって」
【カズ】
「情報屋のプライド、篤と見せてもらおうじゃねぇか」
【ソラ】
「その前に一つだけ、いいかな?」
【ソラ】
「知らない方がいい場合もあるって、よく聴くじゃんか。どうしてだと思う?」
【カズ】
「自分の為。相手を思っての為とか、所詮は自分の身勝手な正当化だろ。でもそれでいいじゃねぇか。それで。それは、よ」
【ソラ】
「それじゃこれは?知りたいことをちょっとずつ知ることができたら、巫女ちゃんはその先に何を思う?」
【カズ】
「い、いや、何を思うって。そりゃお前……」
【ソラ】
「もっと知りたいと思うよね?満足はあるけど、限界じゃないよね?まだ前に道があるんだから」
【ソラ】
「浸って欲しくない。浸れば隙が出来る。満足せずに手に入れた情報を旨く駆使して欲しいんだ」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「巫女ちゃんの特技だよね、それって」
青空の言葉どおり、考えることは得意である。
何かに対して疑問に思ったり、批判したり、自分なりの考えを自分の世界だけで展開してきた。
恐らくタマは、研究室を定期的に訪れている。
自分から逃れる為だけに、わざわざあんな芝居は打たない。
そもそも、この大学に用があったということ。
『明け』の明星コンクール高等の部優秀賞者という肩書きは、どの大学においても喉から手が出るほど欲しい存在で。
でも大学レベルを遥かに逸脱していて。
つまり、わざわざ来た理由はもっと別にあるということだ。
【ソラ】
「あ、先生が入ってきた。一般教養だから全く馴染みが無いけど」
【カズ】
「………」
これが、これが青空なんだ。
自分は知らないフリをして、けれど本当はそれ以上を知っていて、相手の出方を伺う。
その後は、当たり前のように臨機応変の処置をとる。
事前準備は予測も準備も困難を極めるというのに。
【ソラ】
「……それで、自分をちゃんと掌握できた?束の間の休息も、今の巫女ちゃんには許されてないんだから」
【カズ】
「……丸め込まれるのはこの際いい。せめて、どうしてお前が自分と同じ講義を選べたのか教えてくれ」
【???】
「なぁ、おい」
【???】
「ん~?」
【???】
「前の席に座っている学生……噂の神童兄妹か?」
【???】
「だとしたら?」
【???】
「正解だったな。おめでとう。思わぬ拾い物だよ、妹の方」
【???】
「見ただけでそこまで見抜いちゃう~?」
【???】
「どう見たって、吸引しかしていない。むしろ、露悪的にオーラを放ち続けてる」
【???】
「欠点は隠すものじゃない?」
【???】
「だが物は考え様。弱みは魚を釣る為の餌に使える。誰だってそこに付け込むさ。罠だと知っててもな」
【???】
「逆に利用するなんて、よっぽど主導権を譲りたくないのかな?」
【???】
「選択肢を狭めることで時間の浪費を防げる。見習うべきかもしれない、あの強気の姿勢」
【???】
「永久に保てるかな?」
【???】
「箸にも棒にもかからない片割れより、厄介な存在なのは間違いないだろう」
【???】
「本当にそうかな~?」
【???】
「お前は相変わらず疑問符否定が好きだな」
【???】
「手が付けられないのは片割れの方だ」
【???】
「……お前をころころ変えるなって。反射的に驚いてしまうじゃないか」
【???】
「……バレてるよ」
【???】
「何だって?」
【???】
「君は大学に何か求めてる?求めてないよね。本気で目指してるなら、いいよね?」
【???】
「お前……何を……」
【???】
「タマは『明け』の明星になれない」
【カズ】
「ッ!?」
本能的に断線した。
【カズ】
「タマはな、タマはッ!全ての主人公達が楽しめる為だけに、自分の持てる力全てを懸け捧げてるんだ」
【ソラ】
「ち、ちょっと巫女ちゃんッ!今講義中だってッ!」
【カズ】
「お、お前はちょっと黙ってろッ!……お前だってこんなところでさ、終わりを迎えるわけにはいかねぇだろうが。なぁ青空ッ!」
【ソラ】
「うん。否定できないよ。こんな巫女ちゃん魅せられたら」
【カズ】
「これだけは言っておく」
【カズ】
「青空も」
【カズ】
「タマも」
【タマ】
「自分が永遠に護る。誰であろうと容赦しない」
【???】
「………」
【教授】
「そこの前の席と後ろの席の学生。帰ってよしッ!他の学生に迷惑だ」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「………」
【???】
「………」
【???】
「………」
【教授】
「邪魔。なんだけど?」
………。
……。
…。
後悔なんてしていない。
なぜなら、今の今まで後悔なんてしたことがないから。
【ソラ】
「講義が終わったらちゃんと謝りに行こうね」
【カズ】
「どうしていさせたがる?大学生じゃなくても何の問題も無いはずだ」
【ソラ】
「………」
【カズ】
「……問題なわけね。しかし似合わねぇ~。お前に無言の沈黙は」
24時間営業のコンビニが改装理由以外でシャッターを下ろしていると、その原因を突き止めたいと思うのは自分だけだろう。
【ソラ】
「もしダメだったとしても、私の持てる力全てを注ぎ込んででも何とかしてみせるから」
【カズ】
「だから後悔してねぇんだ。これぽっちも」
【ソラ】
「何のこと?」
【カズ】
「ん……?」
【???】
「………」
【???】
「タマを、頼む」
【カズ】
「おう」
片割れじゃない方の学生は、何処と無く、還るべき場所に戻っていくような気がした。
【ソラ】
「知り合いだったの?」
【カズ】
「まさか。初対面だよ」
【ソラ】
「じゃあ一体なに?私を試すような真似したってこと?」
【カズ】
「な、なわけねぇだろッ!本気で試すなら、その時は刺激的な駆け引きをお前にプレゼントしてやるよ」
【カズ】
「意外と甘いんだな。これだから弱みで生きたいとは思えないんだよ」
【ソラ】
「どうして素直に喜ばないかな」
【カズ】
「お前の持てる力全てを見損ねちまったからに決まってるだろ」
【ソラ】
「あの教授はね、私達の事情を汲み取ってくれんだと思うよ。吹っ掛けてきたのは向こうだったし、それも知ってた」
【カズ】
「だとしても、どんな結果でも、言い訳にしかならない」
【ソラ】
「理由も無く、あんな寸劇をお披露目してたらそれこそ退学になってた。それは私も同意見」
【ソラ】
「私が言いたいのはこういうこと」
【ソラ】
「教える立場でありながら、受験生の前で堂々と、特定の学生に対して偏った裁断を下した」
【カズ】
「そういや自分らの担当教授も似たような事をさり気無く言ってたな。思わずタメ口で反応してしまったけど」
【カズ】
「嫉妬、するだろ?その結果がタマの孤立無援だ」
【ソラ】
「そう解釈されてもしょうがないよね。当事者は否定的でも」
【カズ】
「それほどの優等生か。タマというヤツは。未だに実感が持てない。確信を見ない」
【ソラ】
「蚊帳の外は嫌いかね。だったらお決まりの手順は無視してでもいつもの”アレ”、今すぐにでも伝えるべきなんじゃない?」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「どこに行くつもり?当ても無くさまよっても逢えっこないよ」
【カズ】
「当てはある」
【ソラ】
「………」
自分の読みが正しければ、研究室を今日訪れる。
担当教授はタマの今の性格を熟知していて、それに順応しようとするだろう。
あそこまでの崇拝なら、もはや自分が弱みと捉えても誇張解釈じゃない。
一瞬でも時間を無駄にしたくないタマの為に、最優先事項として間に合わせる。
もちろんタマもそれを見越して行動に移す。
担当教授の話では、今日は午後出勤。
講義が無く、一番目に可能性のあるこの時間帯に様子を見に来ても不思議じゃない。
【ソラ】
「当てがあるなら私も行くよ。放課後になったら、昨日みたいに別行動だしね」
コンコン――。
【カズ】
「しつれい~しま~す」
【タマ】
「………」
全てはこの瞬間の為に。
パシャ――。
【カズ】
「え……?」
どこからか聞こえてきたシャッター音。その音は瞬く間に研究室を支配する。
【ソラ】
「よ、よっしゃぁッ!表紙ゲットッ!」
【カズ】
「あ~お~ぞ~ら~ッ!」
【カズ】
「今すぐ謝れッ!今すぐ土下座しろッ!今すぐタマ様にお許しを乞えッ!」
【ソラ】
「死んでも乞うものか」
【カズ】
「………」
【カズ&ソラ】
「あんがとござんした♪」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「う~ん、参ったね。こりゃ」
【カズ】
「お、お前が言うなッ!いきなり現実に戻りやがって」
【ソラ】
「いやなに、本来お笑いというのは現実であるべきだと思って。こ、これって金言になるかな?にゃは♪」
【カズ】
「………」
【タマ】
「……とりあえずそれは返してもらうぞ。後始末は外でやってくれよ」
居座っていたのはタマだけで、担当教授の姿は無かった。
【ソラ】
「はて、何のことですかな。パパラッチコントのカムバックなら喜んでお受け致しますが?」
どうやら、青空はこのまま白を切り通すつもりらしい。
【ソラ】
「そうだよね?巫女ちゃん♪コント以外は何もしてないよね♪タマは何のことを言ってるんだろ~」
【タマ】
「……カズ、お前はどうなんだ?あたしの言っていること、どこか間違ってるか」
【カズ】
「へ……?か、カズ?」
【ソラ】
「ちっ」
【ソラ】
「どの角度を選んでも、今回は私の負けみたい。ここに置いておくから後で処分して」
【タマ】
「………」
【タマ】
「……ふぅ~。何やってんだろあたし。あの選択は距離を縮めるだけじゃないか」
【タマ】
「……負けたのはあたし、だよ。ソラ」
【カズ】
「なぁ、青空。記憶が正しければ、タマは自分の姓を呼んだよな?」
【ソラ】
「あれそうだった?」
【カズ】
「まあいい。自分で確かめる」
【ソラ】
「今日も別行動で」
【カズ】
「おぅ」
各々担当する仕事を全うすべく、自分は研究室へと意識を向けた。
【ソラ】
「………」
【タマ】
「……何しにきた?」
【カズ】
「え~と、邪魔しに――っ、ってのは冗談で、担当教授から伝言を預かってるんだ」
【タマ】
「……それはありえない。帰る」
【カズ】
「ま、まぁ待てってッ!待て。待ってくれ。自分からの伝言も預かってんだから、緘黙しないでくれって」
【タマ】
「……この前の続きをして何の意味がある?カズ」
【カズ】
「………」
【カズ】
「その答えを一緒に探しに行かないか?タマ」
【タマ】
「……言っている意味が解らない。お前は何を、言ってる?」
【カズ】
「お前をどう口説くかなんてサクセスストーリーは、自分にしてみたらの歯軋りなだけだ」
【タマ】
「……それで?」
【カズ】
「お前は一目惚れ否定派なのか?見知らぬ主人公に声を掛けられたら拒否反応を示すのか?心を開くには時間が必要なのか?」
【タマ】
「……あたしは、あたしの決めたルールに従ってる」
【カズ】
「さも偉そうに言ってるけど、果たしていつまで持つかな?」
【タマ】
「……ほう、見かけによらず疑問を放置しないんだな。見直した」
【カズ】
「我を貫けば貫くほど不安も募る。お前とてそれは無視できない」
【タマ】
「……つまり、何が言いたいんだ?」
【カズ】
「勝負しようぜ。先に沈黙を破った方が負けになる。断るなら今この場で振ってもらって構わない。単純明快だろ?」
【タマ】
「……どこがだよ。お前にはソラが居るっていうのに。ややこしくなるだけなんだぞ」
【カズ】
「どうでもいい。自分だってプロペラに巻き込まれるような気分を味わいたい」
【カズ】
「引き換えに、自分が何があっても必ずタマという存在を護り通す。お前を、孤独でいさせやしない。孤独になりたくてもなれなくなる」
【タマ】
「……いいぞ、カズ。そうやって主導権を握ってるように思わせろ。そのままずっと、だ」
【タマ】
「……決まり切ったことを訊くようで悪いが、”証拠”、見せてくれるんだろ?」
【タマ】
「……ほらっ、求める側が先攻だ。確率は6分の1。シャッフルしてある。なんならお前がしてもいい」
【カズ】
「知ってるのか。推薦組だろ?お前」
現代作品は全て、神代政府の管理下にあって、無闇やたらに情報開示しない。
【タマ】
「……あたしが興味を持つのは、大概そのネタの存在理由。それだけだ」
自分や青空のように試験で経験しない限り、そこまでの情報は得られない。
【タマ】
「……どんな役割を担っているにせよ、神代では何の役にも立てない。心置きなくやれる」
にも関わらず、タマはまるで試写会に出席した映画評論家のような言い草で、出演者をいたぶり、上映を待ち望むファンの期待も裏切る。
あらすじ程度の情報で、そこまでの込み入った事情も確信も無い。
【タマ】
「……それで、やるのか?やらないのか?」
【カズ】
「ありがとう……」
【タマ】
「……決まりだ」
【タマ】
「……順番に引き金を引き、当たりなら現代ターミナル行き。今日は暇だから置き土産はその場で受け取ってやる。神代での幸せな最期だろ?」
カチッ!
【カズ】
「どうぞ」
カチッ!
【タマ】
「……お前の番だ。そろそろ厳しくなってきたぞ」
カチッ!
【カズ】
「お前こそ」
カチッ!
【タマ】
「……これまでかな」
カチッ!
【タマ】
「………」
【カズ】
「よせ」
【タマ】
「……何故だ?生憎、途中で投げ出すあたしじゃないんでね」
【カズ】
「どうしてお前が現代へ行くことになってんだよ」
【タマ】
「……今更遅い。お前は訊かなかった。後の祭りだ。その言い訳は通用――」
【カズ】
「そもそもタマなんて入ってなかったんだろ」
【タマ】
「………」
カチッ!
【カズ】
「……やっぱりな。はは、入れればよかったのに。入れさえすれば自分が当たりを引いていたのによ~」
【タマ】
「……どうしてそう思う?」
【カズ】
「仮に引いてたら、もはやお前の話どころじゃない。自分を否定できるなんて――それが運命なんでね」
【カズ】
「わりぃタマッ!これから言うことは、自分の一方的な便宜的解釈であって、お前が肯定しても否定しても特に意味を為さない」
【カズ】
「タマを入れないでお前が後攻を選んだからお前になった。タマを入れたら自分になった。でも後者は必ずしも断言できない」
【カズ】
「タマを入れたら自分になってたかもしれない。お前はそう思って、リスクを回避した訳でもない」
【カズ】
「むしろ当たりを心底望んだからタマを入れない選択をした。自分がお前を現代に行かせるはずも無いから」
【カズ】
「なぁ、タマ。本当はさ、迷ってるんだろ?極端すぎる存在が突然目の前に現れて、戸惑ってるんだろ?」
【カズ】
「確かに、気付かなかった自分が悪いよ。でもな、それを見越して、逆に利用したお前もまた悪い」
【タマ】
「………」
【カズ】
「迷ってるなら時間を使ってやれってッ!見極めてくれってッ!自分の為にもさッ!」
【タマ】
「……便宜的解釈はそれで仕舞いか?」
【カズ】
「………」
タマは自分を踏み止まらせようとしている。
何をしているかと訊かれたら、そう答えるしか無かった。
タマの発するオーラは自分の信念を上回るほどじゃ無かった。
タマが涙を流しているように見えた。
それは自分が気絶したからなのか、それとも未熟さからなのか、お互いにまだ解らなかった。
………。
……。
…。
目を瞑る。
視界は漆黒の闇が支配する。
さあ始めよう。
この状況下で、何を創るか考えよう。
そうして、動き出したんだ。
自分の物語もまた……。
【カズ】
「(………)」
誰かが心配するといけないから、そろそろ目を開けよう。
【担当教授】
「……なるほど。タマさんが”覇気”を使いましたか」
いつの間にか研究室に戻っていた担当教授の口から聞き慣れない資格が飛び出した。
【担当教授】
「よっぽど追い込まれていたんですね。このままだといつかは心を開いてしまうと」
【カズ】
「覇気……雰囲気的に一般資格じゃなさそうですね。国家資格ですか?」
【担当教授】
「神代政府がそれを資格と位置付ける以上、そうなるでしょう」
【カズ】
「あ、あのそれって、含みを持ってくれって言ってますよ。まぁ持ちますけど」
【担当教授】
「覇気というのはですね、あなた達学生が講義に遅刻しそうで用いる”瞬間”とは次元が違うんです」
【カズ】
「……い、いや、比べる方がおかしいと思いますが」
【担当教授】
「覇気とは、後顧の憂いなのです」
【カズ】
「………」
【担当教授】
「ああ、そういえばあなたでしたね。宜しい。私の貴重な時間を特別に分け与えます」
【担当教授】
「相手の力量は対峙で判別できる。よく聴くでしょ?かといって、やってみなくちゃわからない。これもよく聴く」
【担当教授】
「優等はね、劣等をかまってあげる時間も余裕も無いってことですよ。省ける物はとことん省く。これが『明け』の明星を本気で目指している優等の常套手段なのです」
【担当教授】
「決まり切った現実を突き付けるなら、理想でいさせてあげましょう。これを感謝と捉えるべきか?捉えるべきでしょうな」
【カズ】
「どうでもいい。それはあなたじゃなくて、他の主人公が決めることだ」
【カズ】
「……自分が引っ掛かってるのは後顧の憂いの背景。つまりこういうことですよね?」
【カズ】
「タマはさらっと、自分が居ない場合を想定していて、果たして残された主人公がこの先うまくやって行けるかどうかの心配をしている」
【担当教授】
「優等冥利に尽きる、と思いませんか?」
【カズ】
「……はは、優等業界も大変な事情を抱えてるようで。まぁ知らなくていいけど」
【担当教授】
「それはそうと、カズさん。あなたには驚きました。気絶で済んだからよかったものの、十中八九心に傷を負うというのに」
【カズ】
「それはまぁ、知らなかった部分もありますけど、逃げるという選択肢は始めから持ち合わせていませんでしたから。タマである以上は」
【担当教授】
「繰り返すようで悪いですが、覇気を認識していても同じことが言えますか?」
【カズ】
「はい」




