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『明け』の明星(神代篇)  作者: どうしてリンコは赤いの?
19/89

刎頸の友

〈刎頸の友〉

【ソラ】

「従来どおり、現場取材のみ。ネタを上げてくるだけでいい」

【カズ】

「ホントにそれだけ?ホントにそれだけでいいの?」

【ソラ】

「なんだぁ~ッ!?タマに歩み寄るなんて、足し算を解くぐらい簡単だって~?そりゃ大した度胸だな、おい」

【ソラ】

「だが、結果も出してもらわないと困るぞ。これも答えは一つだが、解き方は難解を擁すし、こっちもネタが上がってこないと主要記事を書けない」

【ソラ】

「それまでの間、私は記事を書くための下準備として、とりあえずタマのこれまでの歩みをくまなく調べ上げる」

【ソラ】

「……話は以上になるが、何か質問はあるか?」

【カズ】

「いや、質問というか、お前ならもっと、効率的な打開策を示してくれるとばかり……」

【ソラ】

「……お前、この業界をナメてんなら今すぐ辞めちまえ。他に示してもらうなんて二度と考えるな。自分で示すんだよ」

【ソラ】

「まずは聞き込め。情報を得たら行動に移せ。役に立たなくなったらまた聞き込め。情報を得たら行動に。その繰り返しなんだよ」

【ソラ】

「第一、タマが帰宅部なのかさえ掴めてないんだから、今は誰かに頼って一つでも情報を収集する。そうは思わないか?」

【カズ】

「お、仰るとおりです」

【ソラ】

「だったら早速出る。私も家に帰ってやることがあってだな」

【カズ】

「なにするんです?」

【ソラ】

「……ボク、干渉しないの。友達の連絡先を取りに帰るだけ。わかったかな?」

【カズ】

「……いや、そこは上司役を続けろって」


勢いよく講義館の外に出てきたものの、今の自分の置かれた立場が今になって脳裏をよぎった。

【カズ】

「声掛けづらくない?」

【カズ】

「あ、すいません。ちょっといいですか~?」

【カズ】

「え?」

【カズ】

「ひょっとして、神童巫太郎ですよね?やだ、もう。大学に入っても同じことしてるんですか」

といった流れが、鮮明に想像できる。

そうなれば、こっちの用件を切り出せるわけもなく、いつものように神童巫太郎を演じてしまう自分もこれまた情けない。

【カズ】

「見分ける必要性があるな。あと場所も」

【カズ】

「………」

【カズ】

「正門だ。正門しかない。そ、そうだったよな?師匠」


【カズ】

「……ん?」

【カズ】

「師――し、忍?」

確信していたとはいえ、間違ってても困るので、疑問形で呼び掛けてみた。

【忍】

「神童……くん……?はは、やっぱりそうだ。久しぶり。また会えたね」

”神童くん”と”忍”という名前のおかげで、また繋がれたようだ。

【カズ】

「入学試験ぶりだな。この前は何も――元気だったか?」

【忍】

「ボクはいつでも元気さ。だって、自分の入りたい大学に入学できたんだもん」

【カズ】

「お前らしい受け答えだな。生来だったのか?」

【忍】

「ううん。これでいなさいって、言われたんだ」

『誰が?』とは訊かないし、『……口止めされてたんじゃないか』という返しも入れない。

これが自分と忍のいつものやりとりだから。

【カズ】

「ここで待っている理由を、あれこれ深入りするつもりもねぇ……が、名前ぐらい訊いてもいいか?」

【忍】

「神童くんにとって、ボクは忍なんだからそのままでいいよ。呼び慣れているしね」

【カズ】

「手間が省けて助かる。自分も神童くん、でいいぞ」

【忍】

「ありがとう」

【カズ】

「おう」

【カズ】

「んじゃまぁ、自分は出直すとするか。さすがにお前のパートナーを口説くわけにはいかないし」

【忍】

「はは、パートナーなんていないってば。神童くんも変わらないな~」

【忍】

「(今日も来ない……もしかしたら嘘、だったのかな)」

【カズ】

「……忍?」

【忍】

「ねぇ、神童くんはこれから暇かな?もしよかったら喫茶店で思い出話でもしようよ」

【カズ】

「その下りは、思いっきりループだぞ。なんせ、お前のお母さんがいるんだからな」

【忍】

「……いないってば。それは入学試験の世界の中だけだって」

【カズ】

「にしても、あの扱いはヒドかったよな。のさばるのも大概にして欲しいもんだぜ」

【忍】

「仕方ないよ。ああいう設定だったんだし。でも、お母さんは一度でいいから絡みたかったって言ってた」

【カズ】

「……何回言っても、お母さんの顔すら拝むことができなかった。学長め」

【忍】

「ぐ、愚痴でも何でも聴くからさ。とりあえず今は喫茶店に移動しよう」


【カズ】

「なにッ!?お前がタマの同級生だってッ!?」

喫茶店に着いて早々、まずはコーヒーを注文しようとしていた。

待っているのもどうかと思い、自分がタマの追っかけであることを告白したら、どういう訳かこういう展開が突如として舞い込んできた。

自分は店員を待っていた。

それを察した忍は、自分がオーナーだと言い放った。

腹蔵無く言えばこうだ。

二つ同時にこられると、それはもう、どちらかに決めてなくてはならない。

こういう展開は、自分が最も嫌うパターン。

それを未然に予期できなかった自分に対し、非難することは今回もまた欠かさなかった。

【忍】

「う、うん。面識はないんだけどね」

【忍】

「あのね神童くんッ!ボクここの――」

【カズ】

「何となくで構わないッ!でどうだったんだッ!?お前が見てのタマの境遇は?」

【忍】

「それは、その、えーと……」

【忍】

「今思えば、神童くんだったかな……悪い意味の方で」

【カズ】

「……どうして、後半は控えめになるんだよ。先を読んで配慮してくれたんだ。お前も優等だって証拠だろうが」

【カズ】

「………」

【忍】

「神童くん?」

【カズ】

「……そうか。タマも孤立無援を経験したか。しかも勇者の立場じゃないってところが甚だ興味をそそられる」

もって回った言い方をするなら、勇者も魔王もアイドルも嫌われ者も、畢竟するに孤立無援の立場だということ。

【カズ】

「ん?いや、悪い。共通点はまだあるか?あったら教えてくれ」

【忍】

「共通点?そうだね……あッ!神童さんも例外じゃないかも。周囲とはひと際異なる雰囲気を漂わせてるところとか」

【カズ】

「……まぁ、自分に当て嵌まった時点で青空も同様なんだけどさ。何か、こう……他にねぇかな?決定的なネタとかよ」

【忍】

「うん。どことなく感じるものはある。気に入ってもらえるような答えじゃないかもしれないけど」

【忍】

「仮面取っていい?」

【カズ】

「確認必要か~?」

【忍】

「神童くんも神童さんもタマさん?も、それぞれ同じものを持っていると思う」

【忍】

「方向は違えど、どこかで出逢う。またそれぞれ違う方向に向かうけど、またどこかで出逢う」

【忍】

「でも時として、同じ点で互いが見つめ合えば、今度は同じ点から一緒に進むことになる」

【忍】

「刎頸の友になるよ、きっと」

【カズ】

「………」

【カズ】

「神代は広いな。感じただけで、そこまで真に迫れるなんて」

【忍】

「神童くんが無知なだけだって。優等に限りは無いんだから」

【カズ】

「だからこそ無知でいるべきなんだ」

【カズ】

「ありがとうな、忍。自分もそうなることを信じて、そろそろお暇させてもらうわ」

青空は知らないが、自分は立ち止まった。

タマが自分の待つ点に辿り着き、そこで向き合えば何かが変わる。

自分がタマの待つ点に辿り着くのは、もっと先の事だろうから。

………。

……。

…。

自分は一目散に大学へと戻っていた。

もちろんタマを探す為。

大学内を東奔西走したが、暗中模索の前ではそれも徒労に終わった。

今日は折悪しく私用があって、敷地内にはもういないかもしれない。

もしくは自分の居場所に先鞭をつけて、模索しているのかもしれない。

だとしても、このままじゃ見つけられない。

何より気持ちが治まらない。

こういった岐路に立たされた思いを受ける時は、いつだって自分の劣等さに嘆き、嫌悪感を抱く。

いつだってそう。

これからもそれが変わることはない。

肝要なのは、その自分をどう扱い、どう向き合っていくべきか。

本来の目的の興味より、別のところに興味を抱く自分をどう理解してあげられるか。

文章問題なんて、ぴったり過ぎる解りやすい例えだ。

問題には目もくれず、名詞ばかりに興味がいって、あれこれ考えて楽しむ自分とか。

いざ解こうにも、これが飲み込みが悪く、基本でさえ理解するのに時間を要すというオチ付き。

応用なんて遥か遠く離れた存在だ。

一体どれぐらいの月日をつぎ込めば、応用ができるようになるんだという感じ。

そんな自分が好きだ。

好きになるとか、好きにならなきゃいけないとか、そんな中途半端な意識じゃ嫌いになった方がマシだ。

自分は、心の底から自分のことを、好きだといえる主人公になりたい。

それにもっと冷静な観点から捉えてみたら、決して難しくない応用な気がする。

今一度、冷静に考えてみよう。いつ何時も、焦らず、自分のペースを保って。

ただし的外れだったとしても、自分を責めない。

プライドは、とっくの昔に捨ててる。

【カズ】

「(タマは自分のことを思いっきり見下していて)」

【カズ】

「(いわば妥協しやすくて、それはつまり、安易な防衛線を敷いてることになるんじゃないか)」

【カズ】

「………」

【カズ】

「あの完全的絶対的主義者のタマが誰かに教えを乞うと思うか……?」

思わない。

けれど、大学にわざわざ入学したのだから、あっても不思議はない。

不思議はないけど、タマが大学を意識しているかと訊かれたら、自分でさえ否定できなかった。

【カズ】

「とくれば……」

……あそこの階で、どこかの研究室としか。


コンコン――。

【カズ】

「失礼します。政治経済学部1年のカズです。先生に是非とも教えを――」

【タマ】

「………」

【担当教授】

「おや?誰ですかな?」

【カズ】

「い、いたぁッ!た、タマッ!」

【タマ】

「……今日のところはこれで帰ります。では総評お願いしますね。できればすぐにでも」

【カズ】

「はやッ!……って、もう帰っちゃうの?自分は終わるまで待つのに」

【タマ】

「………」

勝ち誇った自分の堂々たる登場にも、孤高を頑なに貫くタマが動じることは無く、あっさりと研究室を後にした。

被害を最小限に抑えるため。

それでも、タマの置き土産はここにちゃんとある。

唯一の心残りは、タマの専属取材記者に抜擢されたことを伝えられずに終わってしまったこと。

ターゲットは当然、担当教授に向けられる。

【カズ】

「な、何か、自分が追い出したみたいですいませんッ!」

【カズ】

「……ところで、タマに何を教えていたんです?」

【担当教授】

「私が教えることなんて一つもありませんよ。これの……総評を頼まれただけです」

といって、一つの本に意識が向けられる。

【カズ】

「これは?」

【担当教授】

「タマさんが考えた一つの現代物語です。読んでみますか?」

【カズ】

「い、いや、著者の承諾無しには……」

【担当教授】

「……冗談ですよ」

【カズ】

「わかっていましたけど」

【担当教授】

「私がね、教授の立場として、タマさんに教えられることは何一つありませんよ。残念ながらね」

【カズ】

「正気か?」

【担当教授】

「ええ」

この場に、笑いや冗談は一切無かった。

担当教授の言葉にだけ、重みが有った。

【担当教授】

「だからといって、何も言えない訳じゃない。教授ではない立場から言わせて頂くと、現状何かが欠けたとしか思えないのです」

【カズ】

「それって……」

【担当教授】

「高等で何があったのかは解りかねますが、タマさんは何かを失った」

【カズ】

「あの先生、一つだけ宜しいですか?」

【カズ】

「『明け』の明星になるには、心を無くしてしまった方がいいんですか?」

【担当教授】

「無くせませんよ。誰も。生きるという選択を自分でした以上。隠しても、どこか心の奥底で眠っています」

【カズ】

「タマ……」

【担当教授】

「何かを得る為には何かを捨てなければならない。けれど、捨てたくない。捨てないで得る方法を必死に追求するのは愚の骨頂です」

物書きとは、仮に全ての存在が否定したとしても、到底受け入れ難い惨いネタも織り交ぜなければならない。

そこには必ず、自分との葛藤が待ってる。

本当の自分が自分の頂に君臨する以上、その障害は決して避けられない。

【担当教授】

「希望に満ちているのですから、タマさんはまだ遅くない」

【担当教授】

「実力は違えど、同じ学生、同じ気持ちという立場の誰かが手を差し伸べてあげてもいいんじゃないでしょうか」

【カズ】

「………」

【担当教授】

「あくまで、ひとり言。ひとり言ですよ。あなたが得意としているように」

【カズ】

「し、失礼しましたッ!」

【担当教授】

「………」

【担当教授】

「どんな結果が待ってるにせよ、面白いことになってきましたね」

【担当教授】

「さて、学長室にでも行きますか」


【タマ】

「……待つ理由は無い」

【カズ】

「なら捕まえた♪これで瞬間も使えんだろ。タ~マちゃん♪」

【タマ】

「………」

【カズ】

「まぁ待てって。すぐ済むから」

【カズ】

「申し遅れました。私、青空報道同好会所属の、並びにタマの専属取材記者に抜擢――」

【タマ】

「……あ」

【カズ】

「え?」

即席の名刺を懐に忍ばせた直後に、タマは瞬間を使ってこの場からいなくなった。

【カズ】

「こ、姑息な――いやいい。今日はこれで満足だ」

【カズ】

「………」

【カズ】

「とりあえず成功……したかな?はは」

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