表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『明け』の明星(神代篇)  作者: どうしてリンコは赤いの?
18/89

はじめての食堂

〈はじめての食堂〉

【ソラ】

「さあ、着いたど~」

青空に促されるまま、厚生館の2階へと続く階段を登っていた。

登り終えると、そこは食堂だった。

【カズ】

「……新手の嫌がらせか。お前がこんな楽園にご招待してくれるなんて」

【???】

「あっソラ、おつかれ~」

【ソラ】

「おつかれ~って、今日は一段とオシャレ決め込んじゃって、でもものすごく似合ってるよ」

【???】

「いきなりお世辞言われても何も奢らないぞ~」

【ソラ】

「引き返して――ぜ、全部タダじゃんッ!」

【???】

「あはは、バレた?ソラは一般組だったから引っかかるかなって思って。ちょっとからかってみた」

【カズ】

「……もういいのか?別に構わなかったのに」

【ソラ】

「友達待たせちゃいかんでしょ」

【カズ】

「お前が自分を友達呼ばわりって、おい……な、なんか嫌な予感がしてきた」


【カズ】

「……ところで、いつの間に友達作ったんだ。あの子、完全にお前を見下しているぞ」

【ソラ】

「わざとらしかったから?でも入っちゃえば、関係ないよそんなこと。同等の立ち位置なら、蹴落としてでも結果を残せば済む話だからね」

【カズ】

「ってことは、あの子も本気で『明け』の明星を目指してんのか」

【ソラ】

「どういう意味?」

【カズ】

「”アレ”で?」

【ソラ】

「……誰だって、自分のしたいことは大抵やるものだよ。時間の使い方だって、巫女ちゃんとは比べ物にならないほど長けてるし」

【カズ】

「言うまでもないことだろ。何でそこで、意味もなく相手の肩を持つかな」

【ソラ】

「だって普通のことでしょ?友達なんだから。大学が始まったら真っ先に作って、それなりの親交を深めたからこうも堂々と言える」

【カズ】

「それなりの優等なら、その確信犯も見抜くだろ」

【ソラ】

「残念なことに、それは意味を成さない。お互い形だけの友達って、暗黙の合意に至ってるから」

【カズ】

「悲しいねぇ~。んでもっと悲しいのは、意識があって、わざわざすることだ。する意味がどこにある」

【ソラ】

「これといって、深い意味も無いよ。文学部の学生が、全て物書きの道に進もうとは思ってないくらいに」

【カズ】

「……大概、大学という意味を履き違えてるよな。大学は勉学ができる学生の集まりじゃない。大学は一つのことに、とことん没頭できるオタクが集うべき場所だってことに」

【ソラ】

「もしかして、自分のことを、自分で正当化してる?」

【カズ】

「掘り下げは事足りてるだろうが。今頃何言ってる」

自分の考えに、自分が否定してしまっては、それこそ収拾がつかない。

自分のしたいことには、いつも忠実に向き合って、果たさなければならない。

自分のことは、自分が一番知っているのだから。

【ソラ】

「だからいつまで経っても成長をみない子供なんだなぁ~って」

【カズ】

「………」

【ソラ】

「どれにする?タダだし、メニューも豊富にあるけど」

【カズ】

「コーヒーで十二分」

【ソラ】

「……そこは空気読もうぜ。友達待たせてるんだから」

【カズ】

「むしろ、で甘受してくれや」


【???】

「よ、お疲れさん。ソラ……そして、カズ」

【ソラ】

「……やっぱり、昔とイメージが俄然違うね。それで、私はコウと呼んじゃっても?サヤは怒らないッ!?」

【コウ】

「う、うん。ま、まぁ、しばらくは不満たらたらのサヤと接することになるけど……大丈夫。いずれ落ち着く」

【サヤ】

「私にはコウちゃんという呼び名があるから何とも」

【コウ】

「あはは」

【ソラ】

「いつ見ても微笑ましいことで。姓にも早速愛着注ぎこんじゃってさ、このこの」

【コウ】

「なッ!?だ、だから言ったろ?ソラに隙を与えると、問答無用でイジってくるって」

【サヤ】

「いつものことだよ」

【コウ】

「抵抗は無意味と踏んでか。往生際が宜しいようで……」

【ソラ】

「……あははッ!」

【ソラ】

「……どうしたの巫女ちゃん?」

【カズ】

「………」

【コウ】

「らしくないな。いいからとっとと座れよ。いつもみたいに輪に入って来いって」

【ソラ】

「私がサヤに頼んだんだよ。合格記念に一緒にご飯食べようって。余計だった?」

【カズ】

「いや……」

想定外の不満剥き出し学生は、コーヒーを無造作にテーブルに置いた。

【コウ】

「お前本当にあの神童巫太郎かッ!?今日はやけに沈んでんなぁ。影武者じゃねえのか」

【サヤ】

「こ、コウちゃんッ!いきなり昔みたいに突っ掛らなくても……止めなってば」

【カズ】

「悪い、幸之助。自分のプライドの整理に手間取った。だから席に座ってくれ」

【コウ】

「……その名前は捨てた。今は試験じゃねぇんだ。コウ、でいい」

【カズ】

「わかった」

【カズ】

「しかし、変わったよなぁお前も。あの頃の面影をここまで感じないなんてよ」

【コウ】

「これが本来の自分であって、あれは所詮ああいう役柄」

【コウ】

「逆にお前はあの時と何も変わっちゃいねぇがな。やっぱ、神童巫太郎だぜ。お前」

【カズ】

「ここにいられてる決定的な証拠だな」

【コウ】

「その代償はあまりにも強大だったか。まぁ無理もねぇ。変わりたくても、変えられないんだからよ」

【コウ】

「というより、変える気が全く無いとか?」

【サヤ】

「こ、コウちゃんッ!それはいくら何でもストレート過ぎッ!」

【コウ】

「別にいいだろ?試験じゃ、打者の心理も意味も考えずストレートばかり投げてきたんだ。自分は役だけの付き合いだったとは、これぽっちも思っちゃいねぇよ」

【ソラ】

「………」

【カズ】

「同感だ」

【ソラ】

「あの巫女ちゃんが素直に共感した。一歩成長かも」

【サヤ】

「私もそれは思った。あの時のカズ、何だか一匹狼だったから」

【サヤ】

「って、カズって呼んでよかった?」

【カズ】

「……何で了承の有無をコイツに訊くんだよ」

【サヤ】

「ねぇカズ、これだけはどうしても答えて欲しいの。聴いてくれるかな?」

【サヤ】

「あれだけ女の子に囲まれて、あれだけおいしい思いをしてきたにも関わらず、一度も揺らぐことはなかった。一時的に酔いしれることも」

【カズ】

「………」

【ソラ】

「………」

【コウ】

「それは役だって――ま~た、始まったか。悪い。聞き流してくれ」

【サヤ】

「ひょっとして、既に壊れてる?目の前に千載一遇のチャンスがあって、それを棒に振るなんてさ……」

【サヤ】

「馬鹿だよ、馬鹿。大馬鹿。それほどソラを特別な存在として捉えてるなら、どうして目を背ける必要があるの……」

【サヤ】

「私には、解せない。到底。どうして悲しい方の選択をあえてするのか……」

【カズ】

「悲しい方が幸せの場合もある」

【サヤ】

「え?」

【カズ】

「終わりたくねぇんだ……今の関係」

【カズ】

「それと、あれだけって認識はおかしいぞ。女の子にモテ出したのは、明けてから確か14日前後。卒業まで三か月ちょっとしか無かったんだからさ」

【カズ】

「でも待てよ。青空が帰ってきてから、またモテなくなったから本当はもっと短い。そんな短期間で、他の心を揺るがすなんて自分には無理だって」

【サヤ】

「で、でも揺るがす一歩手前まできてたッ!みんな……役で終わる気配は感じなかったよ」

【コウ】

「何言ってんだお前。済んだ結果を蒸し返しても――」

【カズ】

「本当にそう感じた?」

【サヤ】

「うん」

【カズ】

「……あはは。サヤの天然には、神代に戻っても叶いそうにないや」

【カズ】

「なら、もっともっと自分の物語は面白みを帯びる。待ち焦がれるね、その瞬間を」

【サヤ】

「………」

【サヤ】

「ソラはさ……本気でその邪な考えを変えられると思う?」

【ソラ】

「え?」

【サヤ】

「答えになる前に、その考えを変えられるのかって訊いてるの」

【コウ】

「サヤ……これまた悪い。こんな展開になるとは、予想もしてなかった」

【コウ】

「こ、今度みんなで宅飲みしようぜッ!他の親しい合格仲間も呼んでよ。土産もビールにしたし、用意周到だろ?……ノンアルコールで精一杯だったけど」

コウの勇敢だったテンションは、見る見るうちに小さくなっていく。

【コウ】

「それでも戦国武将に飲ませてみろ?一瞬で一目惚れだ。絶対的に」

【カズ】

「……どんな例えだよ。雰囲気だけでも味わえってか」

【カズ】

「そもそも、もっとよく考えてみろ。口にはできない。だって、アルコールの力があまりにも強大過ぎて……うぅ……お前は一体……何者なんだ?」

【カズ】

「って言えないじゃん。可能になったら考えてもいいが」

【コウ】

「……お前というヤツは。そこまで思わせといて、どうして拒否る真似を」

【カズ】

「ふと思ったんだが、アルコールというネタは果たして必要だろうか?確かに、努力の後のご褒美という設定は自然の流れだと思うが……」

【コウ】

「あ~あ、ダメだなこりゃ。またいつものひとり言を始めやがった」

【コウ】

「頼むソラッ!こうなった後の対処法を大至急教えてくれ」

【ソラ】

「ないね」

【カズ】

「しかし、他にないものか。自分だったら、アルコールじゃなく――」

【コウ】

「……そうだったなぁ。こういう場合、無視してその場からいなくなった方が賢明――な気がする」

【サヤ】

「ちょうどいいんじゃない?」

【コウ】

「お、もうそんな時間か。次の講義は遅刻厳禁だからな。遅刻した時点でかなりの大目玉だ」

【ソラ】

「……ごめんね。私達が遅れたばっかりに。この埋め合わせはいつかする」

【コウ】

「いつかを待ってる。って、自分らもあんまり大きくは言えないけど」

【カズ】

「自分の時間を与えるか。でもそれだと、誰も納得しないんだよなぁ……う~ん」

【ソラ】

「私達も次の講義行くよ。遅刻した時点で退学確定なんだから」

【カズ】

「タマに逢えるかな」

………。

……。

【カズ】

「た、タマッ!お前もこの講義取ってんだ。よかった~」

【タマ】

「……その名前で呼ぶな」

【カズ】

「ん?イヤだったのか。それなら青空みたいにあの場で交換を申し出ればよかったのに」

【タマ】

「………」

【カズ】

「……終わりってことかな」

【カズ】

「んじゃまたな。タ~マ♪」

【カズ】

「た、タマが一回だけ反応してくれたッ!これは誰が見ても大きな一歩だろう」

【ソラ】

「その調子で今後も頼むよ」

【カズ】

「素っ気ねぇな。お前がこんなんで、嫉妬するタマかよ」

【ソラ】

「そうじゃなくて、タマとの距離が思っている以上に、遠くなければいいなぁって思っただけ」

【ソラ】

「罷り間違えば、大学生活が終わってるかもよ」

【カズ】

「それでもいいじゃねぇか。一生の友達だと言うんならそれぐらいどうってこない」

【ソラ】

「そのまっすくで子供のような巫女ちゃんに、タマがいつか振り向けばいいね」

【カズ】

「お前はどうなんだ。どうして絡みにいかない?」

【ソラ】

「………」

【カズ】

「………」

【ソラ】

「……わかった。行けばいいんでしょ。行けば」

【カズ】

「まずは謝れよ」

【ソラ】

「いってきま~す」

【ソラ】

「こんにちは。タマさん、ですよね……?」

近くにいないので内容までは読み取れないが、青空が控え気味に接してるのは見てとれた。

【タマ】

「……その下り、これで二度目だが」

【ソラ】

「何の説明も無しに、いきなりあの場に連れて行っちゃったことを、まずは謝らないと何も始まらないと思って」

【ソラ】

「ごめん」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「わ、わかってるッ!許してくれるとは思ってないってば」

【ソラ】

「純粋にあなたのファンだった。興奮して、無意識に声をかけてた」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「それは紛れもない事実。見抜いていると思うけど……」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「同好会に入部することも」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「あ、いや、私は幽霊部員で妥協したんだよッ!でも巫女ちゃんがタマを絶対的に入部させるって」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「ちゃんと伝えたよ。巫女ちゃんがストーカーになっても、それは自分の為だと思って大目に見て上げて。お願いだから……戻るね」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「わ、わかったぁッ!正直に話す。話すよ……」

【タマ】

「……それ以上何も言うなッ!」

【ソラ】

「巫女ちゃんはタマにとってどう移ったッ!?」

【タマ】

「………」

【ソラ】

「(『昨日今日の出逢いで……』って思ってくれたら、私の勝ちだけど、タマなら気付く)」

【ソラ】

「(でもね。気付くだけじゃもう手遅れなんだよ。気付いた瞬間、もうダメ)」

【ソラ】

「……そのため、だよ」

【タマ】

「………」

ついに挫折したのか、テンション低めに帰ってきた。

【カズ】

「……さすが青空。嫌味を通り越して尊敬するよ。で、どうだった?」

【ソラ】

「……どうもこうもないよ。一方的な尊敬は、逆に惨めだってたった今教えられたから」

【カズ】

「そ、そうか。お前でさえ、辟易したか……」

【ソラ】

「でも、本音はきっちり伝えてきた。一方的でも気持ちを伝えるのは大事だと思うし」

【カズ】

「道理だ。自分も今度は構えないで自然体で行こうかな」

【ソラ】

「巫女ちゃんは今のままだからいいんだよ。無理して決め込もうとすれば、それこそあぶれちゃう」

【ソラ】

「っと。心配する暇があるなら、自分のくじけぬ心を信じて、私ももっと頑張らないと。副部長はタマじゃなきゃダメッ!って思えたし」

【カズ】

「……頑張る理由そこじゃねぇだろ。今はいいけど」

コイツに切り替えなんて言葉は永遠に無縁の話だ。

そもそも、切り替える必要がないのだから。

ショックを受けたことがないのだから。

そう見えて、実は自分の勝手な解釈なのかもしれない。

ただ一つ。今ここで言えることは、別にタマが副部長にならなくてもいいと思っていること。

自分と違って。

青空とはそういうヤツ。

それと補足でもう一つ。その答えが間違っていたとしたらタマは間違いなく副部長になる。

青空とはそういうヤツ。

今日の放課後の青空の第一声に期待しつつ、これから始まる講義に意識を傾けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ