はじめての食堂
〈はじめての食堂〉
【ソラ】
「さあ、着いたど~」
青空に促されるまま、厚生館の2階へと続く階段を登っていた。
登り終えると、そこは食堂だった。
【カズ】
「……新手の嫌がらせか。お前がこんな楽園にご招待してくれるなんて」
【???】
「あっソラ、おつかれ~」
【ソラ】
「おつかれ~って、今日は一段とオシャレ決め込んじゃって、でもものすごく似合ってるよ」
【???】
「いきなりお世辞言われても何も奢らないぞ~」
【ソラ】
「引き返して――ぜ、全部タダじゃんッ!」
【???】
「あはは、バレた?ソラは一般組だったから引っかかるかなって思って。ちょっとからかってみた」
【カズ】
「……もういいのか?別に構わなかったのに」
【ソラ】
「友達待たせちゃいかんでしょ」
【カズ】
「お前が自分を友達呼ばわりって、おい……な、なんか嫌な予感がしてきた」
【カズ】
「……ところで、いつの間に友達作ったんだ。あの子、完全にお前を見下しているぞ」
【ソラ】
「わざとらしかったから?でも入っちゃえば、関係ないよそんなこと。同等の立ち位置なら、蹴落としてでも結果を残せば済む話だからね」
【カズ】
「ってことは、あの子も本気で『明け』の明星を目指してんのか」
【ソラ】
「どういう意味?」
【カズ】
「”アレ”で?」
【ソラ】
「……誰だって、自分のしたいことは大抵やるものだよ。時間の使い方だって、巫女ちゃんとは比べ物にならないほど長けてるし」
【カズ】
「言うまでもないことだろ。何でそこで、意味もなく相手の肩を持つかな」
【ソラ】
「だって普通のことでしょ?友達なんだから。大学が始まったら真っ先に作って、それなりの親交を深めたからこうも堂々と言える」
【カズ】
「それなりの優等なら、その確信犯も見抜くだろ」
【ソラ】
「残念なことに、それは意味を成さない。お互い形だけの友達って、暗黙の合意に至ってるから」
【カズ】
「悲しいねぇ~。んでもっと悲しいのは、意識があって、わざわざすることだ。する意味がどこにある」
【ソラ】
「これといって、深い意味も無いよ。文学部の学生が、全て物書きの道に進もうとは思ってないくらいに」
【カズ】
「……大概、大学という意味を履き違えてるよな。大学は勉学ができる学生の集まりじゃない。大学は一つのことに、とことん没頭できるオタクが集うべき場所だってことに」
【ソラ】
「もしかして、自分のことを、自分で正当化してる?」
【カズ】
「掘り下げは事足りてるだろうが。今頃何言ってる」
自分の考えに、自分が否定してしまっては、それこそ収拾がつかない。
自分のしたいことには、いつも忠実に向き合って、果たさなければならない。
自分のことは、自分が一番知っているのだから。
【ソラ】
「だからいつまで経っても成長をみない子供なんだなぁ~って」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「どれにする?タダだし、メニューも豊富にあるけど」
【カズ】
「コーヒーで十二分」
【ソラ】
「……そこは空気読もうぜ。友達待たせてるんだから」
【カズ】
「むしろ、で甘受してくれや」
【???】
「よ、お疲れさん。ソラ……そして、カズ」
【ソラ】
「……やっぱり、昔とイメージが俄然違うね。それで、私はコウと呼んじゃっても?サヤは怒らないッ!?」
【コウ】
「う、うん。ま、まぁ、しばらくは不満たらたらのサヤと接することになるけど……大丈夫。いずれ落ち着く」
【サヤ】
「私にはコウちゃんという呼び名があるから何とも」
【コウ】
「あはは」
【ソラ】
「いつ見ても微笑ましいことで。姓にも早速愛着注ぎこんじゃってさ、このこの」
【コウ】
「なッ!?だ、だから言ったろ?ソラに隙を与えると、問答無用でイジってくるって」
【サヤ】
「いつものことだよ」
【コウ】
「抵抗は無意味と踏んでか。往生際が宜しいようで……」
【ソラ】
「……あははッ!」
【ソラ】
「……どうしたの巫女ちゃん?」
【カズ】
「………」
【コウ】
「らしくないな。いいからとっとと座れよ。いつもみたいに輪に入って来いって」
【ソラ】
「私がサヤに頼んだんだよ。合格記念に一緒にご飯食べようって。余計だった?」
【カズ】
「いや……」
想定外の不満剥き出し学生は、コーヒーを無造作にテーブルに置いた。
【コウ】
「お前本当にあの神童巫太郎かッ!?今日はやけに沈んでんなぁ。影武者じゃねえのか」
【サヤ】
「こ、コウちゃんッ!いきなり昔みたいに突っ掛らなくても……止めなってば」
【カズ】
「悪い、幸之助。自分のプライドの整理に手間取った。だから席に座ってくれ」
【コウ】
「……その名前は捨てた。今は試験じゃねぇんだ。コウ、でいい」
【カズ】
「わかった」
【カズ】
「しかし、変わったよなぁお前も。あの頃の面影をここまで感じないなんてよ」
【コウ】
「これが本来の自分であって、あれは所詮ああいう役柄」
【コウ】
「逆にお前はあの時と何も変わっちゃいねぇがな。やっぱ、神童巫太郎だぜ。お前」
【カズ】
「ここにいられてる決定的な証拠だな」
【コウ】
「その代償はあまりにも強大だったか。まぁ無理もねぇ。変わりたくても、変えられないんだからよ」
【コウ】
「というより、変える気が全く無いとか?」
【サヤ】
「こ、コウちゃんッ!それはいくら何でもストレート過ぎッ!」
【コウ】
「別にいいだろ?試験じゃ、打者の心理も意味も考えずストレートばかり投げてきたんだ。自分は役だけの付き合いだったとは、これぽっちも思っちゃいねぇよ」
【ソラ】
「………」
【カズ】
「同感だ」
【ソラ】
「あの巫女ちゃんが素直に共感した。一歩成長かも」
【サヤ】
「私もそれは思った。あの時のカズ、何だか一匹狼だったから」
【サヤ】
「って、カズって呼んでよかった?」
【カズ】
「……何で了承の有無をコイツに訊くんだよ」
【サヤ】
「ねぇカズ、これだけはどうしても答えて欲しいの。聴いてくれるかな?」
【サヤ】
「あれだけ女の子に囲まれて、あれだけおいしい思いをしてきたにも関わらず、一度も揺らぐことはなかった。一時的に酔いしれることも」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「………」
【コウ】
「それは役だって――ま~た、始まったか。悪い。聞き流してくれ」
【サヤ】
「ひょっとして、既に壊れてる?目の前に千載一遇のチャンスがあって、それを棒に振るなんてさ……」
【サヤ】
「馬鹿だよ、馬鹿。大馬鹿。それほどソラを特別な存在として捉えてるなら、どうして目を背ける必要があるの……」
【サヤ】
「私には、解せない。到底。どうして悲しい方の選択をあえてするのか……」
【カズ】
「悲しい方が幸せの場合もある」
【サヤ】
「え?」
【カズ】
「終わりたくねぇんだ……今の関係」
【カズ】
「それと、あれだけって認識はおかしいぞ。女の子にモテ出したのは、明けてから確か14日前後。卒業まで三か月ちょっとしか無かったんだからさ」
【カズ】
「でも待てよ。青空が帰ってきてから、またモテなくなったから本当はもっと短い。そんな短期間で、他の心を揺るがすなんて自分には無理だって」
【サヤ】
「で、でも揺るがす一歩手前まできてたッ!みんな……役で終わる気配は感じなかったよ」
【コウ】
「何言ってんだお前。済んだ結果を蒸し返しても――」
【カズ】
「本当にそう感じた?」
【サヤ】
「うん」
【カズ】
「……あはは。サヤの天然には、神代に戻っても叶いそうにないや」
【カズ】
「なら、もっともっと自分の物語は面白みを帯びる。待ち焦がれるね、その瞬間を」
【サヤ】
「………」
【サヤ】
「ソラはさ……本気でその邪な考えを変えられると思う?」
【ソラ】
「え?」
【サヤ】
「答えになる前に、その考えを変えられるのかって訊いてるの」
【コウ】
「サヤ……これまた悪い。こんな展開になるとは、予想もしてなかった」
【コウ】
「こ、今度みんなで宅飲みしようぜッ!他の親しい合格仲間も呼んでよ。土産もビールにしたし、用意周到だろ?……ノンアルコールで精一杯だったけど」
コウの勇敢だったテンションは、見る見るうちに小さくなっていく。
【コウ】
「それでも戦国武将に飲ませてみろ?一瞬で一目惚れだ。絶対的に」
【カズ】
「……どんな例えだよ。雰囲気だけでも味わえってか」
【カズ】
「そもそも、もっとよく考えてみろ。口にはできない。だって、アルコールの力があまりにも強大過ぎて……うぅ……お前は一体……何者なんだ?」
【カズ】
「って言えないじゃん。可能になったら考えてもいいが」
【コウ】
「……お前というヤツは。そこまで思わせといて、どうして拒否る真似を」
【カズ】
「ふと思ったんだが、アルコールというネタは果たして必要だろうか?確かに、努力の後のご褒美という設定は自然の流れだと思うが……」
【コウ】
「あ~あ、ダメだなこりゃ。またいつものひとり言を始めやがった」
【コウ】
「頼むソラッ!こうなった後の対処法を大至急教えてくれ」
【ソラ】
「ないね」
【カズ】
「しかし、他にないものか。自分だったら、アルコールじゃなく――」
【コウ】
「……そうだったなぁ。こういう場合、無視してその場からいなくなった方が賢明――な気がする」
【サヤ】
「ちょうどいいんじゃない?」
【コウ】
「お、もうそんな時間か。次の講義は遅刻厳禁だからな。遅刻した時点でかなりの大目玉だ」
【ソラ】
「……ごめんね。私達が遅れたばっかりに。この埋め合わせはいつかする」
【コウ】
「いつかを待ってる。って、自分らもあんまり大きくは言えないけど」
【カズ】
「自分の時間を与えるか。でもそれだと、誰も納得しないんだよなぁ……う~ん」
【ソラ】
「私達も次の講義行くよ。遅刻した時点で退学確定なんだから」
【カズ】
「タマに逢えるかな」
………。
……。
…
【カズ】
「た、タマッ!お前もこの講義取ってんだ。よかった~」
【タマ】
「……その名前で呼ぶな」
【カズ】
「ん?イヤだったのか。それなら青空みたいにあの場で交換を申し出ればよかったのに」
【タマ】
「………」
【カズ】
「……終わりってことかな」
【カズ】
「んじゃまたな。タ~マ♪」
【カズ】
「た、タマが一回だけ反応してくれたッ!これは誰が見ても大きな一歩だろう」
【ソラ】
「その調子で今後も頼むよ」
【カズ】
「素っ気ねぇな。お前がこんなんで、嫉妬するタマかよ」
【ソラ】
「そうじゃなくて、タマとの距離が思っている以上に、遠くなければいいなぁって思っただけ」
【ソラ】
「罷り間違えば、大学生活が終わってるかもよ」
【カズ】
「それでもいいじゃねぇか。一生の友達だと言うんならそれぐらいどうってこない」
【ソラ】
「そのまっすくで子供のような巫女ちゃんに、タマがいつか振り向けばいいね」
【カズ】
「お前はどうなんだ。どうして絡みにいかない?」
【ソラ】
「………」
【カズ】
「………」
【ソラ】
「……わかった。行けばいいんでしょ。行けば」
【カズ】
「まずは謝れよ」
【ソラ】
「いってきま~す」
【ソラ】
「こんにちは。タマさん、ですよね……?」
近くにいないので内容までは読み取れないが、青空が控え気味に接してるのは見てとれた。
【タマ】
「……その下り、これで二度目だが」
【ソラ】
「何の説明も無しに、いきなりあの場に連れて行っちゃったことを、まずは謝らないと何も始まらないと思って」
【ソラ】
「ごめん」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「わ、わかってるッ!許してくれるとは思ってないってば」
【ソラ】
「純粋にあなたのファンだった。興奮して、無意識に声をかけてた」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「それは紛れもない事実。見抜いていると思うけど……」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「同好会に入部することも」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「あ、いや、私は幽霊部員で妥協したんだよッ!でも巫女ちゃんがタマを絶対的に入部させるって」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「ちゃんと伝えたよ。巫女ちゃんがストーカーになっても、それは自分の為だと思って大目に見て上げて。お願いだから……戻るね」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「わ、わかったぁッ!正直に話す。話すよ……」
【タマ】
「……それ以上何も言うなッ!」
【ソラ】
「巫女ちゃんはタマにとってどう移ったッ!?」
【タマ】
「………」
【ソラ】
「(『昨日今日の出逢いで……』って思ってくれたら、私の勝ちだけど、タマなら気付く)」
【ソラ】
「(でもね。気付くだけじゃもう手遅れなんだよ。気付いた瞬間、もうダメ)」
【ソラ】
「……そのため、だよ」
【タマ】
「………」
ついに挫折したのか、テンション低めに帰ってきた。
【カズ】
「……さすが青空。嫌味を通り越して尊敬するよ。で、どうだった?」
【ソラ】
「……どうもこうもないよ。一方的な尊敬は、逆に惨めだってたった今教えられたから」
【カズ】
「そ、そうか。お前でさえ、辟易したか……」
【ソラ】
「でも、本音はきっちり伝えてきた。一方的でも気持ちを伝えるのは大事だと思うし」
【カズ】
「道理だ。自分も今度は構えないで自然体で行こうかな」
【ソラ】
「巫女ちゃんは今のままだからいいんだよ。無理して決め込もうとすれば、それこそあぶれちゃう」
【ソラ】
「っと。心配する暇があるなら、自分のくじけぬ心を信じて、私ももっと頑張らないと。副部長はタマじゃなきゃダメッ!って思えたし」
【カズ】
「……頑張る理由そこじゃねぇだろ。今はいいけど」
コイツに切り替えなんて言葉は永遠に無縁の話だ。
そもそも、切り替える必要がないのだから。
ショックを受けたことがないのだから。
そう見えて、実は自分の勝手な解釈なのかもしれない。
ただ一つ。今ここで言えることは、別にタマが副部長にならなくてもいいと思っていること。
自分と違って。
青空とはそういうヤツ。
それと補足でもう一つ。その答えが間違っていたとしたらタマは間違いなく副部長になる。
青空とはそういうヤツ。
今日の放課後の青空の第一声に期待しつつ、これから始まる講義に意識を傾けていた。




