青空報道同好会
〈青空報道同好会〉4月20日火曜日
ざわざわ。
ざわざわ。
今日の教室は、今までの鬱憤を晴らすかのように、互いが互いに”姓”を主張し合っていた。
その現実はまるで、試験で目の当たりにした高等の教室風景というより。
お預けを食らった今にでも死にそうなくらい欲に飢えた見るも哀れな、無様な光景であった。
弱音は本音だというのに、こうも堂々と吐かれると惻隠の情を抱きかねない。
自分は、”自分”を、青空の方に意識を向かせた。
どうして、箍をはめる?
【カズ】
「……今にも派閥ができそうなくらいのスピードで追い付こうとしても、それは逃げ水のような――」
【ソラ】
「本気過ぎる冗談にも限度ってもんがあるよ」
【カズ】
「………」
【カズ】
「学長の気ままな思い付きは留まることを頑なに拒んだようだな」
【ソラ】
「次の思い付きには是が非でも弱点を握りたいね」
【カズ】
「……お前がそれを言うか。それを」
【ソラ】
「………」
【カズ】
「な、なんだよ」
【ソラ】
「そこは”ソラ”って言ってくれなきゃッ!仕返しできないじゃんか」
【カズ】
「ああ、悪い。読んでた。一コマ目前に、蜜で固めた蕩けるような台詞は過剰摂取だからな」
【ソラ】
「……巫女ちゃんにだけは……その……”青空”って、よ、呼んで欲しいなぁ」
【カズ】
「にも関わらず、傾聴するところ。自分って温情だろう~?でも金魚のフンだってことは、ちゃんと自分も自覚してるぞ」
【ソラ】
「比率もバッチリだ。行って来い。んでもって希望のお土産は……か、勝ってこなくていいから」
【カズ】
「主張先を変えてまでここに来たんだぞ。手ぶらでは戻らん」
【ソラ】
「………」
【カズ】
「いずれ、買ってくる」
【ソラ】
「売り切れならどうしょうもないよね」
青空の事前のフォローは、素直に受け取った。
自分でも、事が都合よく運ぶなんて、これぽっちも思っていないから。
なら少しずつ?
そんな目敏い手段で、なびくとは思っちゃいない。
自分は神代でも神童巫太郎だ。
タマに出逢った瞬間から、トランポリンに乗ってる。
タカい子――優等を振り向かせるには極端でいい。
馬鹿と天才が紙一重のように。
それでいて、もう、自分はタマを知ってしまったんだから。
そしてもう一つ。
自分には、誰も無視できない大きな強みがある。
【カズ】
「おはようタマ。昨日ぶり。まさか同じ講義を取っていたとは。変更すんなよ」
【タマ】
「……澄まして聴いてみろ」
【カズ】
「え?」
【タマ】
「……連中は神童兄妹の話で持ちきりだぞ。こんな辺鄙なテリトリーで油売りしていていいのか」
【カズ】
「テリトリー……に見合ってるから油を提供してるんだよ」
【タマ】
「……確かに相乗効果が見込める。有り難く受け取るよ」
【カズ】
「………」
【カズ】
「自分には……」
【タマ】
「………」
【カズ】
「自分にはプライドも何も無いが……悪い。まだ座右に置いておきたい」
【タマ】
「……矛盾はどうでもいい。改心させられたら、頓着せずにやってくる。示すのは勝手だ。だがな」
【タマ】
「……人は神に近寄ることはできない。さっさと消え失せろ」
【カズ】
「………」
【タマ】
「……時間だ」
【カズ】
「現に逢ってるじゃねぇか。それを否定することは縦しんば神でもできねぇ」
【タマ】
「……ならお前とあたしの物語はもはや結末を迎えたな。礼を言う。お前にとって、あたしはその程度だった」
【タマ】
「……誰だって、現実と理想をきちんと分別できない。お前も、諦めるんだな」
【カズ】
「ッ!?」
いてもたってもいられず、青空という逃げ道にそそくさと立ち去る。
【ソラ】
「下馬評はアテにならないね。相変わらず陽動にもなってないけど、その殊勝な粘りに勲章を授けよう」
【カズ】
「お前こそ旧態依然たる知恵を我が子のようにいつも授けてくれるよな♪」
【ソラ】
「……すぐこの場で、切り返せたらどんなに偉そうにできたことか」
【カズ】
「で、いつ納期してくれるんだ?」
【ソラ】
「一コマ後。というか、策は練ってあったんだ。無かったのは時の運だけ」
【カズ】
「解釈するとこうだよな?自分が最も信頼を置く軍師様でも、タマの登校を早めることはできなかった」
【ソラ】
「さ、講義講義。先生がお出でなさった」
と言いつつも、青空は陣取っていた一番前の席から、わりかし密集していた真ん中の席へと移動した。
自分もそれに続く。
タマは引き続き、最後方の席に浸って、のんべりだらりと、この講義を受けていた。
【カズ】
「傷も癒えてきたし、そろそろ始めっか。ひそひそ作戦会議」
【ソラ】
「本当にイイの?周囲からみればイチャついてるように見えるんだよ」
【カズ】
「お前が体裁振るタマかよ。頼むから、思い付き任せだけは止めてくれ」
【ソラ】
「そ、そうだね。思い込み任せから撤退しなきゃ何も始まらない。先に進むためには」
【カズ】
「………」
【カズ】
「……なぁ、青空。”アレ”って、挙って盛り上がるような話題か?」
入学試験での神童巫太郎と神童恋の涙のクライマックス。
台本を無視してでも、アドリブを貫く予定だった。
本来なら校門の先に咲き誇った無常の桜の下、自分と青空が幹に寄り掛かりながら、お互いの気持ちをぶつけて終わるという設定だった。
それがどういう訳か。何かの履き違いで、全ての共演者を呼び寄せる事態に発展してて、お互いの本当の気持ちをぶつけぬまま、試験を終えてしまった。
別のアドリブは必然だった。
誰かの為の物語はいつ見ても、いつ感じても、美しい。
その美しい舞台の上で、自分の役を演じられたら――とは、一度たりとも袖に縋ったことは無い。
邪魔したのは全ての共演者で、けれど、諸悪の根源は自分と青空で。
積み重ねてしまった代償というべきか、報いというべきか、自分らがここまで流行の風に乗るとは思いもしなかった。
もうすぐ一月が経とうとしている。だから心配もしてなかった。
それが今になって、いきなりぶり返してくるとは……
……せめて、コウシ先輩までで留めて置きたかった。
【ソラ】
「今更ッ!?……他の気持ちを知り得ないからこそ、こうも賞賛を浴びるんだって」
【カズ】
「……道理だな」
極秘情報が記載されたただの紙切れを、青空に渡すだけで今は精一杯だった。
【ソラ】
「……にひひ、遅れちった。すまんすまん」
一コマ目の講義を終えてすぐに、青空は”お手洗い”という気遣いで、この場に間を作った。
言うまでも無く、その言い訳は神代では利用できないから、理由を訊いてもサイン攻めにあった。もしくはファンに取り囲まれたりして遅くなったと返されるだけである。
【カズ】
「その代わり単刀直入に話せよな」
【ソラ】
「それで納得できるの?理解はできても、意味を勝手に解釈されるとこっちが困るんだけど」
【カズ】
「そこまで教えてくれるのか?」
【ソラ】
「ううん。考えさせる。それでこそ、巫女ちゃんだし」
【カズ】
「……だったら訊くなよ」
【ソラ】
「最初の活動はタマにしよう」
【ソラ】
「引っ掛からなかった?私と巫女ちゃんだけが注目ばかりを集めて、どうしてタマの話題は少しも上がってこないんだって」
【ソラ】
「各々歪んだ思惑があるにせよ、タマにだけは誰も触れやしない」
【カズ】
「………」
【カズ】
「……そこまでの、ヤツなのか。タマってッ!」
【ソラ】
「うん」
【カズ】
「お前が即答かい……こりゃ、とんでもないネタに出逢ってしまったようだな」
【ソラ】
「木を隠したかったら森に隠せは古過ぎて話にもなんない。やっぱり、木を隠したかったら海に放つぐらいじゃないと」
【カズ】
「お前のその強気。いつものことだけど、嫌いじゃない」
【カズ】
「……じゃなきゃお前なんかとつるんでないんだけどな」
【ソラ】
「『なんか』とはなんだ。なんかとは。今の立場を振り返ってみんしゃい」
【カズ】
「……ッ!?」
【ソラ】
「求められる側より、求める側の方が圧倒的に不利を被る。だって求めてるんだもんッ!」
【ソラ】
「どんな状況でも有利な立場にいなきゃ、事を運びたくても運べない」
【カズ】
「……そうだな。それでいて、思わせなきゃいけない」
結果は欲しいが、自分を汚したがらないではダメということだ。
【カズ】
「……んで、そもそもお前が連れてきた謎多き優等を、どうやってあの場に連れてきたんだ?」
【ソラ】
「え?だ、だから巫女ちゃんッ!それはご想像に任せるという方向で合意したでしょさっき」
【カズ】
「ぶっちゃけ、最高責任者を動かすより難しいと思うが……?」
【ソラ】
「いずれ、解る瞬間が訪れる。私達にとってタマは、無くてはならない存在だということに」
【カズ】
「………」
ばつが悪いのは、青空の様子をみれば一目瞭然であった。
だからこそ、しつこく訊く必要があった。
【カズ】
「で、どうやったんだ?」
起きて知らされる前に。
【ソラ】
「……猟犬だねぇ~。握ってもない。タマに触れて、あの場に瞬間で連れてきただけ」
【カズ】
「ほーう。お前が一目置くタマが背後を衝かれるとは俄かに信じ難い……陳弁だな」
【ソラ】
「だ、誰だって隙はできるッ!」
【カズ】
「本当か?」
【ソラ】
「い、いや、タマはできないかな……」
【カズ】
「だったら強がってないで、さっさと吐けよ。先に進めねぇだろうが」
【ソラ】
「弱みを握りました」
自分は心の底から安心した。
最も肝要なのは、狙いはともかく、青空にとっても気になる存在で、自分同様手放したくなかったという紛れもない事実を指していることだ。
一方的でも、求める側が一方的なままでは意味をなさない。
この追求はあくまで確認の為だけである。
【ソラ】
「でもその弱みで、副部長にさせられるかは全くの別問題で。いや、その……」
【カズ】
「……なるほど。お前のあの時の目的は副部長の事前顔見せも含まれていた。どうりで学長も輪に加わりたくなるわけだ」
以前から動向を観察していた。だからタマが絡めば、当然のごとく担当教授も学長も絡みに向かう。
青空はそれを見越して利用した。
その未完成の絵図は、それでもとてもインパクトがあって、バランスもきっちり保たれていて、すぐに認められた。
後は、完成させるだけ。引き込むだけである。
【ソラ】
「別にサクラでもいいんだ。最悪、存在の認識を植え付けさせればそれで。あんまり欲は掻きたくない。自分を満足させたくない」
【カズ】
「……妥協すんのか」
【ソラ】
「え?」
【カズ】
「……自分によそよそしくするのか」
【カズ】
「お前がそれを望むなら自分はやれるだけやると言ってるんだ」
【ソラ】
「巫女ちゃん……」
【カズ】
「いいんじゃねぇか?タマが我ら同好会の新入部員でよ。それなら自分も文句はないどころか、大歓迎だぜ」
【カズ】
「お前の思い描くキャンパスライフに、タマという優等なダチが加われば楽しくなると思わねぇか?」
【ソラ】
「それはまぁ、なんだ。世界は広がるかな、って思うよ。けど」
【カズ】
「……あぁ。一筋縄ではいかないだろうな」
唯一の救いは、学部が同じということだ。
見かける回数は大いに見込める。見つける心配は要らない。
そろそろ休憩時間も終わる頃。
それでも、自分は思考を巡らしていた。
どうすれば、タマをこちらのテリトリーに引っ張り込めるのかを。
【カズ】
「いや、ちょっと待てって。現段階で仲良くなる必要はどこにもねぇだろ。まだ世間話にだって至ってないんだ」
【ソラ】
「……出たよ。いつものひとり言。しかも今回は芝居付きっていう代物だ♪にゃは♪」
【カズ】
「お前は馬鹿かッ!焦る気持ちはわかるが、ここは慎重かつ迅速にだな……」
【カズ】
「そんな悠長なこと言ってられるかッ!こちとら時間がねぇんだッ!時間がッ!」
【ソラ】
「……これを目の当たりにしたら、さっきまでの聞き耳はどこにやらとは言えないね……あぅ~、流行もこれまでか」
【カズ】
「よし、落ち着け。とりあえず落ち着こう。まずはお互いの共通点を整理するんだ。自分らは何を求め、タマは何を求めてるかを考える」
【カズ】
「………」
【カズ】
「タマは今、何を求めているんだろうか」
【ソラ】
「そりゃもう、私達の不干渉でしょ」
【ソラ】
「いい加減、終了のホイッスルでも鳴らそうか?」
【カズ】
「……いやいい。心のホイッスルが鳴った」
何も知らない自分がいくら考えても、心に重荷を背負わすだけだと今し方気付いた。
次の講義が終わったら昼休み。その時休ませよう。
でもその前に、青空に主導権を譲って、打開策を聴かなくてはならない。
【ソラ】
「要は、今有るネタを使って、物語を創ればいい。無ければ、ネタを創ればいい……よね?」
【カズ】
「……そこで同意を求めるな。一度整理してくれや」
【ソラ】
「一つ目に、私達が同好会の部員で、活動許可が下りているということ。ただし、同好会として正式には認められていない」
【ソラ】
「二つ目に、タマが『明け』の明星コンクール高等の部優秀賞者ってこと。これは周知の事実だから大助かりだね」
【ソラ】
「さっきも言ったけど、最初の活動はタマで決まった。ならこれからの活動で、タマを知っていけば――いや、知っていいと思うべき。知るとどうなる?」
【ソラ】
「行動範囲が広がる。たとえ腕を圧し折られても、たとえ心を折られても、別の手掛かりを追うことができる。つまり私が言いたい――」
【カズ】
「揺るがないというなら行動で示せ。タマに本気だと感じさせろ」
【ソラ】
「うん……神代の主人公が他を感じる数少ない方法で、そのくせ最も期待が持てる特効薬」
【カズ】
「……自分は、記者に成り切れるだろうか」
【ソラ】
「巫女ちゃんだから」
【カズ】
「………」
【カズ】
「……そうか。しかしお前も、大きな賭けに出たな」
【ソラ】
「神生なんてギャンボーだよ♪何かを得るにはそれ相応のリスクを負わないと」
【カズ】
「……それ相応のリスクを、こんな、駆け出し部員に背負わせるなよ」
【ソラ】
「それにさ、初の活動がタマなんだよ?士気は問題ないし、その内容なら学長だってノーとは言えない」
【カズ】
「確かに。企画自体は通るな」
【カズ】
「よし、とりあえず理解できた。自分がタマを入部させられれば、青空報道同好会として正式に認められるわけだ」
【ソラ】
「青空報道同好会?」
【カズ】
「お前が創設者だからそのまま持ってきたんだが……なんだ。不満か?」
【ソラ】
「ちっとも」
【カズ】
「なら決まりな。まぁ大船に乗った気でいなさい、かっかっかっ」
【ソラ】
「大船でも小船でも、巫女ちゃんなのは変わりないからな~」
【カズ】
「……あんまり皮肉っぽくないのは気のせいかな」
【ソラ】
「気のせいでしょ?」
かくして、次の点をより明確に見つけることができた。
高等の部とはいえ、一番になったのだから、騒がれても不思議じゃないのに、どうして起きないのかという疑問は今も残ったままだった。
話題性も十二分にあって、中身がしっかりしてなくても、大学内が沸騰するのは必至なはずなのに。
誰もタマに触れようとしない。むしろ故意に避けてる。
だからこそ、自分も生半可な気持ちでは取り組めない。
最初は無視やノーコメントの日々が続くだろうが、それでも取材という立場でまた話しかけられる。
けれどここで注意しなければならないのは、カズという立場なのか、それとも取材という立場なのかをタマにはっきりさせることだ。
その瞬間は、いずれ必ず訪れる。
その時、自分でさえ旨く使い分けられなかったら、認識が確立されてしまったら、二度とタマは自分らに心を開くことは無い。
出逢って、一月――むしろ一週間――いやいや、一日しか経ってないのに、求めるモノがあまりにも無謀であることはちゃんと理解している。
でも、時間じゃない。心を開くかどうかは。
自分と青空がそれを物語る。
要は、結局は、”自分の存在意義”なのだから。




