タマとの出逢い
〈タマとの出逢い〉
研究室はだいぶ前から、気まずい雰囲気が支配していた。
【???】
「………」
【???】
「………」
お互いにだいぶ待たされてるが、お互いにどちらかが歩み寄るということは今のところない。
このまま我慢比べしてもお互いに構わなかったが、第三者がそれを阻んだ。
【???】
「おぅ、きてたか」
【???】
「……これからが青空劇場かよ。その前に紹介してくれや」
【???】
「いやなに、無口なのは元来なんで警戒心からではありまへん。ワイが説得したんよ。上神の話が聴きたいっていうから」
【???】
「な♪」
【???】
「……信じると思うか?」
【???】
「お前がどんな弱みを握ってここに連れてきたかは訊かない。だが、無理矢理は感心しないなぁ」
【???】
「でも私が、巫女ちゃんに誰かを紹介するなんて始めてのことだよ。試験も含めて」
【???】
「………」
この弱みの威力は、月日を重ねる度に、増すということをすっかり忘れていた。
自分は反撃を止め、主導権を譲ることにした。
あの青空が、誰かを紹介するなんて、しかも自分に――そんなこと、絶対的にあり得ないことなのだ。
それだけの意味を持つと、自分はすぐに汲み取った。
【???】
「……んで、誰なんだ一体?」
【???】
「まぁ、そう慌てなさんな。後々副部長になるお方だから、部員は部員らしく黙ってて欲しいものだね」
【???】
「どうでもいい。肝心なのは期待感だ。わくわくがとまらねぇ。早くどうにかしろ」
【???】
「あわわ、無口だから取材には向かないかも~」
【???】
「うるせーッ!早く何か言わせろ。言わせたら、今日の自分の拘束権を約束しよう」
【???】
「ほ、ホント?」
【???】
「………」
【???】
「ッ!?逃げただと……?」
どうやら瞬間を使って、どこかに逃亡を図ったようだ。
【???】
「……おい青空。当然、鍵は預かってるんだろうな?」
【???】
「ううん」
【???】
「どういうことだ?手懐けたんじゃないのか。クリクリみたいに」
【???】
「……言葉が悪いよ。それにシンマちゃんだって、自分の意思で私のそばにいたんだから」
【???】
「多分、用事を思い出したんだよ。済ませたら戻ってくるはず」
【???】
「戻ってこなかったら?」
【???】
「次の機会があることを祈るだけ」
【???】
「道理だな」
もどかしさを何とか押し殺していると、短兵急に第三者の接近を許した。
【???】
「……さっきのは、その、すまなかった。あんな言い方したことは謝るよ」
【???】
「だから、何か発してくれないか。自分はお前が知りたくてたまらねぇんだ」
【???】
「……お前は、あたしを知らないのか?」
【???】
「もちろんだ。だから訊いてる。もし、青空に弱みを握られてるとしたら、自分が力に――」
【???】
「………ッ!?」
またもや、逃亡を図られてしまった。
【???】
「……青空」
【???】
「うん?」
【???】
「お前に任せるよ。次があったらお前に……」
【???】
「わかった」
自分に心を開いていない相手に、自分が一方的に歩み寄っても拒否されるだけだ。
ならせめて、青空に任せた方が進展が見込めるという結論に至った。
しばらくして、今度はどんな用事だったのか、済ませて戻ってきた。
【???】
「アケノミョウジョウニナレルナラマオウニデモナレル。ナンテタッテ、ワタシャカマセイヌ♪ニャハ♪」
【???】
「ご理解頂けましたか?」
【???】
「………」
【???】
「あぁ~、もういいッ!お前はちょっと引っ込んでいろ」
振り払うかのように前に出て、そのままコイツと向き合う。
【???】
「……なぁ。この際だから言うが、前々からどうしてお前は誰に対してもこうなんだ。ふざけた態度とりやがって」
【???】
「だからいつまでたってもお前に対して心を開く友達ができないんだ。まさかとは思うが、それを知っての確信犯か」
【???】
「もしそうならなおさらタチわりぃぞ。もう試験は終わったんだ。神代に切り替えろやッ!」
【???】
「………」
優等を相手に、確認はすなわち、死を意味する。
【???】
「い、い、い、い、い――ッ!」
【???】
「ど、どうした?」
【???】
「言わせておけば好き放題言いやがってッ!それが巫太郎の、今まで蓄積されてきた本音かぁッ!?やっと聴けてせいせいするッ!」
これまた、迫真の演技である。
今まで感じたことのない怒りのオーラが信憑性をより際立たせていた。
さすが、元演芸部部長である。
【???】
「私もこの際だから言ってやるッ!巫女ちゃんは弱いッ!弱過ぎるッ!もはや哀れに思えてならないよ」
【???】
「いつも冷静さを装い、自分の性格を出すまいと演技しているけど……いや、演技にもなってない。裸子植物そのものッ!」
【???】
「………」
【???】
「自分はちゃんと服を着ていると思ってるかもしれないけど、他からみれば裸を晒してる認識。まさにこっけいだよ」
【???】
「あはは……はは……はは……ダメ……笑いが止まんない。内に秘めてたことを、こうもあからさまにぶっちゃけると笑いがッ!」
【???】
「………」
どうやら、自分も許容範囲を超えてしまったようだ。
このまま見過ごしてはいられない。
ミステリアスな第三者は諦めることができても、この挑発は無視できなかった。
何より、前々から一度手合わせしたかったのだ。
白黒つけるというよりは、この好機を逃してはいけない気持ちの方が強かった気がする。
【???】
「……ガキだな」
【???&???】
「そうだよ」
【???】
「………」
【???】
「……はは、まさかこんなに早く反応を示してくれるとは思わなかった」
【???】
「……終わらせたかっただけだ」
【担当教授】
「本当にそうでしょうかね?もしそうでも、それだけが理由じゃない気がしますが」
【???】
「……何が言いたい?」
【???】
「………」
神代に年功序列という意識はあまり無いものの、担当教授に向かっての、この言葉遣いにはさすがに自分も度胆を抜かれた。
【学長】
「交ぜて欲しいんじゃないですか?」
【???】
「……だとしたら?」
【担当教授】
「いえ……私と学長は、あなたをそんな風に感じたのは、大学に来て始めてなんじゃないかと思っただけです」
【???】
「……ならそのままでいいはずだ」
【???】
「………」
担当教授のみならず、学長の登場に――いきなりの急展開に正直驚いている。
まるで、端からこの状況を今か今かと心待ちにしてたみたいに。
学長と担当教授は、以前からミステリアスな第三者の動向を注視していたように思える。
【担当教授】
「私達はこれを求めているのですよ。そうですよね?学長」
【学長】
「毎年のことでありますが、新入生は警戒心からなのか、あまりにもおとなしい。それを打破するために、明日全員に”名”が与えられます」
【???】
「え?」
【学長】
「特別に一日早くあなたたちの名前を教えてあげましょう。ええと、あなたは」
【???】
「ん?自分?」
【担当教授】
「”カズ”さんです。学長」
当たり障りのない名前を貸与され、自分に是非を訊くまでもなかった。
【カズ】
「他意はありません」
【学長】
「ええと、次はあな――」
【???】
「その名前はイヤです。こっちに変更希望の届けを出したいんですけど、どこに出せば?事務でよろしいですか?」
用紙に記載されている名前の中から、何の迷いもなく希望の名前を示す。
つまり、知っていた。
【学長】
「ソラ?」
こうなることは、なるべくしてなった。
【???】
「他意はありません」
だから事前に準備ができた。
青空の何かを見抜く力は、やはりズバ抜けてる。そしてそれは、準備期間が多ければ多いほど成功する確率が高まる。
それでも、果たして変更は可能なのだろうか。
【学長】
「まぁ……いいでしょう。なるはずだったソラさんは先ほど退学届を提出しました。すぐ受理されるでしょう」
これが優等の常套手段である。
面倒になる展開には事前に手を打っておき、相手の決断力を削ぐ。
認めたくはないが、青空は自分より優等なのだ。
前途に闇が待ち構えていても、いとも簡単に振り払って光を差し込むことができる。
【ソラ】
「あ、ありがとうございますッ!『明け』の明星になれるよう今後も精進します」
この変わり様は、目的の為なら悪にでもなれる証拠である。
【学長】
「変わらないですね。あの頃と」
昔を思い出させるような学長の語り掛けにも、青空は上の空で聞き流していた。
【ソラ】
「タマタマよろしく♪私はソラだよ。あなたとは仲良くなれそう。よろしくね」
【カズ】
「……タマタマって。それはいくらなんでもヒド過ぎるだろ」
【ソラ】
「そりゃタマタマだって。にゃは♪」
【担当教授】
「いえ、正しくはタマさんです」
【カズ】
「タマか……何だか誰からも愛されそう。親しみを感じさせる名前もらったな」
【タマ】
「………」
【カズ】
「……タマ?」
問いかけた瞬間、タマがこの場から消えていたことに気付く。
【カズ】
「今回ばかりは戻ってこないだろうな。結局、何もわからないまま手放してしまった」
【カズ】
「……なぁ青空。ちょっとぐらい教えてくれてもいいだろ。タマのこと」
【学長&担当教授】
「え?」
【担当教授】
「タマさんは、去年の『明け』の明星コンクール高等の部優秀賞者です」




