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●●●塗り立て、注意せよ

作者: キー

毒にも薬にも為にも罰にもならない物語。

「まずいな…」

 久寿川努は悩んでいた。

その悩み事は、簡単なことでは解決できないようなもので。

だからこそ、テストの時以上に頭を使って考えていた。

だが、その思考は、ただ一つのことについてのみ考えているにもかかわらず、未だ有効な答えを出せずにいた。

さっきまでは、鼻を突くような臭いで辟易していたのだが、いつの間にか感じられない。

それが臭いに鼻が慣れてきたのか、それとも嗅覚にまで意識を回す余裕がないのか。

いまの努には、よくわからなかった。

 しかし、臭いが感じられないと言うことは、努にとっての十三階段をまた一段上ったことになる。

それはまずい。


左を見てみる。

整備された道と、青く葉を生い茂らせた木が目に入る。

――目に入る、なんて。まるで俺があそこに行けるみたいじゃないか――

そんな考えが頭をよぎる。

「…いかんな」

思考がネガティブになっている。これでは見つかるものも見つからない。

右を見てみる。

砂場で遊んでいる、小学生低学年程の男の子一人と、女の子二人が何やらはしゃいでいる。

 彼らが頼りになるとは思えない。

…どうやら、自分はすでに詰んでいるらしい。

 そんな事を呆然と考える。

すでに、努にはこの状況から逃げると言う選択肢はない。

あるのは、ただ…


「死なば諸共、か…」

今の努にあるのは、ひとえに暗く、昏く、底が見えない、黒い考え。

自分では解決出来ない、抜け出せもしない。 …なら、どうするのか。

――簡単なことよ――

道連れを作ればいい。

それも、出来るだけ多く。

そうと決まれば、後は早い。

彼は、自分を突き動かす衝動のままに行動を開始した。

 携帯を取り出し、アドレス帳を探り、通話をかける。

そんななんて事のない作業だというのに。

――通話がつながる。

彼の口元は。


「…助けてくれないか」

どうしようもないほど、歪んだ笑みを浮かべていた。






狛江紅葉は走っていた。

今日は祝日だから、朝から娯楽にどっぷりと浸かった一日を過ごすつもりで居た。

 しかし、そんな休日は儚く崩れ去った。

突如かかってきた、一通の電話によって。

 走りつつ、紅葉は電話の内容を思い出す。

『助けてくれないか。 今、窪川公園に居るんだが…』

そんな電話が入ったのが十分前。

そこから紅葉は出来る限りの早さで着替え、支度を調え、万が一の時のために兄のバットケースに木刀を放り込んで家を飛び出した。

 道行く人々が必死の形相で走っていく彼女を怪訝そうに見ているが、彼女の目には映らない。

 彼女の視界に映るものは、ただただ公園への道のりのみ。

彼女の足には、もう走っている感触すら無い。

息は切れ、目の前は霞んできている。

 それでも、彼女は走る。

親友に、そして密かに想っている奴に何かあっては困る。

いや、そんなことはどうでもいい。

――あいつが助けを求めてきたんだ、答えなくてどうする。

たったそれだけのことだが、彼女にはそれで十分だった。


公園の入り口を駆け抜ける。

どこだ。

あいつはどこにいるんだ。

信樹は公園内を駆ける。






「努!」

ベンチに腰掛けている友人に声をかける。

努はうなだれていた頭をもたげ、爽やかな笑顔を見せた。

「よーし来たか紅葉! とりあえず飲み物買ってこい。話が長くなりそうなんだ」

 思わず木刀を投げつけたが、紅葉に罪悪感はなかった。






「まったく…」

「悪かったって。ちょっと手が滑っただけじゃない。男らしくないなぁ」

「木刀の角が側頭部に直撃したんだぞ!?」

「大丈夫、大丈夫」

「うわこの女超殴りてぇ…けど女の子だから殴れない…」

「ジレンマってヤツだね!」

「…まあいい。 とりあえず飲み物を買ってきてくれ」

「はいよー」

 軽快な足取りでベンチの向かいにある自販機に向かう紅葉。

戻ってくる手には、お茶とライフガードのペットボトルが。

「で? 話って何?」

「ああ。話って言うのはな――」

紅葉の尻がベンチに近づいて行く。

「俺たちの置かれている――」

ベンチまで後十センチ。

「状況に――」

後五センチ。

「ついてだ」

べちゃ。

「…? 状況?」

「ああ。自分のケツをよく見てみろ」

「お尻? なんでそんな………あああああああああああああっ!」

紅葉が絹を裂くような悲鳴をあげる。

親友の言葉通り、紅葉が自分の尻を見てみると、そこには変わり果てた姿のズボンがあった。

 普通のジーパンだが、細い足にフィットするような形なので、紅葉のスタイルの良さがわかるズボンだった。

――そう、『だった』のだ。

今やズボンはもう二度と普段着として着られないであろう状態になっていた。

 可愛く虹の柄がプリントされていた臀部は、今。

適度に粘性を持った白い液体にまみれていた。

「まさか…」

頭の中で一つの仮定が思い浮かぶ。

それを否定しようと、いや、否定してほしいと隣に座っている友人を見やる。

友人は。

見つめる紅葉の目の前で。

くつくつと。

嬉しそうに。

本当に嬉しそうに。

見るからに興奮した様子で。

嗤った。

――死なば、諸共。ようこそ、呪われたベンチへ。





「信じられない!」

「そんな事を言っても仕方がないだろう。座る前によくベンチを確認しなかったお前が悪い」

「というか、なんで私なの!?」

「一番暇そうだったから」

「この…!」

紅葉は隣に立てかけてある木刀へと手を伸ばす。

だが、その手は途中で止まった。

いや、止まらざるを得なかった。

隣に座る友人のせいで。

「いいのか、動いて。ペンキが塗り広げられるやもしれんぞ?」

「う…」

「それでもいいんなら、ほら」

そう言って努は両腕を開き、紅葉に向き直る。

「…ま、まあ今回ばかりは勘弁してあげるよ」

「ありがとう」

「……畜生」

「うん?」

「いや、何でもない。 で? これからどうするんだ? まさかこのままずっと座っているって訳にもいかないでしょう?」

「…………そ、そうだな」

「考えてなかったんだね…」

「いや、考えてたぞ?」

「へー。 …たとえば?」

「…………………………ごめんなさい」

「よろしい」

うなだれる努、どこか満足げな紅葉。

「まあ、これから案を出していけばいいでしょ」

「ここに片栗粉は無いぞ?」

「それは餡」

「小豆のほうだったか」

「それも餡」

「赤毛の少女か」

「それはアンだからね?」

「パンがないなら…」

「アントワネットも関係ないから」

「走れないぞ?」

「それはrun」

「見た感じネット環境が整っているようには思えないんだが」

「無線LANじゃないよ」

「バーローの幼なじみか」

「それは蘭」

「麻雀牌が四つそろうことか」

「それはカン」

「…さすがのツッコミだな」

「ボケのクオリティ、またあがった?」

「くくっ」

「ふふっ」

「はははははは!」

「あははははは!」

笑いあう二人。ここだけ切り取って見れば仲のよい男女のようにも見えるから怖い。

実際には、紅葉が努の足をがしがしと踏みつけていて、努の目元には涙がにじんでいるのだが。

「あはははは……はぁ…」

「痛い。足のつま先がつぶれるように痛い」

「あ~あ…どうしてこうなっちゃったんだろ」

「それは俺がお前をだまして…痛い痛い痛いつま先痛い」

「自覚しているなら自重しようよ」

「反省はしている、後悔はしていない」

「こんな、はずじゃ、なかった、のに、なあ!」

「割れる割れる割れる頭蓋が割れるっ!」

努にアイアンクロゥを仕掛ける紅葉。

口元を見てみると、喜悦で半月を描いているのがわかる。

怖い。

「いやだって一人とか寂しいじゃん道連れ欲しいじゃん痛い痛いアイアンクロゥと踏みつけ同時にしないで痛みがブレンドされて若干気持ちよくなってくるから」

げしっ。

努の足を蹴り飛ばす紅葉。

「どうしようもない変態だね」

げしげし。

心なしか、回数が増えた気がする。

「そう思うなら攻撃をやめてくれませんかねぇ」

げしげしげし。

蹴りつける回数は増えている、確実に。

「いや…あの、紅葉さん?」

げしげしげしげし。

紅葉は聞く耳を持たない。

「あの、ちょっと」

がすがすがすがすがす。

威力が上がった。確実にあがった。

「あの」

ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!

「昼おごるから許してくださいお願いします」

「よろしい」

即座に蹴りが止まる。

最後の方は脛にばかり蹴りが行っていた。

恐ろしい。




「さて、本格的に策を考えよう」

「うん、そうしよう」

「咲く…」

「何も咲いてないから。今晩秋だから」

「まあそれは置いておいて。 とりあえず、誰かにシンナーを持ってきてもらおう」

「やっぱりそれしかないよね…」

「ああ。 …そういえば、由良の家って塗装業じゃ無かったか?」

「バスケ部の後輩の? どうだろう、ちょっと電話してみるね」

 そういって、電話をかけ始める紅葉。

「うん…そう、シンナーとか。無い? …ある!? ちょっと持ってきてもらっていい? うん、公園まで。 うん、ありがとう」

「どうだって?」

「あったって! これから向かいます、って」

「そうか、これで安心だな」





「紅葉先輩、持ってきましたよー」

遠くから自転車が走ってきて、二人の前で止まる。

「あ、久寿川先輩じゃ無いですか。どうもー」

 自転車から降りたのは、ショートカットの活発そうな少女。

自慢げにシンナーの缶を持って紅葉に向かう姿は、どこか犬を連想させる。

「ありがとう! …それで、」

「このベンチ、ペンキ塗りたてだったみたいなんだ。 はずせるか?」

「勿論。 塗装屋を舐めないでください」

 そういって、由良と呼ばれた少女はドン、と胸をたたく。

起伏が乏しいのが残念である。

「えーっとこれは…ちょっと隣失礼しますね」

 ベンチを調べていた由良が、足下にシンナーの缶を置いてベンチに背を向ける。

「おい、馬鹿――」

べちゃ。

「あ……」

「え……?」

「おい……」

あろうことか、由良は一番やってはいけないことをやってしまった。

シンナーの缶を、三人の手の届かないところに放置し、ベンチに座ってしまったのだ。

「あ…やっちゃった」

「やっちゃったですむか馬鹿!」



「もう、いやーーーーーーー!」

 寒空に、紅葉の絶叫が響いた。


相変わらずオチが弱いですね、精進して行ってる気ではいるんですが。

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