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網戸

作者: 加藤 一央

 ベランダの網戸を開ける。

蒸した夏の夜の匂い。コンクリートがカビた匂い。生ぬるくてずっと昔から知っている匂い。包まれていると幸せだ。僕たち夫婦の住まいは4階にあって、この街の迫力のない夜景が見渡せた。ベッドで妻と犬が寝入っていた。ベランダに素足で出、後ろ手で網戸をそっと閉める。さっき冷蔵庫から持ってきたビールを室外機の上に置き、ベランダに敷いたスノコにあぐらをかいて座った。ビールを一口ふくむと、眼下の街の灯りがぼんやりと脳みそににじむ。僕らの街。芝生で犬を走らせたり、妻と雑貨を見に行ったり。この街が僕たちの新しい生活のスタートラインになるんだ。当分はここから僕らの暮らしが生まれ、どこか遠くに旅に出てもきまってここに戻ってくる。とても大きなため息が出た。ずいぶん苦労してやっと、この平凡な景色を手にしたのかと思うと、目に映る夜の街がいとおしい。つっぱっていた力を抜き、背中を網戸にもたせかける。柔らかな弾力のある感触だった。寝ている妻と犬のことを思ってみる。幸せだ、と思った。ビールとか夜の街、蒸した夏の匂い、網戸やスノコ。なにもかもが今夜はとても自分になじみ深くて、見知らぬものはなかった。夜景の端っこでアスファルトを照らしているもの。あれは自販機だ。僕は毎朝あそこで缶コーヒーを買う。缶が落ちるときのごとんという音。毎朝聞くその音が、いまもこの4階から聞こえる気がした。手のひらの幸せ。僕の世界はこじんまりとしているけどなにもこぼれ落ちるものはなかった。【未了】

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