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青年の哲学的慧眼 薄氷の上の演目

 拓海は奇妙な感覚にとらわれていた。 それはつまり、自分は普通の人生を歩むことができないという直感だった。

 きっかけはあるレストランでの出来事だった。レストランの中では、そこに来た客が、静かに席について、静かに食事を楽しむ。それは当たり前かもしれないが、確かにここに来る客は誰もが静かに席について、静かに食事を楽しむのだった。

 その事実の何が拓海を悩ませたのかというと、まるで、レストランの中がこの世のすべてだとしたら、この世界はどこまでも永遠に続く平和なのではないかと思ったからだ。けれども現実世界には、悲惨や悲しみ、抑鬱に包まれているのを彼なりに知ってはいた。

 

 つまり、このレストランには、まるで世界に何も問題がないような姿をしているのだ。


 これはあらゆる場面で常に成り立っていた。 友人とのコミュニケーション、街を行き交う人々、都内の自然公園、どこをとってみても、テレビのニュース番組やXのタイムラインとは違って、奇妙なくらい平穏で、この世の中が残酷で、きれいごとの嘘で塗り固められた世界である、という事実を巧妙に隠している確信犯のようなものだった。

 拓海がより奇妙に感じたのは、街を行き交う人々が、まるでその奇妙な感覚とはどこか疎遠なところにいるように思えたからだ。誰も、何も心配していないような風だった。普通に何も考えないで世の中のありようを見てみれば、誰もがその場の雰囲気を楽しみ、幸せそうだった。だんだん、その幸せそうな人々(そして犬)を見ていると、この世界の問題は実は過度に深刻になりすぎる現代病が生み出したもので、 実は幸せこそが真の姿なのだ、と拓海自身がそう感じるのであった。


 拓海はこの問題に悩まされ続けた。何が彼をそこまで悩ませ続けているのか拓海にもわからなかった。そして、悩みに悩んだ結果、拓海は恐ろしい事実に気が付いた。


 拓海の目の前に見えている幸せはどれも永遠の形をしていない。どれも拓海にとっては一時的平和、そして巨大な氷山の一角に過ぎなかったのだった。この世界は、薄氷の上で演じられる演目にすぎない。そしてすこしずつ、世界は、まるで大地の浸食作用のように形が変わっていっていて、気が付いた時にはもう世界は全く別のものになっているのではないか。

 拓海はもう以前の自分には戻れない気がした。見る必要のないものを見てしまったのではないかと思った。普通に結婚して、普通の家庭を築く──そうではない未来が彼を待ち受けているのではないかとその時予感した。普通じゃない世界で、なぜ普通を希求することができよう。  

 

 拓海は日付を見た。

 2025年10月27日。

 1日は24時間。24時間で終末へと向かう針は1分だと仮定した。

 一日に1分というのは猶予があるように見えるが、確実に過ぎる時間だった。

 世界は1分ずつ進むものなのではないかと拓海は思った。つまり、一日に変わる変化には限界がある。未来は一段、一段と積み上がっていく城のようなものなのだ。そのことを理解した拓海は、ノートを開き、ペンを取り出しこのように書いた。


 世界は刻一刻と変わっていく。その事実を前にして、私は一日たりとも無駄にすることはできない。


そしてこのように記録した。


一日を大切にできないものに、未来を守ることはできない。


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