いつもと同じ日のはずだったのに(2)
帰り道に村でコンビニ田中商店へ寄って、焼き豆腐や足りない野菜を買い、橋を渡り、神社の並びにある各家へとまずは荷物を置きに帰った。そして荷物を片付けると、すき焼き鍋と卓上ガスコンロのを準備しておく。
すぐによりことねねが来て、優勝賞品の牛肉の包みを開ける。
「おお……! 見事なさし……!」
「いつものグラム六百円とは、見た目から違うわねえ」
「いい匂いがするわよ。これは、期待できそうよ」
私たちは期待に笑みを浮かべた。
「コレステロールなんてし~らない」
「中性脂肪ってな~に」
「カロリーなんてわすれた~」
わははと笑いながら、準備を進めようとしたときだった。
地響きのようなものが微かに伝わり、家が少し揺れた。
まあ、震度一から二くらいの地震など、たいして恐怖もない。ただ、神社は古いし、ろくに修理も間に合っていないため、少しの揺れでも何かありそうで心配だ。
「ちょっと、見に行こうかね」
「そうだな」
「夕食前の散歩ねえ」
私たちは連れだって、神社へ様子を見に行くことにした。
階段を上がると小さい手水舎があるが、これはもう、水は出ていない。庭は狭く、その奥に拝殿兼本殿がある。これもまた小さいが、この村の規模にはちょうどいいし、普通の村であると偽装するためのものだったので、これでよかったのだ。
そこに入ると、裏に部屋がある。ここは集会所として使われてきた場所で、壁際には掃除用具や湯飲みなどの棚、村の歴史や書類などがいろいろと置かれている。
そして隣の土間に、井戸があった。だがこの井戸はとうに枯れている。というか、最初から井戸ではない。
見た目は深さが十メートルほどもありそうに見えた井戸だが、本当は三メートルほどだし、地下水をたたえているように見えるが、水などわいていない。せいぜい五十センチのところに絵の描かれた板を張り、その上に水を張ることで深い井戸のように見せかけている仕掛けだったそうだ。腕を伸ばせば届く位置にある杭のような石を外せばためていた水が流れて板が開き、杭のような石を戻せば、板が戻って水も流れてきて板の上にたまる。そうして、深い井戸に見えるという仕掛けだ。
しかし、そういう記述は残っていたが、江戸時代には落盤で通路が塞がり、この仕掛けも意味のないものとして、ただの涸れ井戸という形になっていた。
「コップも割れたりしてないわねえ、よかったわあ」
「でも、壁が剥がれて落ちてるよ。もう、修理しないとやばいよ」
「そうね。流石に、ガムテープは無理ね」
言いながらほかに地震の被害はないかと見回したとき、それに気付いた。
井戸の中から、霧のようなものがうっすらと立ち上がっている。
「何?」
私たちは井戸をのぞき込んだ。子供の頃から、危ないからと言われ、勝手に入ることは禁止されていた場所だ。でも、掃除のときに入ったことはあり、通路を十数メートルほど進むと落盤で行き止まりになっていて、ただの地下室のようになっているだけだ。戦時中は防空壕代わりにしたらしい。
「この中からよねえ」
「霧みたいだけど、霧って地下でできるものだったかしら」
「中学の理科で習った記憶はあるけど、忘れたな」
とりあえず確認してみようかと、私たちは井戸の中に入り、通路に入っていった。
霧は薄らとしていたが、通路の中を進むにつれて濃くなり、前もあまり見えなくなってきた。
「それでも、とうに行き止まりに着いているはずだけどね」
「どういうことだ? 地震で別の穴でも開いたのか?」
「そこまでの揺れじゃないでしょう?」
首を捻りながら歩いていくうちに、前方の霧が晴れてきたような気がする。
「ああ、出口じゃないか?」
言いながら歩いて行くと、穴の外に出た。
「ありゃ、まあ」
そこには驚きの光景が待ち構えていた。
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