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音のない音

 誕生日のプレゼントとして、金庫を送ったことがある。普通、誕生日プレゼントには選ばない代物だろう。それをよくよく知った上で、金庫を送ったのだ。

 弁当箱が入れば、あとは何も入らないような、膝に乗るくらい小型のものである。もちろん、まさかそんな活用方法はしていないはずだ。飢え死にしそうな泥棒以外、弁当を盗む者は居ない。

 街中で大量に買い物をした時、駅中のコインロッカーに荷物を預けようということになった。駅中のロッカーの場所に何故か詳しい、その友達の背中について行く。

「預けるなら、忘れ物窓口の横にあるロッカーがオススメだよ」

「何でさ。大きいのか?」

 買い物袋は三つと多いが、どれも中と小の大きさだ。中身も服や小物と重さも無いので別に預けなくても良いくらいだが、紙袋特有のベコベコ音が煩いので、僕が預けたいと要望したのだ。

 連れて来られたのは、忘れ物窓口の右隣にあるロッカー室だった。L字に窪んだ部屋に、灰色のロッカーが上下に三段並んだものが連なっている。通路を曲がって奥まで行ってみると、ベンチが一脚、通路の真ん中に置いてあった。

「どこに入れる?」

「どこでも良いけど......」

 奥まで来てしまったので、折角なら奥の方のロッカーに入れることにした。縦の三段のうち、中段の扉を開ける。買い物袋を入れたところで扉に手をかけながら、

「ムコウダ入れるもんある?」

 彼はベンチの上でコーラのボトルを傾けていた。「んーん」と喉だけで返事をするので、僕は扉を閉めた。

 百円玉一枚、しかも、鍵を返せば戻ってくるらしい。街中のロッカーにしては良心的だ。財布の中で大事にしている、今年に製造されたツヤツヤぴかぴかの百円玉を惜しげも無く投入できるのだから。きっと、戻ってくるまでに、どんな百円玉を投入したかなんて忘れているだろうけど。

 忘れていた頃にかかる、囁かな幸せの罠を張る行為が、僕は最近嫌いじゃない。

「鍵をさす時のオノマトペって、なんだと思う?」

 唐突に彼が聞いてきた。コーラは飲み終えたらしい。

「ガチャ、じゃないの?」

「それは錠がかかる音」

 一緒じゃないのか、と僕は眉を顰めた。鍵をかける行為に与えられたオノマトペは、ガチャ、のみである。

「差し込む時の音だよ」

 彼は言い直した。次は理解できた。鍵を鍵穴に入れる時の音について考えたいと言っているのだ。

「音なんてする?」

「するじゃんか」

 彼は前のめりになっている。興奮すると、話題を逸らす方が大変なのだ。僕は彼の横に腰を下ろして、もっとよく考えてみることにした。

「ジャッ、って感じかな。質感にもよるだろうけど」

「だよなっ」

 彼はペットボトルの尻で、僕の膝を軽く叩いた。小気味よい音がロッカー室の中に響く。

「質感は大事だ」

 てっきりオノマトペの方に感心してくれていると思ったが、質感の方に持っていかれたらしい。

 僕が今手に持っている小さな鍵は、ちょっとざらついた質感だ。どんな素材かは、詳しくない僕はよく知らない。

「質感は大事だ。こう、鍵穴と擦れる時の音。ハマる場所に到達するまで擦り続ける音だよ。で、回して、初めて、かちゃ」

 ご丁寧に手で形まで作って実演してくれている。

 僕はそれを横目に、彼が鍵を回す動作が好きだと前に言っていたことを思い出した。その時は、最近のロッカーは大抵がICカード一枚で錠がかけられるタイプだと憤怒していた。

 なるほど、だからアナログ式のロッカーにわざわざ連れてきたのだ、と僕は一人腑に落ちた。

「ジャッ、ガチャ、で納得した?」

「いやまだだ。まだ、鍵を引き抜く時の音が残ってるだろ」

「そんなの、差し込む時と同じ音だよ」

 パコン、と今度は太ももを叩かれた。

「ひと仕事終えた後だぞ。労る気持ちってもんがあるだろ。相応しい音を与えてあげたいだろ」

 勝手にしろよ、もう、と思った。

 だいたい、オノマトペなんてその時の状況で変わるのだ。勢いよく引っこ抜かれた鍵と、ゆっくり引っこ抜かれた鍵とでは、奏でる音が違う。それを言ったら彼の口は言葉の洪水を起こしそうなので、僕はしっかり口を結んでおいた。

 結局、差し込む時同様、引き抜く時も「ジャッ」に決まった。こんなにくだらない会議は初めてだ。

「好きなオノマトペってあるか?」

「考えたこともないよ」

「じゃあ、今考えてみるんだな」

 僕は頭の中で様々な日常的な一場面を想像してみた。皿洗いをする時や、トイレをする時や、服を着る時。

「食べ物に関するオノマトペかな」

 ふーん、と彼は黙り込んでいる。抽象的な答えだったから、きっと頭の中でそれに関する音を探しているところなのだろう。パスタを煮る音なんか、僕は幸せな気持ちになる。

「ムコウダは何が好き?」

 彼は目を閉じている。そんなに真剣にオノマトペを考える者も珍しい。

「冷たいものを飲む音」

 そんなの、ごくごく以外にあるだろうか。冷たいものと限定している時点で、もっと特別なオノマトペらしい。

「すいっ、すいっ、って表現してる人が居た。清涼感あって、液体が取っ掛りなく喉から胃まで落ちてく音って感じ」

 なるほど。僕は頷いた。なんとなく、食道を冷たいものが通っている感じが伝わってくる気がする。

 ロッカー室に人が入ってきたので、僕らのオノマトペ議論はそこで終了した。

 後日、僕は彼の誕生日に鍵付きの金庫をプレゼントしたのである。彼の喜びようは大袈裟に思えるくらいだったが、毎日家を出る前や帰ってきた後、鍵の開け閉めを繰り返しているらしい。そろそろ、鍵穴が壊れて開かなくなったという半べその電話が来ると信じている。

 ところで、あの日使用した駅中のロッカーだが、あの時分に工事があったらしい。僕らはロッカー室に入る際、出入口に貼ってあった貼り紙を見落としてしまったのだ。その張り紙には、次のように注意書きが書いてあった。

「奥のロッカーが故障し、百円玉が戻ってこない使用になっております。大変申し訳ございませんが、ご使用になられた方は以下の電話番号まで......」

 僕のツヤピカの百円玉は、ロッカーの胃にスイスイ落ちていって、戻ることはなかった。

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