第七話 馬のことなら誰にもまけませんっ
「ゴルザンさん、今日の予約……女性の方ですよ!」
カウンターでミーナがそわそわと帳簿を確認する。
「名前は、ええと……エミリ=ドゥースさん。面談の理由は……“馬のことなら誰にも負けません!”……?」
「乗馬教室か? それとも厩務員志望かな」
「なんだかテンションが高そうですね……あ、来ました!」
カララン、と扉が開いた。
「おはようございます! 本日、面談予約させていただいたエミリ=ドゥースです!」
元気よく入ってきたのは、瞳がキラキラした快活な女性。
軽やかな身のこなし、シンプルな装い──しかし背には、分厚いノートとデータ帳がぎっしり詰まったバッグ。
「私は、馬のことなら誰にも負けない自信があります!」
「おお……じゃあ、動物管理ギルドか、騎獣訓練所あたりで──」
「いえ。私は、馬の毛艶と足運びから“走行予測”を割り出すのが得意なんです!」
「……あっ、そっち方面の人だ……」
ミーナの笑顔が固まった。
「この馬は後肢の動きにクセがあるので、走行中盤に失速する可能性が──って、あ、すみません。話が飛びました」
「いえ……話、ついていけてません……」
「幼い頃、家族に競馬場へ連れて行かれたのがきっかけで。
それから、走る姿の美しさに魅了されて……いつの間にか、毛艶や歩幅の変化からコンディションを読み解くようになってました!」
「趣味……ですよね?」
「もはやライフワークですね! 推し馬の筋肉のつき方、今でも夢に出ます」
「推し馬って概念あるんだ……」
その後も、彼女の持参したノートには、馬のレース成績・運動記録・蹄角分析・飼葉履歴などがびっしり。
エミリ=ドゥース、ただの馬好きじゃない。“馬体オタク”だった。
「……この人、分析対象として馬を見てるだけですよね?」
「いやむしろ、馬への尊敬がすごすぎて“感情を挟まない”域に入ってるな」
「どうするんですか、斡旋……」
「いやまあ、好きで突き抜けてる奴は、案外ハマる場所あるもんだ」
ゴルザンが面白そうに鼻を鳴らしたそのとき──
ギルドの伝話石がふるりと揺れ、一本の問い合わせが舞い込んだ。
「“競走馬管理チームの一部に、パフォーマンス管理の人材がほしい”……?」
「……導かれたな」
「いや、導きじゃなくて、ただのタイミングですよね!?」
──数日後。
エミリ=ドゥースは、競走馬管理チームの面接を経て、すんなり採用された。
「採用、決まりました!」
ミーナが報告書を手に戻ってくるなり、笑顔でそう言った。
「すごく評価されてましたよ。“専門知識が想定以上だった”“この分野でここまで数値分析してる人材は初めて”って!」
「へぇ。あの馬オタク、ちゃんと評価されたか」
「“馬体構造オタク”です!」
「違いわかんねえよ」
エミリの担当は、騎獣訓練ギルドに出入りする競走馬の
パフォーマンス維持に関わる“記録管理・進言役”。
ある意味、馬のコンディション管理において“最後にモノ言う女”として君臨しているらしい。
現場曰く、「彼女が“違和感あります”って言った馬は、大体あとで何か出てくる」とのこと。
「馬が好きって、いろんな形があるんですね……」
報告書を閉じながら、ミーナがぽつりと呟く。
「ふつう“かわいい”とか“かっこいい”とか、感情で語るものなのに……」
「そりゃお前、分析が愛情ってやつもいるんだよ。
筋肉の揺れと関節の角度で語る愛ってのも、なかなか粋じゃねぇか」
「……粋って使い方、間違ってませんか?」
「使ってみたかっただけだ」
「でも、エミリさん、就職決まったあとにひとことだけ“馬を甘やかさずに済む職場でよかった”って……」
「それは愛だな」
「愛ですか?」
「うん、ちょっと拗れてるけど、愛だよ」
ミーナがふっと笑う。
「……まさか今回の依頼も、“導かれて”来た……?」
「やめろ、ゼンの霊圧を感じるからやめろ」
「えっ、残留思念……?」