第五話 スピリチュアルを拗らせた人
「うーん、世の中“自称スピ系”って多すぎません?」
ミーナが眉をひそめながら、届いた履歴票をパラパラとめくる。
「まあ、導かれて来たとか言ってる時点で、職業選択の自覚は薄いな」
「“職業:ヒーラー(予定)”って、予定て……」
「せめて仮でも“希望”って書け。願望と導きは違ぇんだ」
軽口を叩きながらも、ゴルザンの手元には、ちゃんと面談予約の記録が残っている。
その名は──ゼン=ヴァルニール。初来訪。
カララン、と扉の鈴が鳴った。
「こんにちは〜! すっごく波動のいい場所ですね、ここ!」
第一声で場の空気がざわつく。
現れた男は、ゆったりとした白いローブに色とりどりのパワーストーンを巻いた腕輪。
そして──その手には、ラベルのない小瓶が握られていた。
「えーと……ゼン=ヴァルニールさん、で間違いないでしょうか?」
「はいっ! 導かれて来ました!」
「……ですよね」
ミーナの顔が引きつるのを、ゴルザンが横目で見ていた。
「この履歴書なんですけど……希望職種が“未定(石の反応次第)”って、どういう……」
「あ、この石が反応するとき、進むべき道が見えるんですよ! 今も少し、あったかくなってきてます!」
「それ、気温のせいじゃ……?」
「あと、今朝引いたタロットで“転機の門が開く日”って出たんです!」
「門、ですか……」
「あと、これ! “魔素の巡りを整える水”です! よかったら飲んでみてください!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください!? どこの水ですかこれ!?」
「山の方の……湧き水的な……?」
「的なって何ですか的なって!」
ミーナのツッコミが全開モードになっていく中、
ゼンはどこ吹く風とばかりに柔和な笑顔を浮かべていた。
「……おい新人ちゃん」
「はい……?」
「今回のやつ、なかなかの大物だぞ」
「これ、どうやって斡旋するんですか……?」
「考えるな。“感じろ”だ。ってアイツが言いそうだな」
「ゴルザンさんまでスピっぽくしないでください!」
──そして、ギルド史上初。
“すべて導きで動く男”の、職業斡旋が始まった。
──面談開始から30分後。
「……で、今週は“風の気配”が強いので、地属性のお仕事は控えたほうがいいかと」
「そもそも属性って何の基準で……」
ミーナの表情が、さっきからどんどん死んできている。
「でも、“人と話す仕事が合ってる”って、昨日占いで言われたんですよ!」
「なるほど、占いが先なんですね……」
「はい! でも、やり方とかは導かれるまでノープランです!」
「ですよねー…」
だんだんツッコミも弱ってきたところで、ゴルザンがようやく重い腰を上げた。
「なあ、ゼン。お前、自分が言ってること信じてるんだよな?」
「もちろんです。信じてなきゃ、伝わらないですから!」
「……それだよ」
「え?」
「お前の“信じてる感”、案外“伝える力”になってる。自覚ねぇかもしれねえけど、話し方に説得力があるんだよ」
ゼンがポカンとしている横で、ミーナが振り返る。
「……確かに。なんか聞いてると、“そうかも……”って気に……なってきます」
「それ、才能だよ。喋る才能。“信用させる力”だ」
──そして、数日後。
ゼン=ヴァルニールは、魔導雑貨を扱う企業に“開運アドバイザー”として就職した。
試しに出た販促イベントで、商品紹介をしただけで売上が跳ね上がり、
いまや“波動のわかる男”として、準マスコット的存在になっているらしい。
「……まさか、ほんとに“スピで食える”とは思いませんでした」
ミーナが斡旋報告書をまとめながら、ぼやく。
「世の中、“本気で信じてるやつ”ってのは、一定数需要あるんだよ」
「……でも、こういうスピリチュアルな方って、もっと女性に多いと思ってました」
「それは偏見だな。拗らせるのに、性別も種族も関係ねぇよ」
「……うわ、深い。ギルマスっぽい……」
「だから“ギルマス”なんだよ」
その言葉に、ミーナはふふっと笑った。
導きでも、偶然でもない。
今日もギルド・ラストリーフ支部は、地に足つけて“働く道”を探している。