第四十六話 回復術士
「ゴルザンさん、今日は“回復術士”の方ですよ」
朝の帳簿を見ながら、ミーナが声をかける。
「ほう。戦場帰りの奴か、診療所系か……」
ゴルザンはマグをくいっと傾けると、
どちらにしても神経すり減らしてる職だな、とつぶやいた。
ほどなくして現れたのは、静かな風貌の中年男性だった。
髪にはうっすら白いものが混じり、肩には使い込まれた回復杖。
「……私の名はカリス=ベルノール。戦場付きの回復術士として、十数年勤めてきました」
ゴルザンとミーナに礼を述べながら、丁寧な所作で席に座る。
「実は、今回の相談は職の紹介というより……進路の再考、に近いものです」
ミーナが目をぱちくりさせた。珍しいパターンだ。
「現職をお辞めになるのですか?」
「いいえ。ただ……回復術士として治せるものには、限界があると、最近感じていまして」
カリスの目が少し曇る。
「怪我や病気は、治せます。腕もある。知識もある。
けれど……戦場で心に傷を負った者を、私はどうしてやることもできない」
静かなギルドの空気に、重たい沈黙が落ちた。
「心の傷、ですか……」
ミーナがゆっくり問い返す。
「はい。外傷は癒えても、夜にうなされ、戦友の幻を見て怯える者たちを何人も見てきました」
「……わかります」
ゴルザンが、珍しく真顔になってうなずいた。
「俺も昔、戦地で働いたことがある。体は治っても、心の方はな……どうしてやればいいか、わからねえ」
「だから、学びたいのです。回復術士としての経験を土台に、心を癒す技術を」
ミーナが、目を輝かせた。
「それって……カウンセリングですか?」
「はい。王都に、医療心理学を学べる学校があると聞きました。
現場を一時離れる決断は苦しいですが、今の私には必要なことだと感じています」
ミーナはしっかりと頷いた。
「いつからでも、学ぶことは始められますもんね」
ゴルザンも口角を上げる。
「十年選手が新たに学ぶ姿ってのは、若ぇもんにとっても刺激になる。
そんだけ修羅場をくぐってきたあんたなら、きっといい回復士にも、カウンセラーにもなれるさ」
カリスは静かに、けれどどこか誇らしげに笑った。
「ありがとうございます。そう言っていただけて、少し肩の荷が下りた気がします」
ミーナはふと、心の中で思った。
(傷を癒すって……ただ治すだけじゃないんだ)
***
後日、カリスは再びギルドを訪れていた。
「あ……カリスさん!」
そこには、あの日と変わらぬ穏やかな表情の回復術士が立っていた。
「その節はありがとうございました。無事、入学願書を提出できました」
手には、王都の医療学院の封筒。そして、もう一つの小さな封筒を、そっとミーナに差し出す。
「こちら、進学の推薦状……お願いできればと」
ミーナは目を丸くした。
「ゴルザンさん宛……?」
そのとき、カウンター奥から現れたゴルザンが、小さくうなった。
「ったく……面倒事を増やしに来たのかよ」
そう言いつつも、彼は封筒を受け取り、ざらついた指で丁寧に開封する。
しばらく目を通し、鼻を鳴らす。
「──ああ、書いてやるよ。俺も本気で応援してるからな」
その言葉に、カリスの表情がふっと和らいだ。
「……ありがとうございます」
ゴルザンはさらさらと筆を走らせ、最後に署名を入れる。
「これで正式に“この街の推薦を受けた男”だ。胸張って行ってこい」
そのやり取りを、ミーナはどこか誇らしげに見つめていた。




