第四十五話 薬師
「ゴルザンさん、この方、もう五十代なんですよね」
帳簿を見つめながら、ミーナが小さく呟いた。
「え、見えないって意味か? それとも、五十代で転職って珍しいって意味か?」
「両方です。書類の感じとか、ものすごく几帳面で、現役バリバリって雰囲気で……」
「そりゃまあ、“粘り強さ”が売りの薬師だしな」
「粘り強さ……いいですね。見習わなきゃ」
「お前、粘りすぎて空回りしてるときもあるけどな」
「……それはゴルザンさんもです!」
そんな冗談を交わしていると、扉が静かに開いた。
「失礼します。面談の予約をしていた、セリナ=ヴェルナーです」
落ち着いた声と、しなやかな身のこなし。
控えめな笑顔を浮かべた女性は、年齢を感じさせない気品を纏っていた。
「本日はどういったご相談で?」
「はい。現在も薬師として働いているのですが……そろそろ、次のステップに進みたいと思いまして」
「次のステップ?」
「はい。薬師としてやっていくなかで、錬金術の知識も少しずつ勉強してきました。最初は独学でしたが、最近、とある素材の反応について独自の検証に成功して……」
「へぇ、薬師と錬金術の融合ってわけか」
「ええ。ただ、それを活かせる場がなかなかなくて。王都の研究機関にも問い合わせたのですが、“薬師あがり”だと門前払いで……」
セリナは苦笑した。
その笑みに、ただの愚痴ではなく、誇りと覚悟が滲んでいた。
「ミーナ、王都の研究チームに繋がりあったよな」
「はい、あります! 以前、調査依頼を受けたときに!」
「話、通してみな。試す価値はある」
ミーナはぱっと表情を明るくし、うなずいた。
──数日後。
「面談、うまくいったみたいですよ!」
ミーナが笑顔で報告書を手に戻ってくる。
「王都の研究チームの副長が直接対応してくれたみたいで、“こういう人材こそ必要だ”って絶賛だったそうです!」
「やっぱりな。尖るのが遅くても、突き詰めりゃ何かになる」
「セリナさん、“薬師と錬金術師、それぞれの視点からの調合は、片方だけでは見えないものが見える”って言ってたんです」
「“相乗効果”ってやつだな。どっちかを否定するんじゃなくて、両方あるからこそ意味がある」
セリナ=ヴェルナーは、今後も薬師の仕事を続けつつ、研究チームにも非常勤で参加することになった。
粘り強さと知識、そして探究心。
それらを重ねてきた時間が、やっと実を結び始めたのだ。
「なんか……年齢を重ねるって、いいなって思いました」
「おう、そう思えるうちは若い証拠だ。……ま、俺もそろそろ実績まとめとくかな」
「え、引退ですか?」
「誰が言った」




