第三話 耳だけいいエルフ
「…なんか、“自分探し中”っていう志望者多くないですか?」
ミーナがカウンターで求職票を整理しながら、ぼやく。
「そういうやつに限って、自分のこと全然見えてねぇからな」
「夢があるのはいいことじゃないですか」
「現実見てから夢語れって話よ。ほら、新人ちゃんもそろそろわかってきただろ?」
「……さすがに履歴書に “勇者志望” って書いてあるのを見ると、うっ……てなります」
「だろ?」
苦笑いしているところに、カララン、と扉の鈴が鳴った。
「失礼します。登録の面談、お願いしていた者です」
すらりと背の高い青年が姿を現す。淡い銀髪と尖った耳。
装備は軽装だが、どこか品のある立ち振る舞いは──間違いなく、エルフ族。
「シルフィン=ラルメアと申します。本日はどうぞ、よろしく」
「ミーナ=ルクトリアです。こちらこそ、よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げたミーナの向かいに、シルフィンが腰を下ろす。
「では、まずご希望の職種を……」
「弓兵を志望しております」
即答だった。
「なるほど、エルフといえば弓……ですね。では、実技試験の結果を──」
ぱらぱらと書類をめくったミーナの動きが止まる。
「……的、一本も当たってませんね?」
「……はい」
「あと、反応速度テストは平均以下、走力も人間基準の下位……」
「……はい」
「う、うーん……!」
困惑するミーナを尻目に、シルフィンは静かに言った。
「……ただ、“耳”だけは自信があります」
「耳……ですか?」
「はい。雑談を聞くのが得意なんです(ドヤ顔)」
「雑談!?」
あまりに真顔だったので、ミーナは思わず声を上げた。
「例えば、さっき裏の書庫で“ミーナさんはもうちょっと落ち着いた服を着た方がいい”って言ってたのは、あの猫背の事務員さんです」
「えっ……!?」
「昨日、帳簿の文字が小さすぎるって文句言ってたのは、そこの背の高い人。あと、おととい──」
「わーわーわー! ちょっとストップ! プライバシーありますから!」
耳まで真っ赤にして慌てるミーナの後ろから、コーヒー片手のゴルザンがぼそりと漏らす。
「……おい新人ちゃん、このエルフ、ちょっと面白いかもしれねぇぞ」
その日の面談が一通り終わったあと、ふたりは書庫の隅でこそこそと話を始めた。
「で、何が面白いんですか? この人ただの盗み聞き魔じゃ……」
ミーナの言葉に、ゴルザンはニヤリと笑う。
「耳がいいってのはな、情報の世界じゃ武器なんだよ」
「情報……?」
「そう。聞いてたんだろ? 井戸端の会話、物音、誰が何を言ったか──。全部拾えるなら、斡旋のしようがある」
──翌日。
「本当に行くんですか!? 盗賊の潜伏先調査に、私たちだけで!」
「大丈夫だって。新人ちゃん、今日は“現地研修”だ」
「斡旋じゃなくて捜査研修!? 研修の範囲、広すぎません!?」
向かったのは、街外れの交易路近くにある村の市場。
最近、物資の盗難が相次ぎ、“盗賊が潜んでいるのでは”と噂されていた。
「ほら、耳。使ってみろ」
「……命令されて使うものじゃないんですが……」
ぶつぶつ言いながらも、シルフィンは耳を澄ませる。
人々の話し声、遠くの馬の蹄音、風に乗った──微かなささやき。
「……ありました。“あの納屋、また動いてた”って……」
「納屋?」
「市場の裏通りにある古い倉庫。昨日も夜中に誰か出入りしてたって。あとは……“誰かが地図を持ってた”って、噂話が……」
「……充分だ」
ゴルザンがにやりと笑って、仕込み済みの守備隊に連絡を飛ばす。
数時間後。
問題の倉庫から、盗賊一味が見事に捕らえられた。
──ギルド支部、後日。
「ってわけで、“情報収集補佐職”に推薦しておいた。どうせ弓じゃ食えねぇしな」
「ううっ……でも、いつかは……」
「……“いつか”より“今できること”で、まず食え」
そう言ってゴルザンが書類をトンと押すと、シルフィンは悔しそうに笑った。
「……耳を活かせる仕事なんて、考えたこともなかったです。ありがとうございました」
静かに去っていくエルフの背中を見送りながら、ミーナがぽつりと呟く。
「弓にこだわってたけど、あの人、“今の自分”をちゃんと受け入れたんですね」
「そういうやつ、強ぇよ」
「……というか、なんでこのギルドに来たんでしょうね? 他にも職業斡旋してるところ、あるのに」
「聞こえたんだろ。俺らの会話」
「えっ、いつの!?」
「たぶん……“勇者志望”でうっ……てなってたとこ」