第二十五話 食堂のおばちゃん
「今日、朝定の卵焼き、ちょっと甘かったですよね」
「うん、たぶん“推しのこと考えてた”な」
「え、ゴルザンさんわかるんですか!?」
「甘さのバランスで、その日の機嫌が読めるのが、常連の特権ってもんよ」
そんな会話が交わされるラストリーフ支部近くの定食屋《まるまる亭》。
その女将であるマーサ=グレンナが、ある日ギルドにふらりとやってきた。
「ミーナちゃんこんにちは。ここも久しぶりに来たわね」
「……あれ? 今日は定食屋お休みですか?」
「うん。ちょっとね、働き方を見直そうかと思って。ついでに、相談」
ミーナはぱちくりと目を瞬いた。
「体調、大丈夫ですか!? いつも頑張ってらっしゃるから……!」
「体は元気。でも、心がちょっと浮かれててね」
マーサはくすりと笑って、小さなファイルを取り出した。
中には、魔導ドラマのブロマイド。キラキラの笑顔の若手俳優が並んでいる。
「……えっ、推し、ですか?」
「そう。魔導法廷モノのドラマ、『判決の一閃』って知ってる?
あれに出てるトライスくんがもう……笑顔が光魔法なのよ」
「“笑顔が光魔法”って表現すごいな」
ゴルザンが唸る横で、ミーナは手をぱんと叩いた。
「つまり、推し活のために、働き方を調整したいってことですね!」
「うん。でもね、あの店、長くやってるし……常連さんもいるし……
あたしがいないと、なんだかんだ回らないのよ」
「でも、そのまま続けたら、マーサさんの“笑顔の光魔法”が曇っちゃいますよ」
「いいこと言うわね」
マーサは笑いながらも、少しだけ目を伏せた。
「昔はね、家庭持ってて。今は独りで気楽だけど、仕事っていう“居場所”がずっと支えだったの。
だから、減らすっていう選択肢が怖くて……」
「でもよ、仕事が“全部”ってのも、ちと重いぜ」
ゴルザンがぼそっと呟いた。
「むしろ推し活ってのは、仕事をがんばる理由にもなるんだろ?」
「それは……そうね。仕事が終わったら、推しのドラマ観て、次のイベントに備えて、グッズ整理して──」
「もはや立派な魔導スケジュールだな」
「わたし、今が一番“生活してる”って気がするのよ」
マーサのその言葉に、ミーナは小さくうなずいた。
「じゃあ、一緒にバイト募集出しましょう! キッチン補佐の若手を探して、マーサさんは昼だけ出勤! 午後からは“光魔法”!」
「それ、ちょっと言い方がクセ強いけど、いいわね!」
***
──数週間後。
《まるまる亭》は、昼の営業のみになった。
夕方には閉まるが、その分ランチメニューが少し豪華になり、
若手のキッチン担当が新しいデザートを開発するなど、ちょっとした話題にもなっている。
「そういえば、最近おばちゃん、めっちゃ早口で“午後の予定”話してきますよね」
「それはな、“推し活の舞台配置”が重要だからだ」
「忙しいのに……めっちゃ楽しそうですよね」
「楽しむために働く──それでいいじゃねぇか」
ミーナは思わず微笑んだ。
マーサ=グレンナ、今日も光魔法全開。




