第二話 握力85
「最近、力仕事の求人ばっかりですよねぇ……」
カウンターの書類をパラパラとめくりながら、ミーナがぼやく。
「それはお前、筋肉の時代だからな。筋肉があれば大抵の問題は──」
「解決しませんよ?」
「そうだな、筋肉で会話はできねぇしな……俺、昨日寝違えたし……」
「歳じゃないですか?」
「……」
そんなやりとりをしていると、控え室の扉がノックされた。
「失礼します。面談の時間、いただけるとのことで……」
現れたのは、日雇い仕事で見覚えのある青年──グリオだった。
──
「適職相談ですね!よろしくお願いします!」
ミーナは、張り切った声で向かいの青年に笑顔を向けた。
「よろしく……お願いします……」
グリオ=ハイネ、19歳。農村出身の青年。
素朴な顔立ちに、焼けた肌、大きな両手と、がっしりとした前腕。
そして───握力85。
「えっと、まずは冒険者登録時のデータから拝見しますね。……握力、八十五?」
「はい…」
「すごいですね!? でも、スキルは……未取得? 魔力適性も……なし?」
「はい……。少しだけ、ほんのちょっとだけ魔力は出るんですけど、武器にも通らないって言われて……」
「ああ、それで戦闘職で落とされ続けてるのか……」
「でも、戦闘職をご希望なんですよね?」
「はい。でも、剣も斧もダメで、反応が鈍いって。格闘試験も、なんか壊しすぎたって言われて……」
「器用さの判定もアウト、反応速度も低め、魔力もほぼゼロ……そりゃ“戦う職じゃない”って烙印押されるわな」
「そんな……でも、グリオさんはすごく頑張ってて……」
「おうおう、泣くな新人。ほら、まだ諦めるには早いだろ?」
スキルなし、魔力適性もごくわずか。
何度も他ギルドの門を叩いてきたが、彼に合う職は見つからなかった。
「今は、日雇いで支柱の修復とか……石材を運んだり、削ったり……」
「……削ったり?」
──その日の午後、広場にて。
壊れた石像の修復現場の片隅で、グリオは余った魔動石の端材をそっと手に取っていた。
指先に、かすかに──ほんのかすかに、青白い光がともる。
誰にも教わったわけじゃない。
でも、なぜか“石を撫でている時だけ”、魔力がわずかに応えてくれる。
握力で砕くわけではない。
丁寧に、やさしく、石の輪郭を撫でていく。
まるで石が「こうしてほしい」と訴えてくるかのように、彼の手は自然に動いた。
──そして、できあがったのは、まんまるの“ゆるい石の顔”。
「なにこれー! 顔!? 笑ってるー!」
「なんか変な顔ー! かわいー!」
子どもたちが大はしゃぎで石像を囲み、撫で回し、帽子をかぶせて遊び始めた。
「それ、君が彫ったの?」
「えっ、あ……はい。練習、というか……気づいたら」
「なんかいいな……こういうの、街にもっと置きたいかも」
広場担当者がぽつりと呟いたそのとき──
裏路地の陰からその光景を見ていた男が、静かに笑った。
「……面白ぇな、あいつ」
──翌日。
「おい、グリオ。これ、彫ってみろ」
ギルド裏の倉庫で、ゴルザンが魔動石の端材をポンと放る。
「え、素手で……?」
「ああ。普通は魔導ノミ使うんだが、お前ならいけるだろ」
グリオはそっと石を持ち上げ、指先に意識を集中させる。
すると──昨日と同じように、青白い光がほのかに灯り、石の表面がつるりと削れた。
(あ……これ、昔から……)
自分でも理由はわからなかったが、“石を触っている時”だけ、
なぜか手がしっとり馴染むような感覚があった。
「……やっぱ、普通じゃねぇな」
「ほんとに、削れてる……!」
ミーナが目を丸くする。
「たぶん、指先にだけ魔力制御の適性があるんだろうな。こういうタイプ、めったにいねぇ」
「え、僕……そんな特別な……」
「彫るために生まれたんだよ、お前は」
ぽん、とゴルザンが肩を叩いた。
──数日後。
例の“ゆる顔石像”は、広場のすみに設置され、
子どもたちの人気者になっていた。
それを見ながら、グリオは少し照れたように呟く。
「……あれ、俺、作ったんですよ」
その背中を、ミーナとゴルザンは並んで見守っていた。
「というわけで、広場整備局の“魔動石加工補助職”に就職決定、っと」
「本人、最初は“戦えないから失格”みたいに思い込んでたみたいですけど……今は、すごく楽しそうですね」
「世の中、“壊せる”より“削れる”ほうが珍しいもんだ」
「……名言っぽいこと言いました?」
「気のせい気のせい」
ゴルザンはそう言って、今日もぬるくなったコーヒーを啜る。
「そのうち、街中に“ゆる顔像”が並んだりしますかね?ほら、“幸運を呼ぶ石像”とかって!」
「おう、観光協会の依頼が来たら回しとけよ。うちが発掘したってことでな」
「え、それってギルドの手柄に……?」
「当たり前だろ。あいつ、うちの“卒業生”なんだからよ」
どこか、誇らしげなその横顔に、
ミーナは小さく「……はいっ」と笑った。