第一話 勘違い系主人公
「……今日もお客さん来ませんねぇ」
ミーナはカウンターの上に頬を乗せ、ぱたぱたと書類で顔を仰いでいた。
対面では、ゴルザンが湯気の立たないマグを傾けている。
「そんな日もある。ってか、そんな日ばっかだ。ウチは“没落ギルド”って看板出してるようなもんだからな」
「ひどくないですか!? せめて再建中って言ってくださいよ、再建中って!」
「おっけーおっけー、“絶賛再建中!”って貼り紙でも作るか?」
「フォントは丸ゴシックでお願いします!」
「ポップすぎだろ……」
そんなふざけたやり取りをしていたところで──
カララン、と扉の鈴が鳴った。
現れたのは、まだ少年の面影を残す金髪の青年。背は高めだが、あちこち擦れたマントと荷物袋が“旅慣れてない感”を演出している。どこかふわっとした空気を纏っていた。
「すみません、ここって……冒険者ギルド、ラストリーフ支部ですか?」
「あっ、はい! ようこそお越しくださいました!」
ミーナが立ち上がってお辞儀すると、青年は安心したように笑った。
「よかった……なんか、ここに来たら“何か始まる”気がして……」
「はえ〜、詩人系男子かいな」
ゴルザンがマグを置いて、椅子を軋ませながら立ち上がる。
「名前は?」
「あ、俺、ソルトです! ソルト=グランヴィア!」
「グランヴィア……聞き覚えねぇな。どっかの貴族?」
「たぶん違います! いや、でも母さんが“名に恥じぬ男になれ”って……!」
「お、おう。勢いはあるな」
「で、希望職種は?」
「えっと……なんか、よくわかんないんですけど……」
ソルトは言葉を選びながら、真剣な顔になる。
「俺、よく“運がいいね”って言われるんですよ。旅してても事故に遭わないし、寝坊しても間に合うし、なんか……“選ばれてる”感があるっていうか……!」
「でたな、“なんかすごいことになりそう枠”……」
「え、なんですかそれ?」
「こっちの話だよ」
ゴルザンはふっと笑って、目だけが少し鋭くなる。
(……スキル、【幸運】か? しかも無自覚。たちが悪いタイプの引き強だな)
「なるほど、わかりました! グランヴィアさんには、その“感覚”が活かせる職を全力でお探ししますっ!」
「ほんとですか!? すごい! なんか、やっぱここに来てよかった気がする!」
「はーい、ではミーナちゃん、張り切ってどうぞ〜」
「何ですかその雑な投げ方!」
──ミーナは資料棚の前に立ち、鼻歌まじりに求人票をめくっていた。
「運がいい人に合う仕事……運を活かす職業……うーん、運輸? あっ、語呂だけだった」
一枚一枚、紙をめくるたびに想像が膨らむ。
「お城のお宝運搬係……いや、初日でクビになりそう……じゃあ! 高難易度の探索ルートの道案内!? いや、あれは経験者枠か……」
ぽん、と自分の頬を軽く叩く。
「だめだめ、現実的な求人から探さなきゃ。でも、“導かれるように来た”って本人も言ってたし……絶対何かあるはず!」
目の奥がきらりと光る。彼女の中で、まるで“職業が人を呼んでいる”かのようなロマンが爆誕していた。
──その頃、ソルトはギルドのロビーの椅子に腰掛け、天井を見上げていた。
(なんか……不思議だな。ほんとに、俺って何かに導かれてる気がするんだよな)
(この間だって、道に迷ってたら偶然助けてくれる人に会ったし、昨日もパンが半額だったし……)
(偶然にしちゃ、できすぎてる……)
ふと、カウンターの向こうで書類に目を通すミーナの横顔が目に入る。
(この人も、なんか……すごく一生懸命で。なんとなく、信じてみてもいいかなって)
彼は、まだ気づいていなかった。
自分の“選ばれし感”の正体が、ただのスキル【幸運】であることに。
「──というわけで、こちらが現在募集中の求人です!」
ミーナは張り切って、分厚い求人ファイルをドンとカウンターに置いた。
「へ、へえ……けっこうあるんですね……」
「はい! こちらは街の守備隊補助、こっちは薬草摘みの現場補助、そしてこちらは、荷運び補佐──!」
「補助ばっかじゃないですか!?」
「未経験歓迎って、そういうことなんです!」
一方その頃──
ゴルザンは、街の西側にある管理局の詰所にいた。
「また来たのか、ルクトザーク」
「よっ、現場長。例の“無事故”エリア、今誰が担当だっけ?」
「ん? ちょうど空きが出てたが……お前、またワケありのを押しつけに来たな?」
「まあまあまあ、聞いてくれ。新人で、アホみたいに運がいい。罠も踏まない、道で転ばない、寝坊してもなぜか間に合う」
「……本当に?」
「マジ。試しにひと月だけでも雇ってみなって。“事故ゼロの神童”って話題になるかもよ?」
「……検討してみよう。報酬の相場は?」
「ミーナちゃんが交渉中で〜す☆」
「おいコラ」
──そして夕方。
「えっ、俺、雇われるんですか?」
「はいっ。しかも好条件で!」
ミーナが満面の笑顔で伝えると、ソルトはぽかんと口を開けた。
「うわ……なんかすごい。こんなスムーズに決まるなんて、初めてです……!」
「それも、あなたの“何か持ってる”おかげじゃないですか?」
「へへ……そうかもしれません!」
彼の笑顔は、本当に眩しかった。
その背後では、ゴルザンが缶コーヒーを片手に柱にもたれている。
「なーんもわかってねぇな、あの坊主……」
「でも、幸せそうでしたよ?」
「そりゃそうだ。“何も起きない”ってのは、ある意味で最高の才能だよ」
「……なんか、今いいこと言いませんでした?」
「うん? 気のせい気のせい」
カウンター越しに目が合い、ミーナが小さく笑う。
ゴルザンはそっぽを向いて、またぬるくなった缶を煽った。