プロローグ 初対面
「本日より、第二十一等級冒険者ギルド・ラストリーフ支部に配属となりました、ミーナ=ルクトリアと申します! セントフロリア高等学院では魔導理論と職能適性学を専攻しておりました!」
快活な声が、埃の舞う薄暗いギルド事務所に響いた。
目の前には、年季の入った木製カウンターと、紙の山に埋もれた男の背中。
カウンターの向こう側にいた男は、帳簿をにらんだまま、顔すら上げずに言った。
「あー、よろしくー」
それだけ。
再びカリカリと羽ペンを走らせ、男の視線は帳面に吸い込まれていく。
ミーナは、びしっと背筋を伸ばしたまま固まった。
……あれ?
今、自己紹介……しましたよね?
しかも割と気合い入れて。ちゃんとした敬語で。完璧だったはず。
「……あの、ゴルザンさん、でよろしいでしょうか?」
勇気を出してもう一度尋ねると、男はようやく体を椅子に預け、面倒くさそうに天井を仰いだ。
「うん、ゴルザンで合ってる。で、新人ちゃん、なんか聞きたいことある? なければその辺の書類、今日中に目ェ通しといてくれればOKだから」
「……えっ」
そのひとことで、ミーナは一瞬でこの先の不安が胃にずしんと来るのを感じた。
──え、これ、ほんとに任されて大丈夫な現場ですか?
あんなにピカピカの制服で送り出されたのに。
初任地、ここで合ってるよね? いや、合ってたけど!
机の上には書類の山。
壁には剥がれかけた掲示紙。
窓の外には、くたびれた看板。
あれ、“没落ギルド”って冗談じゃなかったの……?
ゴルザンはというと、すでに机に足を乗せ、マグカップ片手にぼーっと外を見ている。
「なぁ、新人ちゃん。硬すぎると背中壊すぞ。ま、そのうち慣れる。……たぶん」
そのゆるすぎる笑みに、ミーナはただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
──こうして、ミーナ=ルクトリアの“社会人一年目”は始まった。だ呆然と立ち尽くすしかなかった。