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勇者魔王短編作品

だから俺は勇者でもコピー能力者でもなくて、ただの“モノマネ芸人”なんだっての!

 俺は木崎(きざき)鉄郎(てつろう)、32歳。

 職業は芸人。いわゆる“モノマネ芸人”ってやつだ。

 レパートリーは軽く100以上。同じ芸人はもちろん、歌手、スポーツ選手、俳優なんかのモノマネもこなす。多少無理して高い声を出せば、女性のモノマネもイケる。

 イベントに呼ばれたり、時にはテレビに出させてもらったり、と自分のポジションは確立しつつあった。

 そんな矢先、俺はとんでもないことに巻き込まれてしまう。

 なんと“異世界”に召喚されてしまったのだ――




 気づいたら、俺はどこか豪華な建物の中にいた。

 確か俺は仕事を終えて、家に帰宅する途中だったはずだが……。

 王冠をつけた、貫禄あるヒゲのおっさんが俺に向かってこう呼びかける。


「おお……勇者よ!」


 は? 勇者? 誰が? 俺が?


「どうやら召喚に成功したようです」


 隣にいる若い男もにっこり微笑む。なんていうかこの男は“魔法使い”って感じの格好をしている。

 さらにその隣にはドレスを着た綺麗な女の子もおり――


「これで我が国は救われますのね!」


 なぜか目を輝かせて喜んでいる。

 全く状況が分からないので、俺は彼らに聞いてみることにした。


「すみません、色々と事情があるようですが、どういうことか教えてもらえますか?」


 ……説明を受け、だいたいの事情は分かった。

 どうやら、ここは俺がいた世界ではないらしい。俺は異世界に召喚されてしまったようだ。この豪華な建物は城の中というわけ。

 近頃は異世界物の漫画やアニメが流行っており、俺もいくつか見たことがあるので、自分でも驚くほどすんなり受け入れてしまった。


 そして、ヒゲのおっさんの名前はダロム。この国の王様とのこと。見た目はちょうど、トランプのキングのカードに描かれた王様みたいな感じだ。

 隣の若い男は俺の直感通り魔法使いで、名前はマイウス。宮廷魔術師だという。

 赤いドレスを着た金髪の女の子は、メリーネというお姫様。ダロム王の娘さんだな。


 この王国はどうやら“魔王”って奴に狙われてるらしく、そのために宮廷魔術師マイウスが勇者召喚を試みたら、俺がここに来てしまったってわけ。

 事情は分かった。だけど俺はモノマネ芸人であって、勇者でもなんでもない。

 そのことを説明しようとしてもダロムって王様は――


「俺は勇者なんかじゃないんですよ!」


「いや、勇者に間違いない。なにしろ勇者召喚の儀を行ったら呼び出せたのだからな」


「いやだから俺はモノマネ芸人でして……」


「モノマネ? モノマネとはなんだ?」


「なんていうか、人のマネをする職業というか……」


「おおっ、いわゆる“コピー能力者”というやつか!」


「はぁ?」


「いかなる技や魔法もすぐにコピーして自分のモノにしてしまうという……まさに勇者に相応しいスキル!」


「それは頼もしい……!」とマイウス。


「まぁっ、必ずや魔王を倒してくれそうですわ!」メリーネ姫も乗ってくる。


「勇者よ、おぬしのコピー能力で魔王を倒し、世界に平和をもたらしてくれ!」


「だから俺は勇者でもコピー能力者でもなくて、ただのモノマネ芸人なんだっての!」


 いくらいっても聞く耳を持たない。

 よくゲームなんかでも、頼みを聞かない限り、


「この国を助けてくれ!」

「いいえ」

「そこをなんとか!」

「いいえ」

「そこをなんとか!」


 こんな具合に無限ループするような場面があるが、まさにあんな感じだなと思った。

 こうなったらもう、やるしかないじゃんか。


「……分かりましたよ、やりますよ。やってみます!」


「おおっ、ありがとう、勇者よ!」


 ヤケクソ気味に答えた俺の手を、ダロム王が握り締めてきた。あーあ、どうせならメリーネ姫の方がよかったな。


「ああ、そうそう。おぬしの名前はなんというのだ?」


「えーと、木崎鉄郎です」


「ほぉう……よし、勇者テツローよ、この国の命運、おぬしに託す!」


 俺は『勇者テツロー』にされてしまった。命運も託されてしまった。

 とりあえず、やれるところまでやるしかないのか。


「えーと、で、俺は今後どうすればいいんです? やっぱり装備を整えて旅立つんですか?」


「いや、魔王は三日後には向こうから攻め込んでくるはずだ」


「はぁ!? 攻め込んでくる!? しかも三日後!?」


 なんのプランもなければ時間もなさすぎる。

 芸能界でもこんな無茶振りされたことはなかったぞ。

 ただもう引き受けちゃったし、この三人はすがるような目つきで見つめてくるし、逃げられそうにないし、やるしかない。

 ――俺なりの方法で。


「あの……何か魔王たちの情報ってありませんか? できれば映像がいいんですけど」


「それならありますよ」


 マイウスがこう言ってくれた。

 以前にも魔王が攻め込んできたことがあり、その時の様子を水晶玉に記録していたという。

 俺たちの世界でいうビデオカメラみたいな技術がこっちにもあったんだな。


「さっそくそれを見せてくれないか!」


「かまいませんけど……」


 俺はマイウスから水晶玉を借りる。簡単な操作をすれば、俺でも映像を再生することができた。

 中には確かに魔王や魔族たちの姿や動きが克明に記録されていた。

 あとはもう、俺なりにこいつらのことを“研究”するだけだ。


 俺はダロム王たちに「三日後まで一人にしてくれ」と言い、城内の部屋に閉じこもり、じっと水晶玉を見続けた。

 プロのモノマネ芸人として――



***



 三日が経ち、ダロム王たちが血相を変えて部屋に入ってきた。


「勇者テツロー、魔王軍がやってきたぞ!」


 俺はうなずき返す。


「とりあえず、こっちもやるべきことは終わりました」


「ということは、勝てるのだな?」


「分かりません……。ですが、芸人として最善を尽くしてみせますよ」


 気分は妙に落ち着いている。この三日でやれることはやった。俺も腹をくくった。

 王国首都の城壁の外には、大量の化け物たちが押し寄せていた。

 そのボスを務めているのが、魔王だ。水晶玉で何度も見たからすぐに分かった。


「フハハハハ、人間どもよ! 今日こそ滅ぼしてくれようぞ!」


 魔王は全身が青く、頭には角が生え、鋭い目をし、髭を生やした大男だった。

 水晶玉の記録でも、恐ろしい強さを発揮していた。


 すでに王国の兵士たちが陣形を作っていたが、俺は彼らをかき分け、魔王軍の前に出る。

 召喚された時のまま、白いシャツとグレーのズボン姿で。


「なんだ貴様は?」


 魔王が質問してきた。


「俺は木崎鉄郎。こっちじゃ勇者テツローってことになってる」


「勇者……!」


 勇者という単語に反応してきた。

 どうやら向こうさんにとっても“勇者”という言葉は特別な意味合いを持つらしい。


「貴様がワシと戦うということか」


「いや、戦うつもりはない」


「なに?」


「俺は……あんたのモノマネをする!」


「モノマネ!?」


 こういうのは先手必勝。もうやるしかない。

 俺は自分の顔を強張らせて、魔王っぽいフェイスを作った。


「魔王モノマネシリーズ!」


 俺は大勢の魔物の前で、いつもやってるように芸を始めた。


「まずは……『笑う魔王』」


 俺は腹の底から声を出した。


「フハハハハ……! フハハハハ……!」


 俺は魔王のモノマネをした。我ながらかなり似ていると思う。

 すると――


「似てる……」

「ぷぷっ」

「上手いな」


 魔物たちが笑った。ちょっとウケた。

 手応えを感じた俺は次のモノマネに移る。


「続きまして、『魔法を撃つ時の魔王』」


 魔王は一度右手を真上に上げてから、今度は勢いよく前方にかざし、魔法を放つ癖があった。

 俺はそれを忠実にモノマネしてみせた。


「スカァァァレット、インフェルノゥ!!!」


 そして魔法名を叫ぶ。

 この“スカーレットインフェルノ”ってのは、広範囲を焼き尽くすような紅蓮の炎が飛び出す恐ろしい魔法だ。

 もちろん、俺はそんなもの使えないが、魔王の唱え方を忠実に真似てみた。


「似てる……」

「ぶふふっ!」

「そっくり……!」


 かなりウケている。

 魔王本人も困惑しつつ、どことなく嬉しそうな表情を見せる。

 「え、ワシってあんな感じなの?」って言っているかのようだ。


 俺の魔王モノマネはまだまだあるぞ。


「『マントで防御をする時の魔王』」


 俺は腕を動かし、マントで身を隠すような動作をする。


「『部下を叱りつける時の魔王』……バカモンがぁぁぁ!!!」


 魔王のように怒鳴りつける。


「『魔王の歩き方』」


 威圧するような歩き方を忠実に再現する。


 どれもこれも、魔王軍の連中に大ウケしている。

 当の魔王も、照れるような仕草を見せている。彼はモノマネされるのが嬉しいタイプなんだな。

 だが、俺のターンはまだ終わらない。


「続いて、魔王軍モノマネシリーズ!」


 俺は両腕を突き出し、威嚇するようなポーズを取る。


「グレートデーモンのモノマネ。『グレートデーモンの攻撃の仕方』」


 グレートデーモンの必殺技は爪による切り裂き。あれを真似てみせた。

 これだけでは終わらない。なにしろ俺は「一人歌手メドレー」だってできる男なんだ。


「『腕を振り回すゴーレム』」

「『コカトリスの鳴き声』」

「『スライムがダメージを受けた時の挙動』」


 水晶玉に映っていた魔物たちの動きを片っ端から真似まくる。

 さすがにスライムは無茶だろうと思う人もいるかもしれないが、場合によっては動物の真似だってやってのけるのがモノマネ芸人だ。

 スライムの真似をするぐらい朝飯前ってやつさ。


 正直いって楽しかった。

 俺に戦闘能力は一切ないから、モノマネをやり終えたら多分殺されちゃうんだろうけど、不思議と怖くはなかった。

 人生最後にこんな命懸けの大ステージに立てたことが嬉しかった。

 この時のために俺はモノマネ芸人になったのかな、とさえ感じた。


 俺のステージは一時間ぐらい続いただろうか。

 三日間で研究した俺のモノマネレパートリーもとうとう尽きた。

 最後に感想を聞いてみようと、俺は魔王に話しかける。


「どうだった?」


 すると、魔王は――


「楽しませてもらった……」


「どうもありがとう」


 俺は勇者というか芸人として答える。


「大したものだ。あそこまで我々の真似をできる人間がいるとはな。こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ」


「そこまで言ってもらえると芸人冥利に尽きるよ」


 魔王の顔つきは最初見た時よりずいぶん優しげになっていた。


「そして……こうして大笑いしたら、貴様ら人類と戦うのがバカらしくなってきた」


「え?」


「ワシらは魔界に帰ろうと思う。なぁ、みんな!」


 部下の魔物たちもうなずいている。彼らの心もすっかり和んだようだ。

 魔王はマントでバサリと身を包むと、俺たちに挨拶する。


「もはや我らが来ることもあるまい……。人間たちよ、達者でな! フハハハハハ……!」


 そのまま魔王軍はまとめて消えてしまった。魔界とやらに帰ってしまったのだろう。

 俺は呆然と、魔王軍がいた場所を見つめる。


「何とかなった……のか?」


 俺が立ち尽くしていると、後ろから大勢が駆け寄ってきた。


「よくやってくれた!」ダロム王が俺を褒める。


「やはりあなたは勇者でした」マイウスも微笑む。


「本当に素敵!」メリーネ姫に至っては俺の頬にキスまでしてくれた。


 その後、俺は王国から大いに感謝され、たっぷり祝福され、勇者として歓待された。

 時にはモノマネを披露して、彼らを笑わせたりもした。

 美酒と美食に酔いしれ、みんなからチヤホヤされて、まさに夢のようなひと時だった。

 だが、夢とはいつかは覚めるもの。

 祝賀ムードも落ち着いた頃、俺はマイウスの手によって元の世界に戻してもらうことになった。


「勇者テツロー、おぬしの名は王国の歴史に未来永劫残るであろう」


 ダロム王の言葉に「俺もここでの出来事は一生忘れません」と返すと、光に包まれ、俺は元いた世界に帰還した……。



***



 元の世界に戻った俺は、相変わらずモノマネ芸人をやっている。

 しかし、その芸風は前より少しグレードアップしていた。


「架空モノマネシリーズ! 『笑う魔王』! フハハハハ……!」


 異世界で身につけた数々のレパートリーを“架空モノマネ”と称して披露するようになった。

 なにしろ三日間かけて命懸けで身につけた芸だ。披露しないともったいない。

 これがなかなかの好評で、仕事の幅は大きく広がった。あるアニメの魔王役の声優をやってくれ、なんてオファーまで来た。

 尊敬するベテランのモノマネ芸人さんからも「一皮むけたな」なんて言ってもらえた。

 色々大変だったけど、異世界での経験は俺の人生を大きく変えてくれたんだ。


 それにしても、芸は身を助けるなんていうけど、芸が世界を救ってしまうこともあるんだなぁ。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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魔王様ずいぶん簡単に撤退したけど元から本気で侵略する気はなくて暴発しそうな部下のガス抜きの為の遠征だったんですかね だからテツローが芸でそういう部下を笑い倒して毒気を抜いちゃったからこうすれば侵攻なん…
おおお(⊙⊙)‼ モノマネで魔王を撃退するとは! 凄いぞ勇者テツロー!ぱちぱちぱちぱち これこそプロ中のプロですね! でもさ。 >スライムの真似をするぐらい朝飯前ってやつさ。 いや、結構難しいと思…
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