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エピローグ

 悲鳴は、いまだに、銀河にとどろいているらしい。


 ブラックホールの近くでは、強すぎる重力によって時間が引きのばされているために、悲劇の女性は今でもブラックホールへの墜落をつづけているという。

 事故の発生からは、数千年の時が、たってしまっているというのに。


 彼女が発した悲鳴は、宇宙船の壊れかけの通信装置にかろうじてひろわれ、電波として宇宙に放出された。

 その宇宙船が、ブラックホールの内と外を分ける “事象の地平面 ”の向こう側に行ってしまっていたとしたら、電波といえども伝わってこなかっただろう。

 ブラックホールの大きさを意味する「シュワルツシルト半径」の内側からでは、電波といえども外には出られないから。


 だが、引きのばされた時間のなかにいるために、彼女をのせた宇宙船はそこにまで、数千年の時をへた今となってもまだ到達していない。

 だから、電波を銀河に、解き放つことができたのだ。


 ブラックホールのすぐ近くで放たれた電波には、巨大すぎる重力に時空がゆがめられているためだろうか、エリスの時代の科学にとっても謎である、不可思議な作用がもたらされたようだ。

 なんとその電波は、直径十万光年に及ぶ銀河系円盤の、あちらこちらで検知されるらしい。


 だから、ブラックホールに落ちるという事故を数千年にわたり体験し続けている女性の悲鳴が、銀河系の全域にとどろいているという、奇妙な事態にいたっている。


 悲鳴をあげる前に、彼女は幾つかのつぶやきを漏らしていたようだ。


 銀河のあちこちで検出される電波から読みとれる声と、彼女の発した声の、時系列の上での順番はめちゃくちゃになっているので、どの声が先でどの声が後か、はっきりとは分からないらしいが、どうやら、彼女は、悲鳴をあげる前につぶやきをもらしていたらしい。


 おそらく、本人も意識しないうちにもれ出てしまったつぶやきなのだろうと、考えられている。


 つぶやきも、一つの単語が通常空間においては。数十年もかかるというくらいにゆっくりと語られたものだ。

 彼女のいる空間と通常の空間での時間のながれるはやさが、あまりに違ってしまっているために、そんなことになっている。


 だから、つぶやきの内容の解明にも時間がかかったということだが、最近になって、ようやく判明したらしい。

 それによると、彼女は、彼女の領民にたいして知らぬうちに、苛政をあたえてしまっていたことや、それに気づくチャンスはあったのに見てみぬふりをしてしまったことに、ブラックホールに落ちるにいたって、ようやく気づいたらしい。


 結果として、領民の暴動を招いてしまい、それから逃れる途中でブラックホールに落ちるという事故に遭った彼女が、数千年以上もかけて墜落しつづけているなかで、後悔の念に苛まれているということだ。


 悲鳴は、事故への驚愕や死への恐怖によるものではなく、都合の悪い事実への見て見ぬふりが、愛娘の惨殺という悲劇につながったことへの、後悔の念によるものだという。

 後悔の悲鳴を、数千年たっても、銀河中にとどろかせているということなのだ。


 昨夜、その話を父から聞いて、エリス少年は震えが止まらなくなるくらいに、怖いと感じた。

 その時に感じた怖さは、領民の暴動やブラックホールへの墜落といった、事件や事故に対してのものだった。


 だが今、軌道上市街のショッピングモールを幸せそうな顔で歩き回る人びとを見ていると、少年には、違ったことへの怖さが湧きあがってきていた。

 緑の風がやさしく香るのを感じながら、少年は、巨大な恐怖と真正面から向きあっていた。


「ぼくたちは、何かに対して、見てみぬふりは、していないのかな」

 悲劇の女性にもたらされていた幸せは、領民を犠牲にしたうえでのものだった。

 そのことに気づくチャンスがありながら、見てみぬふりをしたために、あのような悲劇にみまわれた。


 エリスたちにもたらされている幸福は、悲劇の女性たちが味わっていたものを、はるかに上まわるほど、大きな大きなものだろう。

 手にしている幸せが、大きなものであればあるほど、エリスの不安も大きくなる。


「この幸せが、誰かを犠牲にしたものだったとしたら。そしてその事実を、見落としてしまっていたら。気づくチャンスはあったのに、見てみぬふりをしてしまっていたとしたら・・・」

 昨夜、父の話を聞いた直後より、もっと大きな震えがエリス少年をおそった。


 犠牲になった者たちの、幸せに浸っている者への妬みや恨みの気持ちは、想像を絶するほどのものだろう。

 歳若い女の人を八つ裂きにして惨殺してもあき足らないほどに、それは激烈な感情なのだろう。


 今、エリスたちの手にしている幸せは、八つ裂きにされた女性やその母親が手にしていたものより、はるかに大きいはずだ。

 それがもし、誰かを犠牲にしたものだったとしたら、何かに見てみぬふりをした結果だとしたら、かれらに向けられる妬みや恨みは、歳若い女性を八つ裂きにしてみせた怨念よりも、ずっと強烈なものになるかもしれない。


「この悲劇の女性が受けた以上の悲劇が、ぼくたちに、振りかかってくるかも知れないな」

 何千年も前にこの女性をさいなんだ悲劇が、少年には、まったく他人ごとに思えなくなってくる。


「その事件が起こったあと、銀河中で人類は、いろいろな変遷をとげてきたんだ。


 第一次銀河連邦に対抗する巨大帝国の出現と、さらなる第三の勢力の誕生による銀河三国体制という鼎立の時代、第一次と第二次の銀河大戦、それから、第一次銀河連邦の崩壊と銀河帝国を名のるに至る強大な独裁政権の支配下での銀河暗黒時代の到来。


 そこからの巻き返しとなる第二次銀河連邦の樹立と銀河帝国との伯仲の時代、第三次、第四次の銀河大戦。

 そして、銀河帝国の滅亡にいたる第五次銀河大戦と、全銀河・全人類を含んだ第三次銀河連邦の樹立。

 それによって、銀河には恒久平和がおとずれることになった。


 そんな変遷を、数千年をかけて人類が、銀河系円盤を舞台にたどっているあいだ中、この悲劇の女性は悲鳴をあげつづけ、ブラックホールに落ちつづけていたんだ」

 これほどまで長く引きのばされてしまった悲劇を、身近なものと感じてしまったエリスの胸にわきあがる不安は、生半可なものではない。


 ショッピングモールを見つめる少年の目には、幸せそうな笑顔が、次から次へと飛びこんでくる。

 衣料品店に陳列された色とりどりのシャツやスカートが、明るい装飾となって、かれらの笑顔を引きたてている。


 それがエリスの不安を、さらにさらに大きくしていく。

 目の前にある幸せが大きければ大きいほど、笑顔の数が多ければ多いほど、それが美しくかがやけばかがやくほど、これらが誰かを犠牲にしていたものだった場合の彼らのこうむる悲劇も、巨大なものになるかもしれないのだ。


 一つ一つの幸せな笑顔に、決して失われて欲しくない、大切に守られていってほしい、そんな想いも少年にはやどる。

 巨大な悲劇をまねくかもしれない、だけど決して失われて欲しくない、そんな笑顔を次々に見おくる。


「絶対に、見落したりしてはいけない。もし、誰かを犠牲にしてしまっているのなら、絶対にそのことに、ぼくたちは気がつかなくちゃいけない。

 そして、その犠牲者を救うためになら、目のまえのぜいたくを少しくらい我慢することも、受け入れなくちゃいけない」


 犠牲になっている人がいるのかどうか、もしいるとして、その人たちを救うために自分たちが何を我慢しなければいけないのか、それは、十歳の少年には荷の重すぎる問いだった。

「今のぼくには、まだわからない。けど、分かるようになろう。

 それが分かる大人に、僕はぜったいになろう」


 はるか昔の悲劇の女性は、自分たちの幸せが領民を犠牲にしているなんて、まったく思っていなかった。

 犠牲にしているとわかっていたら、領民を救うための行動をおこすくらいの優しさや誠意は、あったのだろう。

 ちゃんと気がつきさえすれば、ぜいたくを我慢するくらいの実直さも、あっただろう。


 目の前の幸せを失いたくない気持ちから、気づけるはずだったチャンスに無意識のうちに見てみぬふりをしてしまったが、それも、誰にでもありえる、普遍的な心情だっただろう。


 それは、彼女に十分な心構えが、なかったからではないか、とも少年は思う。

 誰かを犠牲にしてはいけない、何かを見落としてはいけない、そんな心構えを常に持っていられるだけの、十分な知識体系がこの時代には、無かったからではないか、と。


「でも僕たちは、歴史を知っている。

 歴史の中に、覚えておくべき教訓を、たくさん見つけている。


 だから僕たちには、避けることができるはずだ、こういった悲劇を。避けて見せなくちゃいけないんだ、僕たちは。

 歴史を知って、歴史から教訓を学んで、昔の人と同じ悲劇を、絶対に繰りかえさないようにしなくちゃ」


 今、ブラックホールに落ちながら悲鳴をあげている女性に対して、少年がしてあげられることも、それだけのように思える。

 彼女のもとに、助けにむかう術なんてない。ブラックホールに落ちているものに追いつくなんて、エリスの時代の熟達した科学でも、まったく不可能なことだった。


 だから、彼女のためにしてあげられることといえば、彼女の身に起きたことを教訓に、歴史を知る少年の時代の人々が、誰かを犠牲にしたり、その事実を見落したりなんてことを決してしないようにすることだけだ。


 それによって、銀河に訪れた恒久平和を、今の幸せを、ずっとずっと末永く守りぬいて見せる。

 それができれば、数千年にわたって銀河にとどろきつづける悲鳴も、すこしは報われるのではないだろうか。


 ショッピングモールを埋めるいくつもの笑顔に、少年は、彼の小さな手を差しだした。

 そして、その手を、きゅっと握った。


「守るんだ」

 おさなくとも確かな誓いが、ここに宣言された。

 巨大な恐怖に対して、十歳の少年が真正面から受けてたってやると勇敢なる挑戦を告げたのだ、とまでいえば大袈裟だが。


 握った拳をそのままに、少年はまた窓外に視線を転じた。宇宙空間が、そこに見える。

 生命を拒絶する真空と極寒の世界が、窓枠のなかで無限の広がりを見せている。壁一枚隔てたこちら側と、あまりにもの違いだ。

 遠い時代と今の時代との格差を、それは少年に連想させた。


 エリスの時代の科学がつくりだした、重力をもあやつる建造物。

 それを構成する壁のひとつが、昔の人のような苦労からも宇宙の真空や極寒からも、ショッピングを楽しむ人々を守っている。


「でも、科学だけじゃ守れない。僕も、壁になるぞ。この壁では守れないものから、僕は、僕の時代の幸せを守るんだ。守りぬいて見せるんだ」

 歴史学者の父と歴史好きな性格をもって生まれてきたことには、そんな意味があるのじゃないか。そんなことも思いながら、少年は決意をさらに高めた。




 はるか昔に肉体を寸断されてしまった少女も、御霊となれば往時の華麗さを取りもどすのか。

 決意に燃える少年の周囲に、そんな華麗さをともなった気配が、ただよってきたようだ。


 数千年にわたってその御霊は、最愛の母の悲鳴を聞かされつづけてきたことだろう。

 自身が惨殺される悲劇につづいてのそれは、歳若い少女の御霊には、過酷すぎたはずだ。


 母の悲鳴に報いようとする少年の勇気ある誓いは、少女の心を、すこしは癒しただろうか。

 決意のみなぎる少年の小さな拳に、華麗な少女の御霊が、何かをそっと包み込むように重ねている・・・・・・・・・・なんてことが、あるだろうか。

 今回の投稿は、ここまでです。 そして本物語も、ここで完結です。


 まずは、最後まで読了くださった方がおられましたら、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 お疲れさまでした、というほど長い作品ではありませんでしたが、読みづらいところも分かりづらいところも多々あったであろう作品の読了には、ねぎらいと感謝の気持ちを禁じえません。


 平成16年の初投稿からこの作品まで、銀河戦國史シリーズを15作品、ほとんど間隔を開けずに投稿し続けてきました。

 途中で隔週投稿とした時期もありましたが、2週以上投稿を休むということはなく、作品を掲載させていただきました。


 ですがここで、一旦、休養期間に入ろうと思います。いつまでかは分かりませんが、いつか必ず次回作を投稿するつもりです。

 すでに次回作の作成には着手しており、着手した作品を完成させられなかったことは作者には一度もありませんので、この作品もいつか必ず完成します。作者が生きている限りは。


 なろうに付属しているアクセス解析の情報を真に受ければ、継続して銀河戦國史シリーズを読んでくださっている方や、毎週土曜日の投稿を待ち構えてくださっている方が、何人かはおられるようにお見受けします。

 一旦でも投稿を休めば、そんな方々が離れてしまうのではという恐怖があり、休むことには強烈な不安を感じています。


 ですが、今作成中の作品に着手するまで2年間ほど、新規の作品作成を中断していたため、作成中の作品が完成するまでは投稿できる作品がなくなってしまったので、投稿を休まざるを得なくなったという次第です。


 2年間新作を書かなかった訳ですが、ずっと自分の作品に限界というか致命的欠陥のようなものを感じていて、一時的に新作を書くのを中断して、基礎的な力を養う必要があると思ったのが理由です。

 でも、何をやれば小説家としての基礎的な力を養えるのかは、全く分かりませんでした。


 わからない中で、それでも、取り組んでみようと思う活動がいくつかありました。具体的なことは企業秘密とさせていただきますが。

 それをやったとて、力が養えるかどうかは分かりません。むしろ劣化する可能性もあるかもしれません。


 でも、何もしなければ改善も前進も望めないので、無意味や逆効果は覚悟の上で、あがくだけあがいてみようと考えたわけです。

 そのあがきは、現在も進行中です。


 今作成している作品の中で、そのあがきの効果を発揮できるかどうかは、分かりません。

 何も変わらないかもしれないし、むしろ悪くなっているかもしれません。自己満足だけで終わって、読者様には何も感じ取ってもらえない可能性もあるでしょう。


 それでも、あがいた上で描いた作品をいつの日のにか投稿することは、確約できます。

 本シリーズをずっと読み続けてくださっている方がもしおられるのなら、なにとぞ、この作品の投稿に気づいていただき、再びお読みいただきたいと切に願っています。


 そんなわけで、本シリーズを楽しみにしてくださっている方が、もしかしたらおられるのかもしれないと思い、大変心苦しく恐縮の極みではあったのですが、しばらくの休養をお伝えさせていただきました。

 そして勝手なお願いですが、いつになるかわからない次回作も、ぜひお読みくださいと言わせていただきます。


 最後に、重ね重ねですが、ここまで読んでくださった方、大変ありがとうございました。

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