第4話 伝統の善政に微細な瑕疵
(家臣たちが、領民の娘を召しだすということは、日常的に行われてきたわ。
でも、それは、領民たちにも、了承してもらってのことだったはず。
家臣たちのめかけにさせられた娘たちも、数多くいたのだけれど、それも、本人の意に反してとか、家族からむりやり引きはしてとか、そんなことはなかったはずだわ)
領民に、直接そのことを確認したわけではなかった。
20年ちかく直接には目にしていなかった領民から、そのことを確認できているはずはなかった。
だが、家臣が領民の娘を召しだしたときには、必ず報告を受けていたはずだし、本人や家族の了承を得ていることも、棟梁である夫や家臣に、しっかりと確かめていた。
むりやりめかけにしたなんてことは絶対にないと、夫も家臣たちも、きっぱりと言い切っていた。
それを彼女は、しっかりと見届けていたのだ。
(私たちは、領民の娘にひどい仕打ちなんて、なにもしていない。
なのに領民たちは、私たちの愛娘にあんなことを、あんなひどい仕打ちを。なぜ・・・なぜ・・・)
疑問はふくらみ続けた。
考えることしかできない彼女が、いくら考えても、彼女たちの身に起きた悲劇のわけを、まったくつきとめられなかった。
(娘だけではなく、領民の誰にたいしても、ひどい仕打ちやつらい仕打ちは、まったくしていなかったはずよ。
それなのに・・・)
領民をさまざまな作業に使役することも、領主である彼らは行ってきた。
領主一門が個人的につかう施設の増築やメンテナンスにも、領民は駆りだされていた。
居住施設をはじめ、さまざまな娯楽用などの施設も、領有する15個の星系のあちこちに設けられており、それらに領民たちは、労働力として連れだされていた。
宇宙艇でのレース競技を実施するための施設も、ひとつの星系のエッジワースカイパーベルトには設えられていて、それの整備に駆りだされた領民も何百人といた。
星系にふくまれる惑星の、さらに外側の軌道にただよう無数の微小天体群で形づくられる巨大な円環が、エッジワースカイパーベルトと呼ばれているのだが、その天体群をうまく活用すれば、享楽性のたかいスリリングなレースコースを構築できる。
一門や家臣の者たちには、快心のレクリエーションを堪能できる場となる。
宇宙全体の平均から見れば、飛びぬけて濃密な微小天体群をもつエッジワースカイパーベルトであるとはいっても、そのままでは宇宙艇のレースに使うには希薄すぎる。
もうすこし微小天体をよせ集めて密度をたかめないと、退屈なレース会場となってしまう。
微小天体を移動させて手頃な密度の場所をつくりだし、レース会場として整備する作業に、領民たちは動員された。
領民が動員された作業は、他にもあった。
岩石でできている惑星や衛星の地上に施設を建造する作業にも、領民たちの多くが従事した。
宇宙生活がながく、無重力になれきった彼等にとって、惑星や衛星といった岩石でできた巨大天体の地上におもむくというのは、かなり恐怖心をかき立てられる気のすすまないことだった。
ときには “ 重力の底 ”などという表現がなされ、 “ 地獄 ”と同義語とさえ感じる者もいる。
重力を受けつづける環境であり、無重力の場所にもどってこられない事態を予感させる場所でもあるので、宇宙時代の人々にとっては、できれば避けて通りたいのだった。
それでも、岩石でできた巨大天体の地上に、おもむかなければならない事情はある。
そこでしか採取できない元素もあるし、重力下でのほうが高効率・高品質に生産できる食料や資材というものもある。
それらへの領主たちの需要をかなえるべく、領民たちは “ 重力の底 ”という名の地獄に、送り込まれたのだった。
(それらの作業に駆りだされるのは、領民には重い負担だったかもしれないわね。
でも、ちゃんと応分の報酬は支払っていたはずだし、本人の意に反してむりやりに連れていくなんてことも、なかったはずだわ。
事故やけがなどがないようにも、細心の注意が払われていたはずよ。
実際、事故が起こったりけが人が出たりという報告は、ほとんどうけていなかったわ。
死人がでたことなんて、この何百年にいちどだってない。強い怒りをかうはずのものでは、けっしてなかったわ)
角度を色々とかえて、自分たちの所領経営を思いかえしてみたが、やはり、あの残虐なふるまいの説明がつくものは、見当たらない。
(いったいなぜ、領民たちはあんなふうに・・・なぜ・・・なぜ・・・)
時間はどんどん、引きのばされる。
脳での感覚ではもう何百時間も、領民の怒りの理由を検討しつづけているのだが、体の運動は引きさかれた夫を目でとらえるに至らないし、腕が引きちぎられた痛みも脳にはとどかない。
そういえばそんな惨事があったのだっけと、時々思いだしつつも、彼女は考えをめぐらせつづけた。
家臣から、領民のくらしぶりについて報告をうけたときのこと。
領民の娘を召しだした経緯を、夫に報せられた時のこと。
領民を使役したさいの死亡事故の有無について、確認したときのこと。
それらの記憶を何度も何度もはんすうし、自分たちの所領経営の善良であったことを、確かめつづけた。
何回確かめても、自分たちの所領経営は善良であったとしか、結論づけられなかった。
想起する回数が百くらいに達するまでは、自分たちの所領経営には一点の疑念もさしはさむ余地はないと確信できていた。
租税は重すぎず、生活を困窮させてはいなかった。
領民の娘は、両親や本人の了承を得たうえで召しだしていた。
領民を使役しての作業にも、死亡事故などは起こっていない。
領民は、ゆとりがあって安全で平穏なくらしを、おくっていたはずだ。
恨まれるはずはない。怒りなど、かっているわけがない。
なのに、あのふるまい。あの表情。あの残虐さ。
(なぜ・・・なぜ・・・なぜ・・・)
愛娘を取り囲んだ男たちの顔と、自分たちの所領経営の内容に、まったく整合性がみいだせない。
どう考えても、つながらない。こうなってしまったわけが、さっぱり分からない。
何度思いかえしても、その結論にしかいたらないのだが、引きのばされた時間のなかで、動かせない体とともにある彼女には、それをはんすうする以外のことは、何もできない。
だから、それからも彼女は、何度も何度も思いかえした。
くらしぶりに関するデータ。了承のもとに召しだしたとの報告。死亡事故は起きていないという記録。
繰りかえし、繰りかえし、記憶をたどりつづけた。
繰りかえしの回数が増えるたびに、より細かなことを、より鮮明に思い出せるようになるが、結論は変わらない。
変わらないけど他に何もできないから、さらに繰りかえして思いだし、さらに詳細な事柄までを、さらに鮮明に想起するようになっていった。
百回を越えるまでは、結論は揺るぎもしなかったのだが、百回を越えたころ、わずかな違和感というか、ひっかかりというか、そういったものが、心のすみに見止められるようになった。
(・・・なに? なんなの、これ・・・?)
分からなかった。
なにがひっかかるのか、どこに違和感を覚えるのか、具体的な記憶は想起できない。
想起できる記憶に基づくかぎり、結論はすこしも変わりはしない。
しかしその違和感は、なにやらいやな予感を、恐ろしい気配を、彼女に投げかけてくるものだった。
またさらに、繰りかえして思いかえした。
もうすっかり飽きてはいるが、うんざりしてさえもいるのだが、引きのばされた時間のなか、それしかやることがないものだから、繰りかえす。
同じ記憶を、何度もたどる。
繰りかえしが2百回をこえたころ、新たに思い起こしたことがあった。
繰りかえすたびにすこしずつ詳細さと鮮明さを増していた記憶が、2百回を超えたところで、新たな情報を付けくわえたのだ。
違和感の理由は、そこにあった。
ひっかかっていたのは、そこだった。
領民のくらしぶりを示す、主だったデーターには、おかしなところは何もない。
確かに、ゆとりのあるくらしぶりだったことが、証明されている。
主要なデーターは、何度思いかえしても、疑う余地もない。
だが、データーの、主要なものではないある部分。
データーシートのすみの方にあった、普段は誰も見ることのない、不要では、とも思われるある数値。
(そうだ。その数値に、違和感を覚えたのに、なぜか、無意識の内に、それから目をそむけていた。
そむけて・・・? いや、そむけては、いないわ。
そむけたのではなく、その数値を見たうえで、理解したうえで、見なかったことにしたのよ。
目をそむけてなどいない数値を、目をそむけたことにして、見なかったという記憶を、自分で、でっち上げてしまっていたのだわ。
ほとんど反射的に、無自覚に、その数値を私は、闇にほうむっていた。
百回以上思い返しても、思いだせないくらいに・・・)
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/6/1 です。
未来宇宙の娯楽というのも、想像しだすと作者は楽しくなります。
実際の歴史では、どの国でも高い身分の人たちは、狩りという娯楽を共有していたようです。
下層の人々はそれに駆り出され、ひどい扱いを受けることもあったでしょう。
農場や木材採取地を荒らされたりして、生活を苦しくさせられたりもしたことと思われます。
そういったものを宇宙に置き換えて想像を膨らませたところに、今回の投稿場面の描写が出てきました。
偉い人の遊びの為に、酷使されたり生活の場を踏み荒らされたりする庶民、というのも想像しました。
この物語の、この帝国ではどうかとか、主役となっている女性の所領でどうなのかとかは、ここでは言えませんが、シリーズ全体で言えば、そんな庶民は沢山いる設定です。
時代によっては、銀河中のあちこちで普遍的に起こっていた事態として、作者は想像しています。
エッジワースカイパーベルトでのレース競技も、実際の歴史における狩りくらい、普遍的なものとして考えています。
エッジワースカイパーベルトと同様のものが、宇宙に普遍的にあるのかどうかも分かっていないにもかかわらずに、そんな想像をしています。
エッジワースカイパーベルトは、我々のいる太陽系において、海王星より外側の軌道にある微小天体群で構成された円環を意味する、固有名詞です。
それを本シリーズでは、銀河に沢山同様のものがあると仮定した上で、それらへの一般名詞にしてしまっています。
太陽系以外の恒星系に同様のものがあることは、恐らく、今のところは確認できてないと思います(作者の知る範囲ではの話です)。
天文学的に確認できているのは、太陽系を囲んでいる円環状の微小天体群のみで、それのことをエッジワースカイパーベルトと呼んでいるだけです。
くれぐれも、本作品の記述を鵜呑みにして誤った知識を持たないように、お気を付けください。
本作品がフィクションであることを、常に心に留めてください。
ちなみに冥王星は、今では惑星とはみなされておらず、準惑星という言われ方もするし、エッジワースカイパーベルトに属する微小天体の一つという見方もされています(多分)。
こんな記述についても、他所で話すなら自身で裏付けをとって頂くよう、お願い申し上げます。
SFは、眉に唾して読むものです。