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第3話 時間の遅延と記憶の濁流

 カプセルは、少し離れたところで待機していた宇宙船に収容され、安全な場所への航行をはじめたはずだった。

 しかし、航路計算に、深刻な間違いがあったらしい。


 家臣をすべてうしなった今、なれない夫が宇宙船の操作を担当しなければならなくなったのだが、慌てていたことも手伝ったのだろう、何かしらの間違いを犯してしまったらしい。

 そして宇宙船は、ブラックホールにとらえられてしまった。


 事故に気づいたときには、もう、どうしようもなくなっていた。

 宇宙船の、ブラックホールに近い部分から順に、恐るべき潮汐力によって破壊されていった。


 ズタズタに引き裂かれた宇宙船には、彼らをどこかにつれて行く能力はおろか、宇宙空間で命を保護する機能すらも、たもち得なくなってしまった。

 彼女たちの死は、決定的に、不可避となった。


 だが、宇宙船の機能停止による死を待つまでもなく、夫の体は、ブラックホールの潮汐力の餌食になった。

 反射的にそれを確かめようとした彼女の動きが道半ばのところで、時空のゆがみが彼女の意識と体を分裂させたのだった。


 腕を引きちぎられたという惨劇も、その痛みが脳を目指して痛感神経を駆けのぼっている事実も、彼女は忘れてしまいつつある。

 愛娘の惨殺の場面をなんども思いかえし、悔しさと悲しさをかみしめている。それだけが、意識をおおいつくすようになっていた。


(どうして、あんなひどいことを。なぜ、あんなにむごたらしい殺し方を。慈愛にみちた善政に、信頼をよせてくれていたはずの領民たちが、なぜ・・なぜ・・・)

 おさないころの愛くるしい愛娘の泣き顔と、それを微笑ましくみつめる領民たち。


 記憶にあるそんなシーンを思いうかべると、惨殺が現実のものだなどとは、信じられなくなる。

 彼らの統治の善良であったことと、彼らに領民の好意がそそがれていたことが、そのシーンにもしめされているはずだ。


 引きのばされた時間のなかで、もてあます時間のなかで、彼女はさまざまな記憶をなんども繰りかえして思いおこすようになっていた。

 何回も思い出をさまよっていると、思いだせる事柄の数も、ふえてくる。


 それぞれの思い出も、より細部にまで、より鮮明に、脳裏で再生できるようになっていく。

 忘れたと思っていたことも、覚えておく必要はないと判断したことも、繰りかえすことによって想起できるようになってくる。


(最後に領民たちを直接この目で見たのは、そう言えば、あれが最後だった。娘がおさないころ、たしか3歳くらい・・)

 愛娘は21歳になったばかりだったから、それは、20年ちかくも昔だ。


(考えてみると、そんなにもながいあいだ私は、領民たちやそのくらしぶりをこの目で、直接には見ていなかった)

 子育てや、それ以外の個人的な事情にかまけて、領民のくらしに目をくばることを、そういえば彼女は20年ちかくにわたって、おこたってきていた。


 銀河連邦のエージェントにも、その目でじかに見ることが大切だと言われていたのに、それをしなかったことは反省点ではある。

 地球系人類のもつすぐれた技術やゆたかな経験をつたえてくれるエージェントの助言を、ないがしろにしてしまうなんて。


 この星団帝国がうぶごえを上げたばかりのころから、彼らは良き助言者だった。

 その当時は銀河連邦の前身である地球連合に属する、宇宙保安機構という組織が、地球系の技術や経験をつたえてまわる役を担っていたそうだ。


 宇宙保安機構の時代も、銀河連邦がその役割を引きついだ後も、地球系の経験にもとづく助言を彼女たちは得ていた。

 それらの本部が、彼女たちの星団帝国からあまりに遠くにあるために、数年に1度くらいだけではあったのだが。

 助言を参考にすることで、16人の歴代棟梁たちは善良な所領経営をすることができた。


 だがこの数十年来、政府が悪政に傾き反発がつよくなったことによるゴタゴタが原因で、エージェントが彼女たちの所領に姿を見せなくなり、助言をもらえなくなった。

 領民をじかに見ていないことを指摘してくれる人がいないものだから、ついついなおざりになってしまっていた。


(領民との関係は良好だなどと、言える状態ではなかったのかしら・・・いや・・でも・・・)

 思いこんでいたことの一部が、細かい記憶を思いおこしたことで、崩れかかったような気がしてきた。


 だが、愛娘をあんなに残酷なやりかたで殺されなければならないほど、領民の怒りをかっていたはずは、ない、とも思う。

(そうよ。直接、領民をこの目で見ることはなくても、領民のくらしにゆとりがあることは、ちゃんと確かめていたはずよ)


 繰りかえして思い出をさまようことで、あらたに想起できるようになっていた記憶のなかに、そのことの根拠となるものも含まれていた。

(そうだわ・・そうよ。私は、家臣からの報告は、何回も聞いていたわ。色々なデーターも、自分の目でしっかりと確認していたはずよ)


 領民のくらしぶりをしめす様々なデーターを、ハンディータイプの端末の画面上に家臣に指し示されながら、報告を受けた記憶がうかんできた。

 最初はおぼろげな、うっすらとした記憶だったが、引きのばされた時間のなかにいる彼女には、思い起こすためのゆとりはいくらでもある。


 何度も繰りかえして思いおこすと、どんどん鮮明になっていく。

(そうよ、そうよ。間違いないわ。直接この目で領民を見てはいなくても、領民のくらしが良好であることは、確かめていたわ。


 ちゃんと具体的なデーターを隅々まで見て、しっかりと把握できていたわ。

 先代の棟梁たちも、その妻たちも、連邦エージェントの助言にしたがってそうしてきたというのをねんごろに教え込まれていたから、私もそれに習って領民の暮らしを、データーを見て確認することはおこたらなかったわ)


 15個の星系にある30個ちかいガス惑星における資源採取の実績などが、そのデーターには示されていた。

 ほそながい楕円軌道を描く人工衛星を、軌道の一部で惑星ガス雲のなかに入りこませて、必要な元素をかき集める。それが領民の、主な労働のひとつだ。


 元素さえそろえればたいてい何でも合成できる時代だったので、資源採取といえば元素を集めることを意味した。

 領民にゆとりのある生活をさせるのに十分な量の元素が採取されていることが、そのデーターに示されていた。

 繰りかえした想起により、具体的な数値までをも、彼女は思いだしていた。


 集めてきた元素をつかった、食料や資材の生産活動の出来高をしめすデーターもあった。

 作業者の教育や機器のメンテナンスなどが行きとどいていないと、資源はあっても食料や資材が十分に生産されない可能性がでてくるが、しめされたデーターからすれば、そんな事態にもなっていないといえた。


 領主であるからには、かれらは租税を取り立てていたのではあるが、その分を差しひいても、ゆとりのある生活をつづけられるだけの資源や食料が、彼らの手元には残ったはずだ。

 領民生活が良好であることは、間違いなく確認できていたはずだ。


 領民を直接にその目で見るというつとめに対しては、やや怠惰な部分があったのかもしれない。

 しかし、領主一門としての責任は、しっかりと果たしていたはずだ。


 記憶のなかの事実から、彼女はそれに確信をもった。

 何度も繰りかえして思いおこしてようやく思い出せるほど、データーを確認した時の記憶が心の深い部分に沈殿してしまっていたことに、やや不安というか、不満足な感じが、あるといえばあるが、それでも、その記憶がまちがったものではないとは、自信をもって言いきれる。


(私は、ちゃんと領民のくらしぶりの良好であることを確認し、領主一門の責任をはたしていた。

 愛娘をあんなふうに惨殺されるなんて、あり得ないはずのことだわ。

 後ろ盾の政府が転覆したとはいっても、私の所領では、領民との友好な関係はつづけていけたはずよ)


 やや不安に感じる部分など完全に打ち消してしまえるほど、領民との信頼関係に対しては、彼女は自信をたもつことができた。

 すこしくらいその目でじかに見ることをなまけていたり、報告をうけた記憶が思いだしづらくなっていたからといって、領民の怒りをかうほどのものではないはずだ。


 それに、領主としての義務を第一にうけおっているのは、彼女の夫なのだ。

 領主一門に名を連ねているからといっても、領主の妻という彼女の立場からすれば、領民への責任は夫に一任していたとしても非難される覚えはないはずだ。


 報告をうけた記憶があるだけでも、領主の妻という立場からすれば、領民への責任に前向きにとりくんでいたと評価されるべきものだ。

 それどころか、報告を受けていたのですら、すこし神経質すぎると言えるかもしれない。


 百年以上にわたって良好だった領民のくらしぶりが、急にそれほど悪くなるはずもないのだから、妻である彼女がそこまでやっていたのは、神経質すぎるほど生真面目な態度だった、ともいえるのだ。


 もちろん、領主である夫も、報告はうけていた。

 彼女よりも頻繁に、彼女よりも詳細に、領民のくらしぶりは把握していたはずだ。

 直接その目で領民を見る機会も、彼女とは違って、頻繁に得ていたはずだ。


 それを彼女は確認できていないが、そうしていたはずだ、そうしていたに違いないと自分に言い聞かせた。


(ちゃんと領主としての責任をはたし、信頼関係をきずいていたはずの私たちの、大切な愛娘をあんなふうに惨殺するなんて、やっぱりひどい、ひどすぎるわ。

 嗚呼、領民たちは、なぜあんなことを。なぜ・・・なぜ・・・)


 引き伸ばされた時間のなかに閉じこめられ、思い出にさまようことしかできくなった彼女が、どれだけたくさんの思い出を詳しく想起してみても、彼女たちのうけた仕打ちを納得させるものは、見当たらなかった。


(領民たちにも、子供はいたはず。

 娘を辱められた上に殺される辛さや悲しさも、かれらには分かるはず。

 どうしてあんなひどいことができたの・・・。私たちは、彼らの娘に、そんなひどいことは・・・)


 もてあましている時間のなかで、彼女はあらたなテーマで、今までとは違う角度から、思い出にさまよう活動に没頭していった。


 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/5/25  です。


 ここで出てきた、未来宇宙の貧しい庶民の暮らしに関する描写に、どれだけの読者様が関心を持ってくださっているでしょうか?

 作者が銀河戦國史シリーズを描く最大の動機は、こんな未来宇宙の日常とか庶民生活とか普遍的な作業とかいったものを想像するの楽しさです。


 劇的な出来事(戦争とか冒険とか)を描くのも楽しくない訳ではありませんが、一番楽しいのは現実の我々からかけ離れた日常が当たり前になっている世界を描くことです。

 それだけでは物語にならないし誰も読んでくれないだろうと思って、劇的な出来事も描きはするのですが、そちらは必要に迫られてといった感じです。


 はるか彼方の宇宙を生活場所にするくらいだから、科学技術において、今よりずっと進んでいる部分は多いはずです。

 宇宙系人類については後退してしまっている部分が多いというのは、作中でも説明した通り本シリーズの基本設定ですが、それでも今の我々より相当に進んだ技術を、宇宙系人類は持っていることになっています。


 その一つが、元素さえそろえれば必要なものは何でも作り出せるという、化学合成技術です。

 食べ物でも資材でも、宇宙で採取した元素をスタートにして作りだせてしまうのです。そいうでないと、宇宙では暮らせないと思うからこその設定です。


 現在の地球上での暮らしでは、生物が作り出したものを加工したものが、多く使われています。

 木材を始め、綿や絹などの繊維もそうですが、樹脂製品も石油が原料になっていて、石油は大昔の微生物が由来と考えられています。


 それらは当然宇宙では手に入りませんし、人以外の生物を養う環境を整えるのも、宇宙においてはとても大変な事だと想像します。

 ですから、宇宙で生活するには、元素からなんでも合成できる技術というのが必須だと、作者には思えます。


 元素は、周期律表に118個示されていますが、宇宙ができた直後には水素しかなかったと言われています。

 それらが核融合を繰り返し、様々な元素に成長していったらしいですが、特殊な天体現象が起きないと生まれてこない元素もあると聞いたことがあります。


 生命に必要な元素や、人に必要な素材を構成する元素は、数十から百くらいにまでなるのではないかと思いますが、それらを宇宙でそろえるのは、きっとすごく難しいことになると思います

 必要な元素が全くそろわない場所も多いだろうと想像しますが、有ればいいという訳にもいかないでしょう。


 地球のような大きな岩石天体の強い重力に捕らえられている元素は、利用しづらいと思います。

 その天体の上だけで生活するのならば問題ないでしょうが、その場合、その天体だけで全ての元素が揃わなければなりません。


 地球のような奇跡的に色々な元素が揃う天体は、宇宙ではめったにないのではないか。

 そうなると、複数の天体から元素を集めて来なければならず、大きな岩石天体からだと、強い重力に逆らって運び上げるという作業が発生してしまいます。


 大量に経常的に必要な元素を、強い重力に逆らって運び上げていては大変過ぎるので、採取に適しているのは、ガス天体か微小天体ということになると作者は結論付けました。

 ガス天体なら、作中に描いた方法で無理なく元素を採取できそうに思えましたし、微小天体は重力が小さいから、採取は簡単でしょう。「はやぶさ」がやったサンプル採取みたいに。


 こんな感じで、科学的なリアリティーを追求しつつ未来の宇宙の生活を思い描くのが、作者には楽しくて仕方がありません。

 本シリーズの執筆動機はこういうところにあるので、、今回の投稿場面のような記述が退屈だと言われると、作者としてはつらいところです。


 未来の宇宙での暮らしを楽しく感じさせるような描写力を身に着けるとか、そこに関心を持たせるようなストーリー展開を案出するとかすべきなのでしょうが、一朝一夕にはいかないし、不可能なのかもしれません。

 とりあえず現時点では、どうにか興味を持って頂けませんでしょうかと、読者様に平身低頭でお願いするしか、作者には思いつかないのです。


 要するに、長々と泣き言を述べただけの後書きでした。

 失礼いたしました。

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