第2話 獰猛な領民の苛烈な暴力
よその所領では、たびたび強訴や逃散がおこるほどその経営は粗暴なものだったから、後ろ盾である政府の転覆とともに命運がつきるのも自業自得といってよかった。
しかし、彼女たちの所領においては、そうではないはずだった。百年以上の長きにわたって、強訴も逃散も経験したことなどなかったのだから。
慈愛にみちた善政のもと、領民との良好な信頼関係がきずかれていたはずなのだ。
後ろ盾である政府が転覆したとしても、彼女たちが領民に、そむかれるはずなどなかった。
政府などなくなったとしても、これまで通りのくらしを彼女たちだけはつづけていけるものと信じていたのだ。
だが領民たちは、政府を転覆においやった反乱軍の一部を領内にこっそりとまねき入れた。
反乱軍に与えられた兵器で領民たち自身も武装をかため、彼女たち一門にたいして牙をむいてきたのだった。
所領のなかにある、恒星のひとつを周回している人工惑星であったリング状の宙空建造物が、彼女たちの居住施設だった。
回転によって発生させた遠心力が、彼女たちに快適な生活を可能とさせるほどよい疑似重力となっていた。
内部には農園や牧場や生け簀などがあり、バイオオリジンフードをたっぷりと手に入れられる恵まれた施設だ。
外部にむかっては強力な防御がほどこされており、反乱軍や武装した領民といえど、その気になれば簡単に返り討ちにできるはずのものだった。
しかし彼女たちの一門は、領民たちの武装も反乱軍とのむすびつきも知らなかった。
租税をおさめにきただけだと思った領民たちの宇宙船を、疑いもなく施設内に受け入れてしまった。
その宇宙船から、レーザー銃を乱射する武装した一団が施設内になだれ込んでくると、無防備で無警戒だった家臣団も、領主一族の者たちも、たちどころに圧倒されてしまった。
半分の家臣は殺され、残った半分は一目散に逃げ出した。
棟梁の血をわけた一門の者たちは、一人として見逃されることはなく、ことごとく命を絶たれた。
これまでの信頼関係など記憶にないかのように、ためらいもなく銃撃をあびせられての断末魔だった。
棟梁である彼女の夫のもとにも、領民たちはせまってきた。
彼女自身も愛娘とおなじ部屋にいて、ひとしく領民たちの標的とされた。
脱出用のカプセルのところにまでは、何とかたどり着けたが、そこで追いつかれてしまった。
夫と彼女は、ぎりぎりのところで、カプセルに滑り込むことができた。
だが、愛娘は間に合わなかった。
カプセルの手前で転倒したのが、致命的だった。
彼女と愛娘をへだてるようにして、自動制御のとびらが無慈悲にとじられてしまったのだった。
透明素材のとびらのむこうで、愛娘が暴徒の集団に飲みこまれるのを、彼女は目撃させられた。
転倒した愛娘の足首が暴徒たちの手につかまれ、うつぶせのまま、ずるずると引きずっていかれた。
彼女に助けをもとめようと、必死に繰りだされた愛娘の手にむかって、彼女はその手をさしだすこともできなかった。
暴徒の集団に没していく絶望の表情を、見つめていることしかできなかった。
「おやめっ! おやめなさい、皆の衆っ! 我が娘は、なにも関わってはいないわっ! なにも悪くはないのよ! 娘にだけは、手をださないでおくれっ! 」
叫ぶ声は、とびらにすべて弾きかえされた。
自動制御のとびらは、彼女たちの意思では開けることもできない。
上等すぎる遮音性能が、こんな風に持ち主を裏切るなんて考えたこともなかった。
脱出カプセルは、機械に何らかのトラブルが生じていて、なかなか施設からとびださなかった。
せまいカプセルのなかでは、外の光景が見えない場所に移動することもできない。
長い時間にわたって彼女は、愛娘を飲みこんだ暴徒の群れを、間近でながめつづけなければならなかった。
悲鳴と愛娘の名を、何度も何度もさけびながら。それら全てを、とびらに弾きかえされながら。
愛娘の姿は、すぐにも見えなくなっていたのだが、それを隠している幾人もの男たちの表情が、愛娘の身にふりそそいでいる惨劇の内容を教えていた。
たけり狂う怒りに我を忘れ、理性を喪失した男たちの眼は、獰猛な野生にあふれていた。
荒ぶる野獣の群れだった。
最高潮にたっした攻撃的で破壊的な衝動や欲情が、愛娘の一身にそそがれているのだと実感させられた。
外からの声も、そのカプセルのとびらは通さない。愛娘の悲鳴は聞こえない。
だが、とびらの向こうにそれが響きわたっていることも、彼女にははっきりと分かった。
男たちの表情や仕草が、愛娘がはげしく泣き叫んでいることを彼女に伝えていた。
幾人かの男はしばらくのあいだ、カプセルの透明なとびらを拳でたたき、彼女と夫にせまろうとする意欲を見せていたが、それは無駄だった。
頑丈なカプセルのとびらは、そんなことではびくともしなかった。
それ以外の男たちは、姿の見えない愛娘のほうに意識をむけているらしかった。
カプセルを殴りつけていた男たちも、次第にそれをあきらめて、愛娘のほうに矛先を転じた。
何十人もの群衆の中心にいるのであろう愛娘へと、すべての男たちが目をむけた。
全く見えず、何が起きているのかを確かめるすべはないが、愛娘の身に惨劇をもたらしているのだと確信させられる人垣が、カプセルの透明なとびらをへだてて彼女から3メートルほどのところで、おぞましくうごめいているのだった。
野獣の目で、異様な熱気をはなってうごめく群衆の中央から、愛娘が身につけていた宇宙服が飛びだしてきた。
乱暴に引きちぎられ、いくつもの断片に細分化されたそれらが、色々な方向へと放りなげられた。
別の時代には信じがたいほど、薄手で伸縮性に富んだ宇宙服は、愛娘の女らしいボディーラインを誇示するデザインでもあったから、野獣たちに好餌のありかを自ら教えてしまっているようなものだった。
宇宙服の断片が出つくしたのに続いて、愛娘の衣服の断片が、次から次へと色々な方向へ飛びだしていった。
上質なシャツや、カラフルなスカートが、無残な断片にさせられることで愛娘の運命を暗示しつつ、次々と宙を舞った。
そのあとに、愛娘の身につけていた下着が飛びだしたときには、それを目撃させられている彼女の胃の腑をつめたいものが駆けめぐった。
何が起きているのか、直接は見えない。
だが、男たちが次々に環の中心に入りこんだり、出て来たりしている。
入れかわり立ちかわりに、何人もの男たちが野獣の眼で環のなかに入りこんでいく。
環を成してそれを眺めている男たちの眼には、愉悦と嘲りと興奮の色がうかがえる。
環からでてきた男の、恍惚と満足の表情。
征服欲や破壊欲を満たされたのだと分かる、卑猥をきわめたような笑み。
愛娘をさいなんだ恐怖が、苦痛が、恥辱と屈辱が、まざまざと見せつけられた。
機械トラブルは、なかなか解消しなかった。
カプセルは惨劇の場に、いつまでも居あわせつづけた。
せまいカプセルのなかで、彼女は惨劇から離れられなかった。
3時間におよんだ。
群衆の環のなかに、ぎらついた眼の男たちが我勝ちに分け入って、恍惚の顔で這いでてくるという蛮行がおわらない。
代わる代わる、環のなかへと野獣が供給されつづける。
いつまでもいつまでも、執拗に執念深く、繰りかえし繰りかえし、何度も何度も何度も何度も、愛娘は蹂躙されたらしい。
叫ぶ声もかれはて、カプセルのなかで彼女は、ただただ座りこんでその様を見つめるばかりになっていた。
しかし、もっときわめつきに絶望的な光景が、彼女の眼に飛びこむ。
群衆の環のなかから、さっき衣服などが飛びだしたのと同じ勢いと角度で、血飛沫がまきあがった。
大量の、絶命を確信させるに足るだけの血汐が、四方八方へと舞いちった。
更に、肉片も飛んだ。次々に飛んだ。
一人の人間を構成していたにしては多すぎると思われるほど膨大な量の肉片が、血飛沫を追うかのようにあっちへこっちへと投げすてられた。
もはや、悲鳴すらもあげられずにいたカプセルのなかの彼女をつれて、その瞬間に、脱出カプセルが居住施設を飛びだした。
愛娘の惨殺の現場をあとにのこして、彼女と夫は宇宙へと逃げだすことに成功したのだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/5/18 です。
脱出と言えばカプセル。宇宙SFの常識でしょう・・・?
その場から速やかに離れることだけに特化した設備としては、カプセルが最もふさわしいはずです。
今回の投稿場面では出てきませんでしたが、このカプセルは、近くに隠してある宇宙船に直行します。
そこまで移動する間の生命維持だけが、このカプセルの機能であり役割です。
その設備の配置が外敵に見つからないことや、脱出途中に拿捕されないことの必要性を考えると、できるだけ小さくステルス性に富んでいて熱源なども無い方が良い。
そんな条件を考慮すると、ほんの数分間人の生命を維持する以外の全ての機能は、無い方がい良いのです。
移動のための推進力は、居住施設側から与えられます。つまり、放り投げられる形で移動するわけです。
リング上で、回転による遠心力で重力を生み出している施設ですから、その遠心力で放り投げる形にするのが、合理的でしょう。
それなら、射出に伴う熱源の発生もないし、音や振動が生じて敵に見つかってしまう危険も少ないわけです。
重力でもある遠心力で飛び出すわけですから、カプセル内の人にとっては、落下するという感覚になるでしょう。
突然床が抜けて落ちて行く、と思ったら宇宙を飛んでいて、数分後には宇宙船に辿り着き、それに乗って首尾よく逃げのびることができた。
主人公の女性はそんな経緯を辿ったのだと、作中には描かなかったことを補足説明させていただきました。
透明というのは、ステルス性能を考えてということもありますし、カメラやモニターといった外の様子を映像化する機器も無い状態で少しでも周囲の様子を知ることができるように、という配慮でもあります。
ここに出て来た透明の脱出カプセルという代物が、いかに筋の通ったモノであるかを、これで論証できたものと作者は信じます。
愛娘の惨劇を目撃させるためだけに、わざわざこんな設定にしたわけではありません。
脱出用の設備が透明のカプセルであるのはごく自然であり、話の展開上の必要性から強引にひねり出すような設定ではないことを、是非ともご承知おきください。
作者以外は、誰も首をかしげないで下さい。