928、五味たちの願いと岩のドラゴンの予言
この峠は岩がゴツゴツと露出した場所で、木がなかった。
テントを張るには岩の陰が風を避けるのにちょうど良かった。
そのテントに入ると五味と九頭と加須は寝袋に入った。
加須が語り始めた。
「俺さぁ、考えるんだ。もう一度、あっちの世界に転生したらのこと。俺は歌手を目指すよ。どんなタイプの歌手かはわからないけど、できれば音楽学校に行きたい。お父さんは大学に行かせてくれるとか言ってた。あとは俺の努力次第だと思うんだ」
九頭は言う。
「俺はなんになるかはまだ決めてないけど、もう一度転生できたら、絶対に自分の人生を無駄にはしないように生きようと思うんだ。夢はそのうち見つければいいと思っている。最悪、楽大工業に勤めることになっても夢だけは持とうと思うんだ。五味はどう思う?」
五味は寝袋の中で言う。
「おまえら、アリシアやオーリと別れること前提かよ?俺はラーニャと一発・・・」
五味は泣き始めた。
九頭は五味に声をかける。
「おい、どうした?」
加須も声をかける。
「なに泣いてんだよ?」
五味は鼻を啜りながら言う。
「俺も元の世界に帰りたい。でも、ラーニャと一発やらなきゃ、この世界に来た意味がないような気がして、でもダメだよな。こんなの身勝手だよな?自分は死んで新しい世界へ行きたいなんて思ってるんだものな」
九頭は言った。
「俺もオーリと一発やりたい。たしかにそれはある。でも、もうすぐレセンと会うとなってくると、あっちの世界のことを考えずにはいられないんだ」
加須も言う。
「俺もそうだ。もうあっちの世界のことばかり気になっている」
五味は言う。
「じゃあ、オーリやアリシアはいいんだな?どうなってもいいんだな?他の男と結婚してもいいんだな?」
九頭と加須は黙った。
五味は言う。
「俺たちはなんのためにこっちの世界に来た?レセンが言っていたらしい、民主主義を教えるためか?俺は違うと思う。この世界で悔いなく生きるためだ。死ぬ前から来世のことを楽しみにしているようじゃ、来世に行っても、結局、そのまた来世のことばかり考える人間になるぞ」
加須は言う。
「じゃあ、五味は前世に戻ったときのことを考えないのか?」
五味は答える。
「考える。俺はひとつやりたいことがある」
九頭は訊く。
「なんだ?」
五味は言う。
「この俺たちの冒険記を書くんだ」
九頭は言う。
「つまり小説家になりたいということか?」
五味は言う。
「ああ、まだわからないけど、このドラゴニアの世界で経験したことを本にしたいんだ。最低、それだけはしたい。それができたら、そのあとは、異世界を舞台にした小説を色々書くのも面白いかと思っているけど、とりあえずはこのドラゴニアでの経験を書いて出版したいんだ」
加須は言う。
「なぜ?」
五味は言う。
「なぜか?・・・それはわからない。でも、人間は自分の経験したことを人に伝えたい、この世に残したいという欲望を誰もが持っていると思う。俺はこの冒険旅行を本にしたい。だから、この世界で中途半端に生きたくないんだ」
九頭は言う。
「だから、ラーニャと・・・?」
五味は頷く。
「ああ、セックスしてみたい。身勝手かも知れないけど、これは俺の芯からの願いだ」
加須は言う。
「願い・・・ドラゴンへの願い・・・」
五味はバッと体を起こした。
「加須!今、なんて言った?」
加須は言う。
「いや、ドラゴンへの願い・・・って」
五味は笑みをたたえて上を見た。
「そうか、俺たちの願いはセックスだ」
九頭は寝たまま言う。
「いや、それはドラゴンに叶えてもらう願いじゃないでしょ?」
五味はまた寝転んで言った。
「うん、たしかに・・・。でも、俺たちの願いは決まった」
九頭は言う。
「なんだよ?」
五味は言う。
「ラーニャたちとセックスをしてから元の世界に帰りたい、これだ」
加須は言う。
「アリシアたちが妊娠したらどうするんだ?俺たちは逃げたみたいじゃないか?」
五味は言う。
「じゃあ、おまえはやらずに帰って後悔しないか?」
「う、」
加須は上を見たまま言った。
「それは絶対に後悔する」
五味は言う。
「男なら童貞のまま死んでたまるか、って思うのが普通だろ?」
九頭は言う。
「おまえ、童貞じゃないだろう?ハーレムでさんざん遊んだろ?」
五味は言う。
「いや、俺たちは童貞だ。ハーレムなんかで経験したのは人生じゃないさ。俺たちは人生の童貞なんだ」
九頭は暗闇の五味の方に向いて言う。
「人生の童貞か・・・」
加須は言う。
「本当の愛、つまり、そういうことか?」
五味は言う。
「ああ、そういうことだ。俺たちはまだ生きてない。いや生きてるけど、まだ死ねない」
「やるまでは・・・か」
九頭は呟いた。
「たしかにな」
加須は言う。
「そういえば俺はまだアリシアに告白してないや、キスなんかもしてない」
五味は言う。
「それでも帰りたいか?」
加須は首を振る。
「いや、帰りたくない。やりたいことはやって死にたい」
九頭は言う。
「でも妊娠させたら、無責任だよな?」
五味は言う。
「俺はそれをよく考えたんだ。本当に俺を愛してくれる人が、俺の子を産んで、そのとき俺がいなかったら、俺を恨むだろうか?不幸だと思うだろうか?思わないよな。俺が女ならば思わない。俺が本当に愛しているのが伝われば、恨んだりしないさ」
九頭は言う。
「だったら、なぜ、おまえはこっちに残ってラーニャと暮らさずにあっちの世界に転生するんだ。本当にラーニャを愛しているならば残るべきじゃないか?」
そのとき大地が揺れた。
九頭は言った。
「じ、地震だ」
加須は言う。
「テントから出ろ。ここは岩の下だ」
加須と九頭と五味はテントから出た。
そこにはユリトスたち他のメンバーも出ていた。
するとテントを立てていたすぐ近くの高い崖の岩が喋り出した。
「よくぞここまで来たな。冒険者たちよ」
五味はポルトスの持つランプの灯りに照らされた岩を見て言った。
「岩のドラゴンか?」
岩は喋った。
「そうだ、私は岩のドラゴン。おまえたちの話を聞いていた」
九頭は言った。
「盗み聞きか?趣味が悪いぞ」
「そう怒るな、少年。おまえたちの話を聞いていて大事なことを伝えねばならないと思ったのだ」
そういう岩のドラゴンに加須が言った。
「なんだ?大事なことって?」
「おまえたち三人はもうすぐ死ぬということだ」
岩のドラゴンのその言葉に五味と九頭と加須は息が止まった。
「「「俺たちが死ぬ?」」」
岩のドラゴンが言う。
「そうだ、おまえたちは近い将来死ぬ。だから、私の兄である異世界転生師のドラゴン・レセンに転生を願わねば、おまえたちは完全に死ぬ」
五味は言う。
「完全に死ぬっていうのは、どういうことだ?」
岩のドラゴンは答える。
「知らん。それは神が知ることだ。しかし、ひとつ言えることは、意識を持ったまま異世界に転生することはレセンにお願いしない限りない。転生するとしてもおまえたちの意識は消滅するだろう」
ジイは訊く。
「岩のドラゴン殿、死ぬと意識は消滅するのですか?」
岩のドラゴンは答える。
「そう思う。確証はない。私も死の秘密は知らない。ただ、五味、九頭、加須、おまえたちはもうすぐ死ぬ。レセンにお願いしなくとも、死ぬ運命にある」
アラミスが言う。
「なぜ、それがわかるんだ?おまえは占い師か?」
岩のドラゴンは答える。
「兄レセンは時空を司るドラゴンだ。彼は時空を超えて移動することができる。だから、未来も過去も知っている」
ユリトスは言う。
「それは神ではないのか?」
岩のドラゴンは笑う。
「ふっふっふ。人間から見たら神と違いはないだろうが、神はもっと高い次元にいる」
ジイは言う。
「マザードラゴンが最高の神ではないのか?」
岩のドラゴンはジイを無視して言う。
「さあ、少年たちよ、おまえたちの死ぬ前に叶えて欲しい願いを考えておくのだな」
五味は訊く。
「その願いを叶えてくれるのはレセンなのか?」
岩のドラゴンは言う。
「では、さらば。また会おう」
岩は静かになった。
ポルトスが近づいてランプで照らしたがすでに岩は岩でしかなかった。




