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83、ドラゴニアへの近道

アトスとザザックは階段を降りて、外へ出た。そこには三十人の男たちが剣や斧を持って集まっていた。

ザザックは言った。

「なんだ?みんな、そんな怖い顔して?」

男たちは言った。

「よくも、我々の未来の長、ベータを殺してくれたな」

「いや、俺たちじゃねーよ。やったのは」

「問答無用!」

男たちはザザックとアトスに襲い掛かって来た。ザザックとアトスは応戦した。ふたりは、次々と男たちを斬っていった。中にはふたりを避けて宿舎の玄関に入る者もいた。しかし、その者は玄関の壁から突然飛び出てくるエコトスのサーベルに刺されて死んだ。

十分もかからなかったろう。宿舎の前は屍と血の海になった。立っているのはザザックとアトスだけだった。

「アトス、おまえ、なかなかの腕だな。ジャリフを倒しただけある」

「ザザック、おまえの腕も見事だ」

「じゃあ、また、眠ろうか」

「いいのか?」

ザザックは大きな声で宿舎の壁に呼びかけた。

「おい、エコトス。見張りは任せるぜ」

宿舎の壁は、「おう」と元気よく言った。


翌朝、アトリフたちは目を覚ますと、朝食を食べ、外へ出た。

馬は殺されていなかった。

「馬を殺さないとは紳士だな」

とエコトスは言った。

もう、宿舎の前の屍は片付けられてあって、地面には血の痕があるだけだった。

町の人々は宿舎の前に集まって黙っていた。

アトリフは言った。

(おさ)よ、みなさん、一晩世話になったな。ありがとう」

誰も返事はしなかった。

エレキアがアトリフに耳打ちした。

「私たちが出たあと、崖崩れを起こして私たちを谷底へ落とす気です」

アトリフは長に言った。

「長よ。娘さんのメイレンを連れて行きたい。わからぬドラゴニアへの道ゆえ、案内して欲しいのだ」

長たちは苦い表情をしていた。

長はため息をついて言った。

「メイレン、馬に乗りなさい」

メイレンは馬に乗り、アトリフたちを先導し始めた。町を抜け、南西の道から入りボルメス川の蛇行に沿って北へ進んだ。エレキアはメイレンの後ろに着き、彼女が不穏なことを考えつかないかと常に心を監視していた。


その日の夕方、今度はソウトスの軍が、マヤメチュの町に到着した。マヤメチュの人々はもう抵抗する気力を失っていた。ソウトス軍は大軍だったので宿舎だけでは足りず、道の上にテントを張ることになった。この軍にはマヤメチュの町は狭かった。

ユリトスたちはもう逃げようなどとは考えていなかった。この狭い道を逃げても、逃げ切れるものではない。それよりもドラゴニアに着いてからがチャンスだと考えていた。五味たちはどうなったか想像もできなかった。


その五味たちは、秘密の扉を抜け地下の階段を降りていた。地下道がまっすぐ続いていた。モロスがランプを持って先頭を歩いた。アラミス、ナナシス、ラーニャ、五味の順で続いた。さすがの五味も、この不気味な地下道で、ラーニャの腰を見ている余裕はなかった。いや、むしろ怖さを忘れるために前を行くラーニャの腰をじっと見ていた。

先頭を行くモロスが言った。

「おんや?あれ、見い、ずっと先に光が見えるぞ」

アラミスも前を見ると、たしかに光が見える。

それは出口だった。近づくほどそれは五味たちに何かを期待させた。しかし、その光の向こうは何なのか、全く想像できなかった。地下だからボルメス川の崖に出るのかもしれなかった。

しかし、その出口を出るとそこは彼らの見たこともない光景だった。

火山が火を噴いていた。

「ここはどこだ?」

アラミスはわからなかった。

火山が火を噴いていたが、少し高台にある彼らの周りには木々が茂っていた。まるで南国のような植物が繁茂していた。

モロスは言った。

「ドラゴニアじゃなかんべか」

アラミスは目を見張った。

「ドラゴニア?ここが?」

しかし、ナナシスは言った。

「でも、そんなに遠くまで歩いてないぞ」

ラーニャが言った。

「見て、あれ、町じゃない?」

彼らの右前方の下のほうにそれらしきものがあった。緑の中にそれはあった。

空は噴煙で曇っていたが、火山が火を噴いているので、暑かった。

五味たちはその町に向かって緑の中を歩き始めた。

途中、ラーニャは言った。

「ねえ、これ、バナナじゃない?バトシアの町で見たことある」

五味はそれをもぎ取って食べた。

「うん、美味い。正真正銘バナナだよ」

モロスは言った。

「んじゃ、それ食ってメシにすんべ」

一同はバナナをそれぞれもぎ取り地面に座って食べ始めた。

「もしかして、ドラゴニアっちゅうは、カネのいらない世界とちゃいまっか」

モロスがそう言うと、ナナシスは言った。

「まだここがドラゴニアって決まってないぞ。俺たちは地下道を数十分歩いただけじゃないか」

アラミスも言う。

「うん、ナナシスの言う通りだ。現実を考えればここがドラゴニアであるはずがない」

「じゃあ、どこだっちゅうんや?」

ラーニャはバナナを食べながら言った。

「どこでもいいよ。とにかく町へ行けばわかるでしょう?」

五味はバナナを食べながら、ラーニャの声を聞いて隣でその項を見ていると俄かに欲情が生まれて来た。

ラーニャは突然立ち上がった。そのとき彼女の尻が五味の顔を直撃し、五味は悩殺された。

「よし、メシが済んだなら、あの町に行くわよ」

全員立ちあがった。五味もバナナを片手に立ち上がった。

町に近づくほど、森はジャングルの様相を呈してきた。

ラーニャは言った。

「やっぱり、この植物は南国の物よ。私は知らないけど、バトシアよりもっと南があるならばこんな感じかも。北国であるはずのドラゴニアではないわ、きっとここは」

アラミスは言った。

「わからないぞ、なにしろ、ドラゴニアは魔法の世界だ」

ナナシスは頷いた。

「うん、俺たちが通ってきた地下道も魔法のトンネルだったかもしれない」

ラーニャは言う。

「それも町に行けばわかるわよ」

樹上にはフォッフォッフォと猿か何かの声が聞こえる。五味は前世で行ったことのある動物園を思い出した。あるいはテレビで見た動物番組を思い出した。

「たしかにこれは北国じゃない、南国だ」

茂みをかき分け進んで行ったら、ついに町に出た。

南国の町だ、と、五味は思った。五味は外国には行ったことがなかったがそう思った。

しかし、住民は洋服を着ていた。トルコかあるいはギリシャか、五味は知識がなかったのでなんと表現したらいいかわからなかった。シャツにズボンという洋服なのだが、どこかアジア的な感じがした。たぶん、住民がサンダルを履いていて、服は長袖だが薄く、気候が暑かったためだろう。ヨーロッパ的でありつつアジア的だった。

五人は居酒屋へ入った。そこが居酒屋であることがわかるのは、看板に「やきとり」と書いてあったからだ。メニューも日本語で書かれてあった。しかし、中の雰囲気はギリシャかトルコかといった雰囲気で、五味にはとにかく異国である気がした。テーブル席に着くと、注文を取りに来た給仕にモロスはいきなり訊いた。

「ここはドラゴニアかいな?」

給仕は不思議そうな顔をして、「はあ、そうですが」と言った。

五人は顔を見合わせた。

そして、にんまりと笑った。

「ついに来たぞ、ドラゴニア!」

臆病な五味さえ笑っていた。

モロスは言った。

「よし、みんな、飲め飲め、今日はあっしの奢りじゃ」


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