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56、加須の仕事

ユリトスは紅茶を飲むのをやめて、ラミナを睨んだ。

「なに?それはどういうことだ?」

ラミナは笑った。

「その紅茶に毒が入っているなどとは思わなくて結構ですよ」

「じゃあ、どういう意味だ?」

「あなたがたは旅の途中で死にます。それはザザックからの報告で聞きました。ユリトス、あなたはもう、世界一の剣豪ではない。殺すことを躊躇(ためら)う弱い剣士に成り下がったようですね?」

ユリトスは何も言わなかった。

ポルトスがラミナに訊いた。

「アトスは、アトスはどうしている?五人衆のひとりとなったそうだが?」

「彼のことは知りません。最近、五人衆になったばかりですので」

「でもカラスを使って今どこにいるかくらいは把握しているんじゃないのか?」

「兄の意向からアトスの行動を把握することはしていません」

「どうして?」

「兄の意向だからです」

「兄の意向って、それはなぜだろう?」

「さあ、私は兄ではないので」

静かになった。

ラミナは言った。

「食事の仕度をしますね。今日はビーフシチューにします。よろしいですか?」

五味は大きく頷いた。

「よろしい。よろしい。ぼくちゃんビーフシチューが大好きなの」

オーリが言った。

「私も手伝うわね」

アリシアが言った。

「あたしもやるわ」

ラーニャは鼻くそをほじっていた。


いっぽう、こちらは加須。

ボルメス川に流され、見知らぬ土地に辿り着いた。どうも田舎のようだ。川から上がると谷間にある田園地帯である。川から少し離れた所に、集落がある。そこは街道沿いの集落だと、そこまで畑の中を歩いて、加須は理解した。

加須は疲れていた。腹が減っていた。服はずぶ濡れだった。

「どこかの家で、休ませてもらえないだろうか。服を着替えて、何か食べ物が欲しい」

加須は一軒の田舎家のドアを叩いた。

「すみませーん。僕を助けてくださーい」

するとドアが開き中から中年の女が顔を出した。いかにも田舎の農家の主婦といった感じで丸々太っていて、額と眉間には深い(しわ)があった。

「あんた、誰だい?」

加須は自分が王であるということを告げようか迷った。王であることを明かせば、相手は丁重に扱ってくれるかもしれない。しかし、このオバサンが悪い人間だったら、国王である自分を売ってしまうかもしれない。逆に王であることを明かさなかったら、普通の可愛そうな少年と見て、助けてくれるかもしれない。悪いオバサンだったら、自分を奴隷のように使うかもしれない。

オバサンは、家の中に声を掛けた。

「ちょっと、あんたー。来ておくれよ。汚い子供が、助けてくださいって来たよー」

「入れてやれよ」

加須は中に入れてもらった。

「ずぶ濡れだな」

中にいた主人は言った。

「着替えろ」

加須は乾いた服を与えられ、それに着替えた。みすぼらしい服であったが濡れているよりはマシだった。

「お腹がすいてるんです」

「そうか、腹が減っているか。母さん、何か食べさせてやれよ」

「なに言ってるんですかー。うちには家族を食べさせてやるくらいしか余裕はないよ」

「この子を新しい家族にすればいいだろう」

夫はニヤリと笑った。オバサンもニヤリと笑った。

その表情を加須は見ていなかった。優しい夫婦であると加須は思った。

食事はこの夫婦とその息子と加須で食べた。オバサンはドリーという名で、夫はジョーであった。

加須より年下であろう息子は言った。

「俺はダナー、おまえは何て言うんだ?」

「カスラス」

「カスラスか、よろしくな」

ダナーはニヤリと笑った。

食事が終わると、日が暮れたので、加須は屋根裏部屋に案内されそこのベッドで眠った。

翌朝、ドリーに早く起こされた。

「さあ、仕事だよ」

「え?仕事?」

「あんたにも働いてもらわないとね。まずは朝食の準備だ。鶏舎から卵を四つ持って来な」

加須は言われた通り、外に出て鶏舎があったのでそこに入り、生みたての卵を、四つ拾って台所に持って来た。

「あんたの朝の当番は、卵を拾って来て四人分の目玉焼きを作ることだ」

「え?俺、目玉焼きなんて作ったことはありません」

「なんだって!目玉焼きを作ったことがない!じゃあ、何が作れるんだい?」

「カップラーメンとか・・・」

「なんだね?そのカップなんとかってのは?そういう料理があるのかい?」

加須は、「ああ、この世界にはカップラーメンはないんだ」と思い言った。

「いえ、そんな料理はないです」

「じゃあ、何も作れないんだね?」

「はい」

「じゃあ、教えてやるよ。しっかり覚えな」

加須はオバサンのドリーから目玉焼きの作り方を教わった。

すると、台所に夫婦の息子であるダナーが現れた。

「お、何?カスラスは目玉焼きを作れるの?」

ドリーは答えた。

「作れないんだよ。一から教えなきゃダメね」

ダナーは何も手伝わず、食卓に着いた。

「ねえ、目玉焼き、まだー?」

加須は黙って蓋をしたフライパンを見ていた。

「ねえ、まだー?」

加須は返事をしなかった。

「おい、カスラス返事をしろよ」

ダナーは威張った。ドリーが言った。

「おい、カスラス、ダナーになぜ返事をしないんだい?」

加須は怯えた。

「す、すみません」

ようやく、目玉焼きができて、薄切りベーコンも焼いて添えた。

ミルクとパンとそれらが朝食だった。

ダナーは元気に「頂きまーす」と言って、加須の目玉焼きを食べた。

「え?それは俺の・・・」

ダナーは目玉焼きを咀嚼して言った。

「文句あっか?朝飯なんて、パンと水だけでいいんだよ。ミルクが飲めるだけでも贅沢だと思えよ」

加須は何も言い返せなかった。

引き続きダナーは加須のベーコンまで食べた。

そして、自分の目玉焼きとベーコンを食べ、パンとミルクを飲むと、「ああ、美味しかった」と腹を撫でた。

母親のドリーは笑った。

「まあ、育ち盛りはいいわね」

加須は惨めな思いで、パンを食べミルクを飲んだ。

加須は食後は食器を洗わされた。

それから川で洗濯をした。洗濯板でゴシゴシと(こす)るのだ。そして、洗濯物を干すと、今度は畑に連れていかれた。

主人のジョーは言った。

「この畑の雑草を全部引っこ抜け。それがおまえの仕事だ」

加須は言った。

「俺はなんで働かなくちゃいけないんですか?」

「うちでパンを食べたろう。パンを食べるにはその対価として労働が必要だ。当然のことだろう?さ、早く働け。サボったら昼食は抜きだ」

加須は逃げたいと思った。しかし、逃げてもあてがなかった。いっそ、自分がカース王であることを告げようか?しかし、そうするとまた山賊などに狙われる可能性がある。こうやって、こき使われながら、いつか抜け出せるように頑張るしかないだろうか、などと考えた。


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