50、薬草と魔法
情けないのは一芝居打った五味とナナシスである。
ふたりは町の広場に戻ってくると、ちょうど、ジャリフが死んだところだった。
ジャリフの母親が息子の頭を抱いて泣いていた。
五味とナナシスは思った。
「俺たちの芝居は意味がなかったんだ」
しかし、五味は不思議だった。なぜ、自分を攫おうとしたのがニセモノのザザックで、本物は決闘に臨んでいるほうだと、ジャリフは疑わなかったのか。
ユリトスは五味に言った。
「あなたはふたりの決闘の邪魔をしようとしたようだが、剣士は戦いに臨んで相手を見ている。ジャリフはあなたを攫おうとしたのが本物のザザックではないことはすぐに見抜いた。私にもすぐにわかった。仮に相手がニセモノだとしても、闘志ある相手を前にしてジャリフに不服は無かったろう。剣士とはそういうものだ」
ジャリフの母が泣いていると、そこへオーリが人垣をかき分け、やって来た。
「薬草を持って来ました。本当にもう亡くなっているのですか?」
ジャリフの母はジャリフの体にまだ温もりがあるのを感じた。
「いや、生きているのか?」
オーリは言った。
「この薬草を傷口に当てれば、治るかもしれません」
ジャリフの母は希望を見た。
「本当かね?」
「やってみます」
オーリはジャリフの横に膝をついて、薬草を口に含んだ。
「何をしておるのじゃ?」
「こうやって、薬草を噛んで唾液と混ぜることで、治癒力のある薬に変わります」
オーリはその薬草を口から出し、ジャリフの胸の傷口に当てた。
「ここからは魔法です」
オーリがそう言うと周囲の人々は驚いた。
「魔法?この子は魔法使いなのか?」
オーリは言った。
「私の家に古い魔法の本がありました。それによると、傷を癒す魔法は、薬草の力と、人の念の力が複合されて効果を発揮するそうです」
ユリトスは訊いた。
「魔法の本?そんなものがなぜ、君の家に?」
「わかりません。でも、私は魔法使いではないので念が通じるかわかりません」
オーリは黙って、薬草を置いたジャリフの裸の胸の上に手を置いた。そして、眼を閉じた。
オーリは念を手に集中させた。しかし、何も起きなかった。
そのとき、ザザックの姿をしたナナシスが進み出た。
「俺は魔法使いだ。俺が念じればもしかしたら、魔法が使えるかもしれない」
オーリはナナシスと交代した。
人々はザザックの姿のナナシスを驚いて見ていたが、もう関心は、ジャリフが蘇生するかどうかに移っていた。
ナナシスがジャリフの胸に手を置いて念を込めた。すると、わずかだが、ナナシスの置かれた手が光るのが見えた。それは薄い光だが、たしかに光っていた。
五味は思った。
「RPGだ。癒しの魔法だ」
しかし、ジャリフは蘇生することはなかった。もう死んでいたのだ。死んだ人間の傷口を治しても、死んだ人間は生き返らない。
「死んだのか?」
ジャリフの母親は言った。
「ジャリフは死んだのか?」
オーリは言った。
「すみません、おばあさん、息子さんは亡くなったようです」
「おまえは魔法使いか?復活の魔法などはできないのか?」
オーリは答えた。
「復活の魔法は私の読んだ魔法の本にはありませんでした。もしかしたら、ドラゴニアにはそういうことができる魔法使いがいるかもしれませんが、私の読んだ本には基本的な魔法しか載っていなかったので、今の私にはこれが精いっぱいです」
「そうか、お嬢さん、ありがとうな。誰か馬車の手配を!息子の遺体はわしの家の庭に埋める。わしは今後死ぬまで毎日息子の墓を拝んで過ごす」
ユリトスは言った。
「では私たちがご一緒しよう」
「おお、そうか、それは心強いな。ありがとう」
「ジャリフは短い間だったが、仲間だった。私たちも弔いたい」
老婆は泣いた。
「ありがとう、息子にそういう仲間がいることはわしにとっても歓びじゃ」
こうして、ジャリフの遺体を棺に入れ、馬車に積んで、老婆と共に、五味たちは北へ向かってエンガの町を出発した。いつのまにか本物のザザックはいなくなっていた。
五味はまたひとりで馬に乗り、ポルトスの馬とロープで繋がれた。アリシアもやはりアラミスの馬に繋がれた。ナナシスもザザックの姿のまま、一行に加わった。
一行はその夜中に老婆の家に着いた。
棺は老婆の寝室に置き、他の者は、客室に寝た。アリシア、ラーニャ、オーリがダブルベッドで寝た。他の男性は床に寝た。「男女差別だ」五味は思った。
しかし、それ以上に、五味はジャリフの死を考えた。
翌日、老婆の家の庭に穴を掘り、ジャリフの棺が埋められた。
土をかぶせていくとき、五味はユリトスに訊いた。
「なあ、ユリトスさん、なんでジャリフは死ななければならなかったの?」
「それは勝負に負けたからだ」
「なぜそんな勝負をしなければならなかったの?」
「剣士の誇りだ」
「剣士の誇りのためにジャリフは死んだの」
「そうだ」
「それはおかしいよ。誇りなんかのために死ぬなんて絶対におかしい」
「誇りなんか?」
「そりゃ、誇りは大切だよ。だけど、命のほうがもっと大事じゃないか」
ユリトスは思った。
「このお方は・・・」
「ユリトスさん。今後、戦うときは殺されないことはもちろん、殺すこともしないでくれよ」
「それは難しいですな。相手が強いほど殺さねばこちらがやられてしまう。まあ、そのご命令なるべく守ります。ポルトス、アラミスにも言っておきます」
墓ができると、老婆は涙してユリトスたちに礼を言った。
「また、旅に出るのか?」
ユリトスは答えた。
「はい」
「ジャリフという男がいたことを剣士の世界の記憶に残してはくれないか?」
「私が語り部になるより、あなたが語り部になるべきでしょう?それにエンガの町では語り継がれる決闘だと思いますよ。実際、二十年前の彼らの決闘を覚えている町人は多かった」
「そうですか、ありがとう。また、旅の帰りにここを通ったらお立ち寄り下され。一泊の宿と食事でもてなすでの」
「ありがとうございます。では、また、お会いしましょう」
ユリトスは馬上の人になった。
他の五味たちも馬に乗った。
ユリトスは言った。
「さあ、ラレンに攫われたカース王と、軍隊に連れていかれたクーズ王のいる、ロンガ北部へ出発だ」




