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49、ジャリフ対ザザック

その夜、五味一行が宿で食卓を囲んだとき、ラーニャはジャリフに言った。

「おまえらは一体何なんだ?あいつは仲間じゃないのか?」

ジャリフは答えた。

「アトリフ五人衆はアトリフのために働くが仲間であって仲間ではない。アトリフすらボスであってボスではない」

「え?」

「俺たちは利害関係で集まった集団に過ぎない」

ジイは言った。

「しかし、おぬしらの決闘で号外が出るとは、おぬしらは有名人なのか?」

「ああ、俺は昔、ロンガ王国の剣術大会で優勝した。そして、すぐあと、ザザックが現れ決闘を申し込まれた。それが、このエンガの町だ」

「え?」

「そのとき、俺は見事に負けた。俺は悔しかった。全国で優勝したばかりなのに、俺の名声は地に堕ちた。奴は、すぐに行方をくらませた。それゆえに、奴の名声は高まり、逆に俺は情けない剣士として、有名になってしまった。そのとき、俺を賞金稼ぎの道へ誘ってくれたのがアトリフだった。五人衆四人目として」

「四人?そのときはまだ五人いなかったのか?」

ユリトスが訊いた。

「ああ、もう十五年近く前のことだからな」

ジャリフがそう言うと五味は思った。

「十五年?俺はまだ十五歳だぞ。このジャリフって四十代くらいかな?とにかく俺の生まれる前の話だ。あ、前世も含めて」

ジャリフは答えた。

「ああ、あの頃は、アトリフは剣士を探していた。一応、全国一になった俺の腕を認めてくれたんだ。しかし、五人目があのザザックだった。俺はアトリフ五人衆の中で肩身の狭い思いをするようになった。奴が一番強く、俺が二番目、その立場は辛かった。だが、幸い、今のように集合をかけたときだけ集まればいい関係だったので、俺は単独で賞金稼ぎをする際、アトリフ五人衆の名前を存分に使ったよ。あれは役に立った。あ、あんたらがどう思っているか知らないが、賞金稼ぎは山賊じゃない。指名手配と賞金は役所が出している。だから、俺たち賞金稼ぎは違法なことをしているわけじゃない。まあ、違法に近いことはしているがな」


いっぽう、ザザックはバーでザザックの姿をしたナナシスと飲んでいた。

「なあ、ザザック」

「なんだ、ニセモノ」

「明日の決闘、俺が代わりに出てやろうか」

「なに?」

「あんたは逃げるんだ」

「なんだと?おまえ俺が負けるとでも思ってるのか?」

「逆だよ。あんたは絶対勝つよ。だから、相手のために頼んでるんだ」

「おまえ、あいつらと一緒にいたな?仲間なのか?」

「仲間・・・かもしれないな」

「ほう、魔法使いってのはやっぱり人間なんだな?」

「人間じゃないのかな?」

「おまえのその姿、俺たちが双子じゃないとしたら、人間離れした芸当だぜ」

「人間って何かな?」

「ははん、俺に哲学を吹っ掛けても無駄だぜ。そういうのは俺の性に合わんのでな」

「いや、俺はそれをドラゴニアに行って確かめたいんだ」

「ほう、自分のルーツを探りたいのか?若いな」

「俺は俺以外の魔法使いを見たことがないんだ」

「俺もおまえ以外の魔法使いを見たことはないぜ。噂じゃ、北のドラゴニアにはわんさかいるそうだけどな」

「アトリフはなぜ、その北のほうで、集合をかけたのだろう?」

「さあな、儲け話があるんだろうぜ」

「やっぱり、あんたもまだわからないんだな?」

「誰もアトリフを理解できる奴はいねえさ」

ナナシスはザザックのグラスが空いているので酌をした。

「ささっ、どうぞ、お酌しますよ」

「うむ」

ナナシスの酌を受け、ザザックは沈黙した。そして、言った。

「おい、おまえ、まさか俺を酔いつぶさせようって思ってないか?」

「え?」

「明日、決闘を控えている人間にさっきから酌が過ぎる。おまえ、斬るぞ」

「ま、まてよ。俺はそんなつもりは」

ザザックはサーベルに手をかけた。

その瞬間、ザザックだったナナシスは女になった。

「む」

ザザックの手は止まった。後ろを見た。すると同じ女がカウンターで飲んでいる。

「ちっ。俺が女は斬れないと知っていたか?」

「いや、なんとなくな」

「俺は剣士だ。その剣士の決闘は神聖なものだ。あいつには当然勝つが、奴も本気で来るだろう。それには誠意をもって答えねばならん。おまえはもうあいつらの宿に行け」

「わかったよ」

ナナシスはまたザザックの姿になってバーを出て行った。


翌日、午前十時頃には、役所前の広場に見物人が集まり始めた。

まだ、広場にふたりの姿はない。

宿の前でジャリフはウォーミングアップをしていた。

五味はそんなジャリフを見て、自分なら逃げ出すだろうと思った。

五味は戦争の責任者という重責から逃げ出した。いや、重責というより、死の恐怖から逃げ出した。ジャリフはこの殺すか殺されるかの勝負に逃げる様子はない。

「なんて勇気があるんだろう」

五味はそう思った。しかし、次にこうも思った。

「しかし、殺す殺される場に自ら行くことは勇気だろうか?」

五味は前世の日本を思い出した。

「日本は太平洋戦争で負けた。無条件降伏をした。それで不戦を誓った。戦争は愚かだと教わった。では決闘も愚かではないだろうか?」

そう思うと、これから行われる決闘は必ずひとりは死ぬことになるから無意味に思えた。


十一時半、太陽は高く昇っていた。

もう役所前の広場は人だかりで囲まれていた。

十一時四十五分、そこにふたりの剣士が現れた。

ザザックとジャリフである。

人々は二十年前の決闘の再来だと騒めきあった。

「あのときはジャリフが負けたが今度はどうなるかねぇ」

「あのときは負けたジャリフは死ななかったろ?」

「そうだそうだ。今回はどうかな?死ぬかな?」

「怖いねえ」

そう言いながらも人々はどちらかが死ぬことを密かに期待していた。

正午五分前ふたりは剣を抜いた。

そのときだった。遠くで、馬のいななく声が聞こえた。

人々はそちらに注目した。

一頭の馬には五味が縛られて乗せられ、鞍にはザザックが跨っている。

「はっはっは。この少年はいただいて行く。ジャリフ、残念ながら、おまえが戦おうとしているのはニセモノの魔法使いだ」

馬は駆けて北へ去って行った。人々は広場のふたりを見た。

「おい、ニセモノだってよ」

「じゃあ、この勝負意味ないんじゃないか?」

「ニセモノじゃ殺しても意味はないだろう?」

しかし、決闘の当事者ふたりは(にら)み合っている。

そして、正午を告げる鐘が鳴った。

ふたりは素早く、剣を繰り出した。

キン、キン、とサーベルの打ちあう音が聞こえる。

辺りは静寂に包まれた。

キン、キン、という音だけが静かに聞こえる。


いっぽう、逃げたザザックは五味を乗せたまま町を出てしばらくした所で馬を停めた。

「追っ手は来ないぞ」

すると北から街道を馬車が来た。その中に、ジャリフの母親の老婆が乗っていた。

老婆は楽しそうにしていた。

「久しぶりに、エンガの町に来たぞ。買い物を楽しむぞ。もしかしたら南に行った息子に会えるかもしれない」

商店街で老婆は馬車を降りた。しかし、商店街は人っ子一人いなかった。

「はて?どうしたのじゃ?」

すると、老婆の足下に新聞の号外が舞って来た。老婆は拾い上げた。

「なんじゃこれは?うちの息子と、ザザックという男が決闘?役所前広場で明日の正午?いや、この新聞は昨日の号外、では、決闘は今日の正午ではないか?」

老婆は速足で歩き、広場に向かった。すると人垣ができていた。

老婆は人垣をかき分けて、中央に進んだ。

「ちょっと通してくだされ。すまん、通してくれ」

そして、中に出ると、息子のジャリフとザザックが剣を交えていた。

「ジャリフ!」

その声に一瞬ジャリフは気が取られた。

ザザックはその瞬間を見逃さなかった。

グサリ、とザザックのサーベルはジャリフの胸を貫いた。

ザザックがサーベルを引き抜くと、ジャリフはその場に倒れた。

「おお!我が息子がやられた!ジャリフや!」

老婆はジャリフに駆け寄った。

ジャリフの白いシャツはみるみるうちに赤く染まっていった。

ユリトスたちも駆け寄った。

老婆はジャリフを抱えた。

「ジャリフ、ジャリフ、しっかりせい、死ぬな!」

ジャリフは微笑んで母の眼を見て言った。

「母さん、俺は最後は剣士として終われそうだ。さ、最後を母さんは見てくれたんだね?」

「おお、見たとも、おまえは勇ましかったぞ」

「ザザック、おまえはやっぱり本物だった。最後まで剣士として本気で戦ってくれた。あ、ありがとう」

ザザックはジャリフに近づき、立ったまま彼を見下ろして言った。

「俺のほうが強いのはわかっていたはずだ。だが、おまえの剣士としての意地は受けて立たねばならないと思った」

「ふ、さすが俺のライバルだ」

ジャリフは死んだ。微笑みを(たた)えて。


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