384、ドラゴン・ゾルマ
翌朝、五味たちは目を覚ますと、すでにニッチャンが火をおこしていた。ニッチャンは食事はどんなときも疎かにしてはいけないと言った。
これから危険な城に乗り込むかもしれないときに呑気なことを言っているようにラレンには思われたが、ニッチャンのスープを飲んでみると、体中にエネルギーが充満されるようで、ニッチャンの言うことは正しいと思い直した。
食事を終えると一同は出発した。川に沿って西の渓谷に向かった。少し、森が切れた場所に出ると目指す白い城が遠くに見えた。
「綺麗な城だな」
五味は呟いた。
九頭は言う。
「あそこで悪いドラゴンがクリスティーナに無理矢理・・・」
ラレンは言った。
「なに考えてやがる?そこは変な妄想をするとアトリフの代わりに俺が許さねーぞ」
九頭は言う。
「でも、実際・・・」
ラレンは言う。
「だから、それが妄想なんだよ。まだ、あの城にクリスティーナがいるとはわからんのだぞ」
そんなことを言いながら森の中の獣道を歩いていると、前方から人の集団が来るのが見えた。
ラレンは声をかけた。
「あんたたち、どこから来た?」
人々は疲れ果てたような印象だったが、表情は希望に満ちていた。
「私たちはドラゴンの城で長年働かされて来ました。ドラゴンの恐怖に怯え、仕えて参りました。しかし、昨夜、救世主が現れたのでございます」
「救世主?」
「はい、一瞬にしてドラゴン王とその妻と娘夫婦を消してくださったのです」
「なに?」
ラレンはその男の襟首を掴んだ。
「その・・・そのドラゴンの妻とは、クリスティーナか?」
「いいえ、違います。昨日嫁いできたばかりの若い女性です。しかし、クリスティーナ妃をご存じとはあなたは何者でございましょうか?」
「クリスティーナ妃?知ってるのか?」
「知ってるも何も、あの方はあの城の元城主のドラゴン・ゾルマ様のお妃、優しい方でした」
「元城主のドラゴン・ゾルマ?その妃?そいつだ、そいつに間違いない」
「ちょっと、苦しい、手をお放しください」
ラレンは自分がその男の襟首を激しく掴んでいることに気づいて手を放した。
「元城主とは、どういうことだ?今の城主は誰なんだ?」
「今の城主はゾルマ様・・・いや、ゾルマの弟のボルマでございます。しかし、昨夜、謎の画家を名乗る男が来て、一瞬にしてボルマとその新しい妻と娘夫婦を消し去ったのでございます」
五味は言った。
「画家だって?その画家はもしかして、ボッホじゃ?」
「そうでございます。ボッホ様でございます」
「ボッホは今どこに?」
「私たちと共にこの道を来ています。後ろの方にいるでしょう?」
五味たちはぞろぞろと来る男女の集団の後ろの方を見た。
たしかにボッホは歩いてきた。
ラレンは男に続けて訊いた。
「おい、そのゾルマというドラゴンは今どこにいる?クリスティーナは?」
「ゾルマはクリスティーナ妃を連れて西へ行きました」
「西?西のどこだ?」
「さあ、それは私たちにはわかりません」
五味は声をかけた。
「ボッホさ~ん」
ボッホは五味を見つけた。
「うむ、いつかの少年」
「五味、ゴーミ王だ」
「レインボーマンと共にいた少年だな?」
九頭も言った。
「俺もそうだ。クーズ王だ」
「ふむ、しかし、こんなところで何をしている?」
五味は言った。
「そのスケッチブックを見せてくれないか?」
「だめだ。そうだ、おまえたちは私のスケッチブックを奪った。あれはどうなった?」
五味は答えた。
「中からライオンのドラゴンが出てきて、大変だったよ」
ラレンは訊いた。
「ライオンのドラゴン?」
「ああ、俺は直接戦ってないけどユリトスさんたちが協力して倒したよ。ザザックがトドメを刺したらしい」
「ほう、ザザックが・・・え?スケッチブックからドラゴンが出たのか?」
「そうだ、だから、このじいさんが持っているスケッチブックの中にあの城のドラゴンがいるはずだ。消えたというのが本当ならばね」
五味はボッホに詰め寄った。
「じいさん。そのスケッチブックを見せてくれ」
「ダメだ。芸術家の作品を見るにはきちんと美術館で・・・あっ!」
背後から九頭がスケッチブックを奪い取った。
「もらったぜ」
「な、何をする?」
九頭はスケッチブックを開いた。それを見て驚いた。ドラゴン二頭と加須とラーニャが描かれていたからだ。
「加須!ラーニャ!」
ボッホは言った。
「そうか、そのふたりはおまえたちの仲間か?」
「ああ。そうだ。しかし、この紙を破るとドラゴンまで出てくるんだろ?それはまずい。他にこの加須とラーニャのふたりだけ出す方法はないのか?」
「ある。簡単なことだ。そのふたりだけ模写すればよい」
九頭は言った。
「じゃあ、やってくれ」
「ここでか?」
「ああ、今すぐ、ここで」
ボッホはスケッチブックのドラゴンと共に描かれた加須とラーニャを別のページに描き写した。
そして、そのページをスケッチブックから破り取った。
それを元の絵と合わせ鏡みたいにして、「吸収!」と唱えると、その絵の間が光った。
そして、九頭はそのふたりが描かれた方の一枚を受け取って、ビリビリに破いた。
すると、破れた紙片から加須とラーニャが現れた。
加須は不思議そうな表情をしていた。
「ここは?あれ、五味。九頭」
九頭は言う。
「おまえ、俺が蛙の王様にされそうになったみたいに、ドラゴンの王様にされそうになったそうだな?」
加須は答えた。
「ああ、そうだ。助かった」
ラーニャも言った。
「ボッホさんが助けてくれたのね?あのドラゴンはどうしたの?」
五味は言った。
「まだ、スケッチブックの中さ」
そのとき、ボッホの手からスケッチブックを奪った者がいる。ラレンだ。
ボッホはラレンに言った。
「こら、何をする?」
ラレンは言う。
「こいつはもらうぜ。このドラゴンはアトリフの婚約者クリスティーナを攫ったゾルマの弟だ。アトリフヘの土産だ」
「バカ者、そんな軽々と受け取る物ではない!それは危険な物なんだぞ」
「アトリフならこのドラゴンも怖くないだろうぜ。おい、ラミナ、戻るぞ、アトリフがこっちに向かってるなら途中で会える」
「ええ」
ラレンとラミナは走って元来た道を引き返して行った。
ボッホはへなへなとそこにしゃがみ込んだ。
「どうして、私の仕事にはこんなに邪魔が入るのだ」
九頭が訊いた。
「ボッホさんの仕事ってなんだ?」
ボッホは言った。
「ドラゴンを封じ込めた絵を集めた美術館を作るのが私の生涯の目標なんだ」




