364、ドラゴンの夫婦
翼のある狼のドラゴンは五味たちを乗せて、山岳地帯の谷間に降りていった。
川岸の開けた場所に、降り立った。
川は南に向かって流れていた。ドラゴニアは川が北へ向かって流れていると思っていた五味たちは不思議な感じがしたが、土地によってはこういうこともあるだろうと考えた。
崖に大きな窪みがあった。そこがこのドラゴンの寝床のようだった。
狼のドラゴンは言った。
「ちっ、フェニーの奴はいないか」
五味は訊いた。
「フェニーって誰だい?」
「おまえらのご存じのフェニックスさ」
五味たちはニヤニヤした顔を見合わせた。
「フェニーだって」
狼のドラゴンは彼らを見下ろして言った。
「何がおかしい?」
ラーニャは言った。
「まるで人間の恋人みたい」
ドラゴンは言った。
「夫婦だと言わなかったか?」
加須は言った。
「そこが人間みたいで面白いんだよ」
さらに加須はニヤニヤしながら夫婦に恒例の質問をした。
「フェニーとはどんな体位でやるの?」
狼のドラゴンは絶句した。そして、加須を見下ろして言った。
「貴様、ドラゴンをなんだと思っている?神に近い存在だぞ」
加須は笑った。
「でも、不倫とかするから人間に近いよな」
「不倫をするのはフェニーくらいのものだ。俺はしたことがない」
五味は訊いた。
「ドラゴンもセックスをするのだとわかったけど、いろいろな形態をしているよね。ドラゴンってどこで生まれるの?ドラゴンたちの住む世界が別にあるとか?」
狼のドラゴンは言った。
「あ~、それは俺も知らない。物心ついた頃には、ひとりだった。母親がいたような気がするが覚えていない」
九頭は言った。
「サイの父親のことは知っているか?」
「犀のドラゴンか?」
「うん」
「知らない。フェニーの奴がどこかで交わった男だろう。俺の知ったことではない」
ラーニャは言う。
「そのフェニーはどこにいるのよ?」
狼のドラゴンは天を見上げた。午前の日差しが眩しく眼を細めた。
「夜に来るだろう。あいつは通い婚だった」
加須は訊いた。
「通い婚?頻度は?毎晩?」
狼のドラゴンは苦笑して言った。
「おまえ、質問に節度を持ったほうがいいぞ。仮にも俺は神に近い存在なのだからな」
「でも、神に近くても性欲はあるんだよね?」
「あまりしつこいと噛み殺すぞ」
そう言ってドラゴンは牙を剥いたので、加須は怖くなりもうその質問はやめた。
ラーニャは言う。
「そうだ、食事はどうしよう?」
狼のドラゴンは言った。
「そこの川で獲ればいいだろう」
五味は言った。
「獲るって、どうやって?」
ドラゴンは言った。
「そんなことは俺は知らん。この川を南に下れば、町がある。そこで手に入れるがいい」
五味は言った。
「おまえはどうするんだ?何を食べるんだ?」
「俺は食べたいときに食べる」
「え?今日は食べないということか?」
「まあそうだ」
「腹は減らないのか?」
「だから、神に近い存在と言ったろう。おまえたちの常識では理解できない存在だ」
加須は言った。
「でも、性欲はあるんだよね?」
「殺すぞ」
「すみません」
ラーニャは言った。
「まあ、いいわよ。夜まで待ちましょう」
九頭が言った。
「そこの浅瀬で魚を獲れないかな?」
加須は言った。
「どうやって?」
九頭は言う。
「そこは浅瀬になっていて、石ころがたくさんある。それらを並べて囲いを作り、そこに魚を追い込む。そうすれば魚を獲れるぞ」
五味は言う。
「おまえ、その経験があるのか?」
「前にNHKの番組で見た」
「なんだよ、テレビかよ」
そのふたりの会話にラーニャが食いついた。
「なんなの?えぬえちけい?てれび?」
五味は言った。
「ラーニャは知らなくていいよ。王族しか知らない専門用語だから」
ラーニャは眉間にしわを寄せた。
「王族しか知らない?漁の仕方のことが?ちょっと、あんたたち、なにかあたしたちに隠していることがあるんじゃない?『あっちの世界』っていうのも気になるし」
五味は言う。
「だから、王族の言葉があるんだよ。ラーニャは知らなくて当然だよ」
五味たちはヒヤヒヤしていた。五味たちが転生してこちらの世界に来たことがバレれば自分たちの立場がない。王だからこそ、この旅にユリトスたちがついて来てくれたのだ。王だからこそ守ってくれたのだ。ここでバレたらまずい。
ラーニャは言う。
「もしかして、あなたたちロガバの王族って、ドラゴニアについての古い伝承とか、受け継いでいるの?」
五味はホッとして言った。
「そ、そうだよ、その通り」
ラーニャは言った。
「なに?その伝承って?ドラゴンの秘宝と関係あるの?」
五味は「やばい」と思った。「油断した」
五味は言う。
「伝承というか、その・・・」
九頭が靴を脱いで裸足になり、川の浅瀬に入った。
「うほっ、冷てえ。五味たちも入れよ」
ラーニャは今度も反応した。
「五味?」
五味と加須は靴を脱いで川に入った。
ラーニャは川の中で、石を積む三人を腕を組んで見つめていた。
結局、魚は一匹も獲れなかった。
日が傾きかけた頃、岩陰で四人とポエニと狼のドラゴンが休んでいると、川の深いところの水が突然盛り上がった。
五味たちが何かと立ち上がって見ると、川の中から巨大な生き物が顔を出していた。
蛙だ。
巨大な蛙が、口から上の部分を見せていた。大きさは狼のドラゴンと同じくらいだ。
狼のドラゴンは言った。
「誰だ?貴様?」
蛙は浅瀬に上ってきた。体全体が見えると、体は深い緑色の蛙だが、背中にコウモリのような羽根があった。
蛙のドラゴンだ。
九頭は言った。
「なんだよ、ドラゴンって、両生類もいるのかよ」
蛙のドラゴンは言った。
「フェニーはどこにいる?」
狼のドラゴンは言った。
「なに?おまえはフェニーを知っているのか?」
蛙のドラゴンは答えた。
「当たり前だ。夫だからな」
「なに?」
驚いたのは狼のドラゴンだけではなかった。
五味たちも驚いた。
加須は言った。
「鳥と蛙?どういう体位で?」
九頭は加須にツッコんだ。
「いや、そこじゃないだろ?」
蛙のドラゴンは岸辺に上がってきて、狼のドラゴンに言った。
「貴様は誰だ?」
狼のドラゴンは言った。
「俺はフェニーの夫だ」
蛙のドラゴンは元々丸い眼をもっと丸くして言った。
「なに?夫は俺のはずだ」
「いや、俺だ」
「そうか、貴様はフェニーを横取りに来たな?それならば勝負するか?」
狼のドラゴンは言った。
「ふん、狼と蛙が戦ってどちらが勝つ?目に見えたことを言うな」
蛙のドラゴンは、両足でジャンプした。
その巨体が五味たちの頭の上を飛び越えた。
そして、狼のドラゴンとの格闘が始まった。




